アンノウンハンター
日本刀の先が床に辿りつく前に、アスハは足を床に着けて、腕を振った。
ぱらぱらとした破片が散って、やがて消え去った。
「案外やるじゃん」
背後から頭を軽く叩かれて、僕は驚いた。
振り返ると、キリが満面の笑みを浮かべている。
ビャクもしげしげと僕を見ている。
照れくさくなって下を向きながら、僕はぼそぼそと言った。
「だって、白磁って言ってたから。要するに、陶磁器でしょ? 陶磁器は急激な温度変化に弱いし」
「へえ〜」
感嘆の声を上げたのは階段を上がって来たアスハだ。
二階から一階に飛び降りたというのに、体は何とも無いようだ。無事で良かったと内心で安堵する。
「白磁って陶磁器なんだ。知らなかった」
いやいや、皆知ってるよね。
そう思って周りを見渡すが、キリは感心した様に頷いているし、ビャクは「そうなんだ」とでも言いたげに首を傾げている。銃をしまったイトは口を開かない。
そんな中で、アスハが頭を掻く。
「いやあー、白磁に会ったのは初めてなんだよね。下級な割に数が少ない鬼らしくって」
あんな弱点があるから下級だったんだー。と、アスハは能天気に言った。
「……愛玩用」
その台詞に、僕はぎょっとした。
言ったのはビャクだ。
幼いその口からそんな言葉がどうして出て来るんだろう?
すると、キリがビャクの頭をくしゃくしゃと掻き回した。
「お前なあ、ガキがそんな事言うなって、前にも言っただろう?」
キリは呆れた様な顔をしている。
ビャクは顔を歪めて、その手の下から抜け出した。
「白磁は見た目が綺麗だけど数が少ない。だから、もっと強い鬼にとっては飼うに値する鬼なんだよ……」
アスハの背中に隠れながらも、彼はまだ話し続けた。
それを見て、やれやれ、と言いたげにキリは肩を竦める。
そこに口を挟んだのはイトだった。
低い声が言う。
「では、あの白磁を愛玩している主が別にいるという事だな」
応えるのは、ビャクを背中に張り付かせたアスハだ。
「だね〜。中級か、もしかしたら上級の鬼かもしれないね」
弱点があったとは言え、アスハの日本刀やイトの銃弾が効かない白磁は手強かったと僕は思っている。
そんな鬼を『愛玩』する鬼は、当然、白磁よりも強いのだろう。
ああ、見たく無いし、会いたく無い!
なんて思っているのは僕だけみたいで……。
アスハは不敵な笑みを浮かべているし、キリは細剣に手を掛けて「ようやく俺様の活躍出来る舞台が出来上がったな!」とか言っている。イトもビャクも無表情だけれど、それぞれの得物、つまり拳銃と分厚い本の具合を確かめるみたいにしている。
どいつもこいつも、この状況を楽しんでいるのだ。
そう言えば、あの少女の鬼は彼らをこう呼んでいなかっただろうか?
「ハンター……」
僕がぽつりと呟いた言葉に、四人は振り返った。
「そうだ。ハンターって、あの白磁は言っていたよね。それって……」
その質問に答えたのは、やっぱりアスハだった。
彼女はにっこり笑って、右手を自分の胸に当てる。
「そう。鬼達は私達をハンターって呼ぶの。私達も、自分達がそうだと思ってるし」
アスハはこう続けた。
「逢魔ヶ刻って聞いた事ない?」
「……逢魔ヶ刻?」
何処かで聞いた事がある気がする。
しばらく考えたけど、僕は思い出せず、「わからない」と首を振った。
「夕暮れ時、向こうから歩いて来る人の顔も見えなくなる様な時間帯の事を言うの。相手が人かも、魔物かもわからない。そんな時間……」
少しだけ俯いたアスハの表情はよく見えない。
「それは、鬼達が活動する時間と同じなの。だから私達はその時間をこう呼んでいるわ」
すっ、とアスハの左手が刀を鞘ごと持ち上げる。
そして振り下ろされる。
真っ直ぐ下へと。
ぐしゃっ
小さな音を立てて、鞘の下で、蠢いていた白羽が散った。
「鬼が来たる時刻、そして、私達が鬼を狩る時刻。……『鬼刻』と」
赤黒い薄闇の中で、僕は彼らの瞳がうっすらと光るのを見た。
一瞬の幻の様だった……。