タイガー アンド ウルフ?
どういう訳だか、緊迫した空気をぶち壊すのはいつもアスハな気がする。
彼女は刀を鞘にしまうと、両腕を上に突き上げた。
「さーて、最終目的地点も分かったし、大詰め行きますか!」
不敵に笑う彼女はやっぱり命の力に満ちていた。
のは、いいんですが……。
「なんでこんなに追っかけられてんのー!!」
悲痛な僕の声が廊下に谺する。
「うっせえよ、馬鹿!」
「いてっ」
叫んだ後、後頭部をキリに思い切りどつかれた。
段々遠慮とかそういう物が失われている気がする。
現在僕らは必死に走っている。
背後から大量の鬼が追って来ているのだ。
「あー、次から次と、次から次と!」
ぼやきながら長い手足を綺麗に動かして、キリが僕の隣を走っている。その前にはビャクを脇に抱えたイト。最後尾がアスハだ。
「いや〜、どっから湧いて出たの? ってくらいいるね〜」
彼女は暢気に手を額に当てて目を瞬かせる。
そうなのだ。
例のホールでの騒動が一段落着いた後、体育館まで進んでいると、唐突に背後から大量の鬼が現れたのだ。
「……白磁があの鬼たちを操っていたとは思えない」
イトの走り方のお蔭なのか、大して声も揺らさずにビャクが言う。
「じゃあ、白磁の主ってやつかっ」
キリが叫ぶと、ビャクは首を傾げる。
「……多分? 僕らの動きを監視しているのかも知れない」
「ってゆー事は、さ」
アスハがちょっとスピードを落として言う。
「アスハ……?」
僕が不思議に思って声を掛けると、目の前に黒い背中が迫った。
イトが立ち止まったのだ。
「わわわわ!」
慌てて急ブレーキを掛けて止まると、キリも隣で足を止めていた。
「う〜ん。前からもか〜」
僕の横から顔を覗かせたアスハは、困った様に笑った。
その視線を辿ると、廊下の先に鬼達がごっそり居るのが見えた。
「……前門の虎、後門の狼」
言わなくて良いよ! 前門の方も逃げれてないしね!
ビャクの呟きに心の中で全力のツッコミを入れた僕は、疲れ切っていた。
ところが疲れた脳が何の効果を生んだのか、すぐ近くにある階段を思い出した。
「あっ。左に行ったら階段がある! 体育館には一階からも入れるから、もしかしたら大丈夫かも」
その言葉に、イトがアスハを見た。
彼女は大きく頷いて言った。
「体育館に行ければなんでもありよ!」
いっそ壁でもぶち抜こう、とか言いそうな勢いでアスハはゴーサインを出して、僕らは階段を駆け下りた。
ところがどっこい。世の中はちっとも上手くなんか出来ていない。
ゾンビの声が聞こえてそれに反応出来るのはゲームの中の話だし、伝家の宝刀を出して悪役が跪くのはテレビの中の話だ。
つまり何が言いたいのかと言うと、一階の方がいっぱい鬼がいたので只今三階まで駆け上がり中だという事です!
「適当な教室に入って。結界を張るから」
ビャクの声に、全員が目の前の教室に飛び込んだ。
ぴしゃりとキリが扉を閉めると同時に、床に下ろされた少年が本を開いた。
「Liah Di Imva」
ぽうっと穏やかな光が室内を覆い尽くす様に広がって、教室の天井や壁や床に張り付いた様になった。
「これで目隠しと防御が出来る……」
本を閉じたビャクが言うと、アスハがその頭を撫でた。
「ありがと」
にっこり微笑むと、ビャクも嬉しそうに微笑みを返す。
一方で、キリはどっかりと床に座り込んだ。
「ったく、あれじゃあ前に進む以前の話だぜ?」
首を振る彼に、立ったままのイトも同意を示した。
「確かに、な。全て倒していては時間が足りない」
「時間?」
未だ空は紅に染まっている。
そう言えば時間が過ぎていない気がしていた。
僕に答えてくれたのはアスハだった。
「まだ鬼刻は残っているけど、それも夜が来るまでなの。いずれ漆黒が訪れる。そうするとゲームオーバー」
「……そうなったら、どうするの?」
彼女は肩を竦める。
「どうもしないわ。人に悪い事をする鬼は野放し。私たちは次の鬼刻を待って鬼退治に勤しむだけ」
「次の鬼刻?」
目を丸くする僕に、キリが呆れた視線を投げ掛ける。
「鬼刻ってのは色んな条件が重なんないと出来ないんだよ。俺たちは予測されたそれを聞かされて、その場所に行くだけ。空振りもしょっちゅうだ」
「それに、ハンターの実力が足りなければ負ける事もあるし」
ビャクの台詞に、キリはこめかみを波立たせた。
その大きな手で少年の頭を挟んでぐりぐりと動かす。
「お前はそんなに俺らの士気を下げたいのか? ああ?」
白い髪がぐしゃぐしゃになって、ビャクは無言で口を尖らせる。
そこにアスハが割って入った。
「もーう。ビャクをいじめないでようっ」
とうっ、と手刀をキリの頭の上に落とす。
すると、キリは「おぐぅっ」とか言ってもだえ出した。
……結構痛かったらしい。
キリの手から解放されたビャクはすかさずアスハの背後に回り込む。
「あ〜、えっと、大丈夫?」
頭を両手で押さえて悶絶するキリに、僕は一応声を掛けてみた。
「大丈夫な訳あるかよっ。あいつ、ほんっとに手加減をしらねえんだから」
ぶつくさと文句を言っているから、少しは痛みが引いたらしい。
「アスハは平気そうだったのにね。キリは頭が弱いの?」
初めて会った時、キリに頭を鷲掴まれていたアスハがけろりとしていた事を思い出して言うと、彼は顔を歪めた。
「お前、その言い方だと俺が頭悪いみたいじゃないねぇか」
「あ、ごめん」
はっと気が付いて、慌てて謝ると、キリは思ったより怒ってはいなかった。
「まあいいけど。……俺はアイツと違って血が薄いからな。アイツは直系だから」
「直系……?」
何の事か分からずに首を傾げると、キリは少しバツの悪そうな顔をした。