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交狂曲「デススマイルズ」(3)

「な――っ」

 ダリルの両端にいた兵士が音もなく動き、素早くミーアの腕を掴んで背中側に折り曲げて拘束する。そして強引に肩を抑えつけ、ミーアを膝立ちの姿勢に持っていく。

「ダリル殿、これはいったい……!」

「ミーア、お前がいけないんだぞ。お前が僕に嘘をついたからこうなったんだ」

「嘘?」

「ああそうだ。嘘だ」

 身体を揺らして拘束から逃れようとするミーアを、顎を上げて見下ろすように眺めながらダリルが近づく。そして彼女の前で立ち止まり、嗜虐的な笑みを浮かべながらミーアに言った。

「お前はずっと、僕に嘘をつき続けてきたな。お前は今まで剣の道に生きると言って僕の求婚を断ってきたが、本当は他に好きな奴がいたんだろう?」

「まさか、そんなことは……」

「黙れ!」

 ミーアの頬をダリルが殴り飛ばす。シミ一つない純白の顔に、真っ赤な痣が痛々しく刻まれる。兵士は微動だにしない。

「僕は知ってるんだぞ!お前があのスラムの屑を愛しているということを!」

 ダリルが再びミーアを殴りつける。ダリルの叫びと乾いた音が室内に響く。

「なぜなんだ!僕の方がずっと上等なのに!お金もある!権力もある!僕と一緒になった方が、お前はずっと幸せになれるんだ!」

 血走った目で睨みつけながら、ダリルが三度ミーアを殴りつける。切れた口の端から血が流れ落ちる。

「この畜生め!ここまでお膳立てしたのは誰のためだと思ってるんだ!僕と一つになった方が、お前はずっと幸せなんだ!お前を幸せにできるのは僕だけなんだ!」

 そんなダリルの叫びを、ミーアは冷め切った心で受け止めていた。

 もう駄目だ。この男には何を言っても通じない。世界が自分の都合で動いていると思い込んでいる。最悪の部類だった。

「どうして僕の思い通りにならない!どうしてお前は僕に逆らい続けるんだ!」

 今度は正面から、その端正な鼻っ柱を殴りつける。殴られた反動で頭が激しく前後に揺さぶられ、やがて鼻から血を流したままダリルの前に停止する。

「……まあいい。僕の物にならないんなら捨ててやる。お前は牢屋行きで、後で死刑だ。思い通りに動かない奴はこの世に必要ないんだからな」

「……」

「だが、それだけじゃ僕の気が済まない。お前の負け顔を見てやらないと、僕は気が済まないんだ」

 懐からハンカチを取り出して、血で汚れた手をしつこいほどに拭っていく。そしてあらかた綺麗になった所でそれを乱暴に投げ捨て、俯いたまま何も言わないでいるミーアの頤を自ら上げて言った。

「お前が好きな奴がいる場所、スラム街のことなんだがな」

「……」

「今度、あそこの大幅な区画整理をすることにしたんだ。その前準備として、あそこに巣食っている蛆虫どもに立ち退きを命じることにした」

「……何をする気なんだ?」

 血だらけになりながらも生気を失うことなく睨みつけるミーアに、ダリルが歪んだ笑みを浮かべながら答えた。

「くれてやるのさ」

「どういう意味だ?」

「魔物にだよ。餌としてな」

「……!」

 ミーアの顔が驚愕に染まり、すぐさま怒りの色へと変わっていく。その変化を愉快そうに見つめながらダリルが続ける。

「いくら薄汚く邪魔な存在だとは言っても、高貴なる我らゲルトラント国民が同族である人間を殺すのはマズいだろう?いや、我々からすれば奴らは既に人間ではないが。それでも外国に対しての体面というものがある。だからその口減らしの役目を、魔物にやってもらおうという訳だ」

「貴方は……貴様は……!」

「奴らが連れ去った人間をどうするかは僕も知らないが、少なくともゲルトラントの問題はこれで解決する。しかもそれは魔物に口裏を合わせてやることではない。奴らの目の前に、それとなく置いておくだけだ。奴らは自発的にそれを襲撃し、さらにそれを、魔物を攻め滅ぼす口実にして士気を上げることだってできる」

「貴様は、貴様はどこまで!」

「その口の利き方はなんだ!」

 今度はミーアの顔面を強かに蹴りつける。口から吐き出された血が床に散乱する。興奮のあまり肩で息をしながらダリルが続ける。

「前にも言ったが、僕の言うとおりに動かない奴は死ぬべきなんだ。そんなのいらないからな――それに、まだこれには続きがある」

「続きだと?」

「スラムの連中はもう全員捕まえて、移送されている最中なんだよ。あとお前のお友達――リックといったか?」

 リックの名前が飛び出した途端、ミーアの目が大きく見開かれる。

「あれももう『運び出した』」

「――ああ!?」

 ミーアの顔から生気が抜けていく。空っぽになったその中に、見る見るうちに怒りと絶望が込められていく。

「そうだ!その顔だ!それが見たかった!」

「やめろ、やめろ!」

「僕に逆らう奴はみんなこうなるんだ!」

「頼む、やめてくれ!」

 涙目で懇願するミーアの顔を勝ち誇った顔で眺めながらダリルが告げる。

「お前が悪いんだ。お前が僕と結婚してさえいれば、少なくともあいつはこうならずに済んだ!父上の両親も、ゲルトラントの愚民連中も、キーラ・ガディールも無駄死にだ!全部お前が悪いんだ!」

「……今、なんて言った?」

 掠れ声で言ったミーアに、とどめの一撃とばかりにダリルが耳元で囁く。

「お前が騎士になる切欠になったあの失踪事件」

 ――甘やかされて育った。

 ――彼を止める者は誰も居ない。

「今日と同じで、僕が父上に頼んだんだ。『やってくれ』ってな。お前を近くで愛したかったからさ」

 ぶつん。

 ミーアの中で何がちぎれた。

 ダリルが下卑た笑いを轟かせる。しかし、人の逆鱗を執拗に撫でるようなその哄笑は、ショックで半ば廃人と化したミーアの心にはまるで届かなかった。

「リック、キーラ……」

 痣で顔を腫らし、涙をボロボロ流しながら、うわ言のようにミーアが恋人の名前を呟く。

 もう自分の傍にリックはいない。

 彼女の世界は完全に死んだ。

「安心しろ。お前もすぐにギロチンにかけてやる。それに美しさではお前に劣るが、お前なんかよりずっと従順でそれなりに綺麗な女はまだまだ腐るほどいるんだ。お前はもういいや――連れていけ」

「リック!キーラ!私は、私は!」

 衛兵に引きずられ、地下の牢屋に入れられるまで、ミーアは二人の名前を叫び続けた。


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