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ファーストコンタクト

 その日僕が見た夕焼けは、恐ろしい程鮮やかだった。


 黒すぎる赤。一言で言えばそんな感じだ。燃え盛る炎の様でいて、滴り落ちる血の様だ。寒気がする。


 教室の窓の外に広がるその光景に微かに顔をしかめて、僕は帰り支度を急いだ。


 シャットダウンが終わったノートPCを鞄の中に詰め込んで肩に掛け、机の間を擦り抜ける。


 もう教室には誰も居らず、校舎にはもう部活動の生徒か教師くらいしか残っていないだろう。


 開いたままだった扉を抜けて、階段へ向かって廊下を進んだ。


 何気なく視線を送った隣の教室には誰もいない。


 次の教室の扉の前に差し掛かったところで、凄まじい悲鳴が聞こえた。



 ――――…………ぁぁぁぁぁっ!!!!



 ぎゃあああ、とかそんな感じだ。


 驚いて足を止めた瞬間、横を誰かが通り過ぎた。


 白いスカートの裾と黒いジャケットの背中。そのモノクロームが印象的な少女は、階段の少し手前で足を止める。


 きゅっ、と靴底の音がした。


「イト、行って」


「ああ」


 涼やかな声がそう言えば、隣に立っていたスーツの青年が応えて階段を下っていった。


 僕に背中を向けているからはっきりとはしないが、彼女は横目で彼を見送ったようだった。


「あ〜あ、始まっちゃった」


 左手にもった長い棒の一端を、かんっ、と廊下に立てて彼女は言った。


 先ほどの悲鳴の謎も解けていないと言うのに、僕の視線は彼女から離れてはくれなかった。


「君、は……?」


 僕の戸惑う声に、彼女は振り向いた。


 年頃は僕と同じくらいで、赤茶けた髪に縁取られた顔はとても整っていた。青い瞳も加えればまるで異国の人形めいているが、そう見えない。それはきっと、その瞳の奥に強く輝く好奇心や全身に漲る生命力のせいだ。


「ちょっと惜しかったね」


 そう言って微笑むと、少女は左手に持っていた棒を腰に添えて、その端を右手で軽く握り込んだ。


 その時、ようやく僕はそれが日本刀だと気付いた。柄に巻かれた組紐の色合いと繊細な細工の鍔の輝きが美しい。


 どう考えても今にも抜かれそうな刃に危険を感じるには時は既に遅く、彼女はこちらに向かって駆け出していた。


 同時に、ぞっとする様な悪寒が背中に走った。「逃げろ」より先に「動くな」と頭の中で指令が出ていた。


「もうちょと早く学校を出ていたら、巻き込まれずに済んだのに、ねっ」


 その台詞が終わる頃、白刃が僕の真横を走り抜けていた。


 下から掬い上げるように刀を振り抜いた後、少女は左手に持っていた鞘を投げ捨てて僕の腕を掴んだ。強い力で彼女の背後に投げ出される。


「……いてっ!」


 強かに廊下に尻を打ってしまった。


 咄嗟に抱えていた鞄を脇に押しのけて顔を上げると、華奢な少女の背中が目の前に立ちふさがっている。


 その奥には、見た事も無い、醜悪な生き物がいた。


 何と言えばいいのだろうか。とにかく黒い。そして筋骨隆々とした体はやたらと硬そうだ。目はやけに大きくて赤い。頭髪は殆ど無く、歪な形の頭部が露になっていた。


 そんな生き物が胸の辺りをざっくりと切られて赤黒い血を流しているのだ。……トラウマになりそうだ。


「うぇ………………」


 思わず引きつった声をあげた僕の方をちらりと見て、少女はくすりと笑った。


 再び正面に顔を向けると、声を掛けてくる。


「だいじょーぶ?」


 自分に向けた台詞なのかどうかがわからなくって周囲を見回すが、誰もいない。


「あ、うん。まあ、大丈夫、かな……?」


「自分のことなんだから、疑問系にしないでよ」


 そう言いながら、彼女は更に楽しそうに笑い声をあげた。


 そして少女の視線の先では例の生き物がぐずぐずと崩れていき、最後はざらりと砂の様になって小さな山を作った。


「消えた……」


 呆然と呟く僕に、少女が振り返る。


「消えたんじゃない。死んだんだよ。あれでもね」


「死んだ……?」


 一つ頷いて、彼女はひゅっ、と刀を振った。血が飛び散るかと思って身構えたのに、何も飛ばない。そのまま刀身は拾われた鞘に吸い込まれるようにしまわれた。


「そうよ。アイツら『鬼』を倒すのが、わたしたちの仕事だもの」


 至極あっさりと口にした。


「鬼、だって? ……あれが?」


「アレだけじゃないけどね」


 そう言うと、彼女の視線は僕の背後へと移った。


 不思議に思って振り向くと、そこには白髪の少年がいた。年は十歳くらいだろうか。小学校の入学式の様に半ズボンのスーツを着込んでいるが、その姿は服に着られている様子なんて無い。普段からこういう格好をしているんだろう。


