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Hello31337(2)

 数分後、公国の門を潜り厩で馬を降りたミーアは、どこか人目を憚るように早足である場所へと向かっていった。そこは数多の商店が軒を連ねる、活気に満ちた表通りからは大きく離れた、陰気で薄汚れた貧民街だった。

 外はまだ夕方前だというのに宵闇のように薄暗く、道幅は馬二頭が辛うじて横並びに入れる程度の狭さだった。地面も道の両側に隙間なく置かれた家々の壁も茶色くくすんでおり、白銀の鎧を身に着けたミーアの存在は、その中にあって悪い意味で酷く浮いていた。だがミーアは周囲の家の内外から注がれる奇異の視線を務めて無視しながら、ある場所に向けて迷うことなく突き進んでいった。

 やがてその一角にある一つの扉の前で、不意にミーアが足を止めた。鉄面皮の皮を脱いで口元を緩め、その朽ちかけた木製の扉の前に立ち、臆することなく三回ノックする。

「はい、どなたですか?」

「私だ、ミーアだ」

 顔の筋肉を緩め、戦闘の時とは別人のような優しい微笑みを見せながらミーアが言った。

「ミィちゃんが遊びにきたぞ、リッくん」

 ドアが半分開かれ、中から茶色いショートヘアの少年が顔を覗かせる。そして顔を赤らめてミーアを見つめながら少年が言った。

「もう、恥ずかしいよ」

「昔からの呼び方を簡単に変えられるわけないだろう?」

「でも、僕たちもう子供じゃないんだからさ」

「なんだ、リッくんと呼ばれるのは、リックは嫌なのか?」

「……意地悪」

 リック・エル・シュナイデのその言葉を受けて、ミーアが小さく笑う。リックもつられて笑みをこぼす。やがてドアが完全に開かれ、リックがミーアを引っ張るようにして家の中へと招き入れる。ミーアはそれを自然と受け入れていた。


「ここはまるで変わっていないな」

 十にも満たない頃からよく遊びに来ていたその家内に足を踏み入れ、ミーアが懐かしむように呟く。そこは簡素で小汚く、とてもみすぼらしい場所だった。床にはボロボロの布が申し訳程度に敷かれ、玄関と居間と寝室が一緒くたになったかのようなデザインをしていた。そして玄関口の向かい側に窓とベッド、ベッドと玄関を挟むようにテーブルが置かれ、左側に濁った水の流れる水道と朽ちかけた箪笥、右側に風呂とトイレに繋がる扉があった。そこにあるのはそれだけだった。

「なぜだろうな。いつものことなんだが、ここに来るとひどく落ち着くんだ」

「何もない所だからじゃないかな。ごめんね。ろくにもてなせなくて」

 黒ずんだ水の入ったコップをテーブルに置きながらリックが自虐的に呟く。しかし当然のように腰を下ろしながらそれを聞いたミーアは、リックに笑いながら返した。

「なに、どうでもいいものが散乱しているような所よりは、こちらの方がさっぱりしていて気持ちがいいものさ」

「やっぱり、向こうの暮らしはこっちよりも豪華だったりするの?」

「窮屈なだけだ。家というのは、言ってしまえば生活ができればいいんだ。豪奢など無意味だ。絵だの置物だの言った物は、はっきり言って無駄でしかない」

「相変わらずばっさり言うなあ」

 吐き捨てるように言い切ったミーアを見てリックが苦笑し、ミーアもまた笑みを返す。それは小さいころから一緒に遊び合い、そしていつしか互いを意識し合うようになった幼馴染同士の、邪念のない屈託なものだった。

そうして暫く他愛のない話を続けた後、不意にその笑みを打ち消し、リックがミーアを見つめながら言った。

「ミィちゃん」

「ん?なんだいきなり」

「いや、特にどうってことないんだけどさ。その、さ……無理しないでね?」

 リックの遠慮するようなか細い声にミーアが返す。

「……大丈夫。私は大丈夫だから」

「本当に?」

「ああ、本当だ」

「約束する?」

「約束するよ、リック」

 ミーアがそう言いながら、リックの手を優しく握る。リックが肩を震わせながらミーアに言った。

「……本当言うと、嫌なんだ。ミィちゃんが、ミーアが傷だらけになるのが。それに、キィちゃんみたいに二度と帰ってこないんじゃないかって思うと、不安で仕方なくなるんだ……」

「リック……」

 リックの言葉を受け、ミーアはキィちゃん――かつてよく一緒になって遊んだ幼馴染のキーラ・ガディールの顔を思い出した。子供のころのまんまるな顔しか思い出せなかったのは、十の頃に彼女が魔物に連れ去られてしまったからだ。

「……ごめん、愚痴っぽくなって」

「いや、いい。お前はいつも本当のことを言ってくれる。私はそれが嬉しいんだ」

嘘と政略がヘドロのように絡み合い腐臭を放つ王室での暮らしを思い返しながら、ミーアがゆっくりと告げた。

「私だってまだ死にたくない。傷つくのだって嫌だ。でも、それでも私が今まで戦ってこられたのは、なぜだと思う?」

「それは……レイグナールのお導きがあるから?」

「まあ、普通はそう答えるだろうな。でも本当は違うんだ」

「え?」

「お前がいたからだ」

 リックの手を握る力が強くなる。自分の手からミーアの温もりを感じ、リックの顔が赤らんでいく。

「ミーア……」

「どんなに愚痴をこぼしてくれたって構わない。ただ、お前にはいつも通りのお前でいてほしい。それが私の望みだ」

「うん……ありがとう」

 そして精いっぱいの笑顔を見せながら、リックがミーアに言った。

「僕も――何があっても、僕はミーアの味方だから」

「ああ」

「だから、さ。何かあったら、いつでも僕の所に来てね?」

 本当はずっといたい。

 でも。

「……ああ。あてにさせてもらうよ」

 それに答えるように、ミーアも精いっぱいの笑顔を見せた。


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