交狂曲「デススマイルズ」(5)
その答えに満足げに頷いてから、ワーウルフが掌を上にして右手を開く。やがてその掌の中から、ボール大の大きさを持った黒い球体が浮かび上がってきた。
「それは……?」
「その為の道具よ。わざわざ私たちの棲家から無理を言って持ってきたんだから」
手の中で浮遊するそれを見ながらワーウルフが告げる。そしてまだ合点のいかないようにそれを眺めるミーアに、ワーウルフが答えた。
「あなたの中にこれを入れる」
「……なんですって?」
「これがあなたに新しい力を与えるのよ」
「ま、待って、それって」
狼狽えるミーアにワーウルフが真顔で答える。
「あなたが魔物になるの」
予想できた答え。最悪の答え。
デジャヴを感じて、ミーアは激しい眩暈を覚えた。
「魔物は人間以上の力を持っているの。それこそ、この程度の鉄格子なんて軽く捻り潰せるくらいにね。脚力だって上がってるし、種類によっては空も飛べる。その力を以てすれば、あの子に追いつくことくらい造作もないわ」
「でも、そんなことしたら」
「人間には戻れなくなる。一生を魔物として生きることになる」
究極の二者択一。
「あなたはどちらかを捨てなければならない。恋人か自分自身か。それに魔物になったことで、より醜悪な見た目になるかもしれない」
嫌われるかもしれない。怖がられるかもしれない。
「それが嫌なら、このままここに留まって、人間として死ぬことになる。彼にももう会えない」
もう会えない。
会えなくなるくらいなら。嫌われる程度で済むなら。
「嫌……」
ミーアは、半ば無意識にその球体に手を伸ばしていた。
「死にたくない……リックに会いたい……」
「……人間を捨ててでも?」
「捨てたっていい」
リックに会いたい。
大好きなリックに会いたい。
「リックに会いたい!」
「……やっぱり、私の思った通りね」
満足そうに言いながら、ワーウルフが球体を握りつぶす。驚くミーアの目の前で、飛散した闇がワーウルフの右手に再び集まっていく。
右手で手刀を作り、それを強く引き絞りながらワーウルフが静かに促す。
「背中を反らして。胸を広げて」
言われるままにミーアが胸を広げる。その中心部に狙いを定める。
「――行くよ」
ばね仕掛けのように飛び出した手刀が胸に突き刺さる。
「が――っ!」
痛みは無かった。でも――
「あ、熱い――!」
胸が熱い。
体が熱い。
皮膚が融けるような。
焼けるように熱い!
手刀が突き刺さった所から、焼けるほどの熱が全身へと伝播していく。
「あ、熱い、熱い」
熱い熱い熱い熱い熱い!
ワーウルフが手を引き抜く。その傷口から吹き出すようにして闇が全身を覆い隠していき、それが熱と共に、身体の感覚はおろか思考さえも奪っていく。
熱くてたまらない。段々と気が遠くなっていく。自分が自分でなくなっていくような気がして、とても怖い。
「……これで、もう一回友達になれるね」
「……え?」
常軌を逸した熱量で焼き切れそうになっていた思考回路の中に、不意にワーウルフの声が響いた。でもそれはそれまでの物とは違って、どこか――どこか嬉しそうな響きがあった。
……そういえば、どうしてこいつは、リックのことを知っていたんだろう?
燃え盛る炎の中で、必死に歯車を動かす。
私が魔物になろうとしている。
人間は魔物にもなれる。
こいつは私とリックを知っている。
「お前、まさか――」
「頑張ってね、ミィちゃん」
閉じかけの視界の中で、ワーウルフが嬉し泣きの顔を見せる。子供の頃の幼馴染の顔が完全に重なり合う。
「キィ」
頭の中で歯車が噛み合ったのとミーアの意識が途切れるのは、ほぼ同時だった