「ビャク。もう終わったのね?」


 少女がそう尋ねれば、少年は表情を変えずにこくりと首を縦に振った。長い前髪が彼の顔に深い影を作る。


 少女は彼に手招きをする。


 素直に従った少年は小走りに駆けていって、彼女の横で寄り添うように足を止めた。


 白い手が白い髪に伸ばされてくしゃくしゃと撫でて混ぜる。


「うん。いい結界! さすがビャクね」


 満面の笑みで褒める少女を見上げて、彼は頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。


 無表情なのかと思ったら、どうも人見知りをする性格のようだ。僕の視線に気付いて、ささっと少女の背後に隠れてしまった。


 少年のその動作を見ていた少女の瞳が不思議そうにこちらに向いた。


 そこで初めて僕は廊下にしゃがみ込んだままだった事に気がついた。


 慌ててその場に立ち上がるが、羞恥で顔が赤いことだろう。夕焼けでよく見えないことを祈るばかりだ!


「ああ、そうだ。さっき聞いてきたよね」


 赤銅色にも見える髪が、彼女が首を傾げたことで肩から滑り落ちた。


「わたしはアスハ。で、こっちはビャク」


 自己紹介をして、背後の少年の方も示して見せる。


「君は?」


 尋ねられて、ついつい普通に答えてしまった。


「櫻井、真弥」


「シンヤ、ね」


 アスハが僕の名前を繰り返すと、何故だか胸がどくりと波打った。


「不用心だな」


 背後から聞こえた低いささやきに、今度は本気で心臓が跳ねとんだ気がした。「ぎゃっ」という叫び声だけはなんとか堪えた。


 恐る恐る振り返ると、階段の前に、先ほどアスハの指示で階下に行った青年が立っていた。


 細長い黒瞳から放たれる鋭い眼光に肌が泡立つ。無意識に左手で腕を撫でていた。


「そんなにあっさりと真名を名乗るとつけこまれるぞ」


「真名、ですか?」


 彼の言う事には重みがあって、別に信じ易い性格という訳でも無いのに「ゴメンナサイ」と謝りたい気分にさせられた。


「便宜上、シンって呼べば良いじゃない。ね」


 アスハが朗らかに言い切った。


「それより、どうだった?」


 彼女の問いに、青年は「ああ」と返す。


「女教師が襲われていた。結界の完成前だったから校舎の外に放り出しておいたぞ」


「むーん。やっぱり残っている人がいたかー」


「今時六時であっさり帰る方が珍しいんじゃね?」


 別の声がアスハの背後から聞こえた。


「あ、キリ。そっちはどうだった?」


 振り返ったアスハの視線の先には「ロックやってます?」と聞きたくなる人種がいた。


 長い亜麻色の髪をポニーテールにして、耳からは大量のピアスが生えている。しかし顔立ちはとても綺麗で、ダメージジーンズの隙間から覗く膝も含めて、肌は抜けるように白い。


 腰に巻いた太いベルトには、金の装飾の美しい細い剣がぶら下がっていた。


「問題無し。で、そいつ何?」


 顎で僕を指して、ぶっきらぼうに聞いてくる。


「シンよ」


 アスハが答えると、キリのこめかみが波打った。


「誰が名前なんか聞いたよ。なんでここにいるのか聞いてんだよ!」


「う〜ん。……どうも巻き込んじゃったみたい」


 あは。と、彼女は笑いながら首を傾げてみせた。 


 可愛いけど、……怒りを煽るだけのような気がする。


 案の定、キリはずかずか歩いて来て、アスハの頭を鷲掴んだ。ぎしぎしと力を込めていく。


 うわ、あれ痛いって、絶対! 


 僕の方はそう思って顔を引きつらせるけど、アスハの方は平然としている。


「だってー。もう結界完成しちゃってるから、出してあげらんないし」


 ぶー、と唇をとがらせる。


 ちょこちょこと近づいて来たビャクがキリのシャツの裾をつんつんと引っ張りながら訴える。


「終わるまで、ダメ」


 少年の台詞に、キリは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「はっきり言って、そいつ足手まといだぜ? 連れて歩く気か?」


 アスハの頭から手を離すと、そのまま自分の前髪をかきあげる。同じ男として見ても格好良い。くそー。


 ……あれ? ちょっと待てよ。


「結界って、だ、出して上げらんないって……、何?!」


 上擦った声になってしまって、恥ずかしい、けど! それより何より、どういう事だ!


 すう〜っと僕以外の四人の視線が宙を泳いで、それから目で会話するように混じり合った。


 しばらくそうしていたが、話合いが済んだとでも言う様にイトが小さく頷く。


 そしてアスハが立ち尽くす僕の方を向いてちょっと眉を下げた。


「う〜ん。まあ、簡単に言っちゃうと、私たちのお仕事が終わるまでは一緒にいてもらった方いいんだよね」


「……仕事?」


「うん。鬼退治!」


 明るく笑う彼女に、僕は曖昧な笑みを返した。 



 鬼退治って、……何?









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