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貴方に復讐の花束を。

作者: 土御門 千早
掲載日:2026/09/12

「ユーリ、私もう貴方とはいられないわ。」


 ―アリアナお嬢様、そんな悲しいことを仰っしゃらないでください。お嬢様の不安の種は、わたくしが全て摘んで参りましょう。



 ♤♤♤



 ラルフ公爵令息の婚約者披露パーティーにて、ことは起きた。


 豪華絢爛なパーティー会場。

 並べられる高級な料理の数々。

 公爵家の大きな屋敷に集まった貴族たち。

 誰もがアリアナ侯爵令嬢がラルフ公爵令息の婚約者として紹介されると思っていただろう。

 かく言うわたくしもアリアナお嬢様の専属侍女として、パーティー会場の隅に控えて主の登場を心待ちにしていた。


 パーティーが始まり、主催であるラルフ公爵令息の入場となり、皆がその登場を見ていた。

 麗しきアリアナ侯爵令嬢を連れてくるであろうラルフ公爵令息を。


 会場に現れたのはラルフ公爵令息と、隣に引き連れた見知らぬご令嬢。

 安っぽい布に明らかに人工と見れる宝石で飾り付けられた型落ちのドレスに見を包む、顔だけは小綺麗なご令嬢。

 最近若齢の貴族子息を転がして遊んでいると噂のご令嬢だろう。

 ラルフ公爵令息は婚約者であるアリアナ侯爵令嬢ではなく、なぜかシルワ男爵令嬢を侍らせていた。


 おまけに良く見れば、互いに相手の色を纏っているではないか。

 ラルフ公爵令息はシルワ男爵令嬢の色である紫のスカーフを白い礼服の胸元にさしている。

 対してシルワ男爵令嬢はラルフ公爵令息の色である、薄い水色のドレスをまとっている。

 何も知らない者が見れば、婚約者同士で差し支えないと思える光景だ。


(アリアナお嬢様のエスコートはどうなされたのでしょう?他所の馬の骨を連れて入場するだなんて、気が触れてしまわれたのでしょうか。)


 自身の主人の不在に少なからず不安と不満を感じる。

 主人の劣化版にすらならない女を横に置くなど、恥というものを知らないのだろうか。


 騒然とする客人たちを意にも介さず、ラルフ公爵令息様は口上を述べる。


「今宵は私の婚約者披露パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます。さっそくにはなりますが、私の婚約者となるシルワ・ラベンダー男爵令嬢でございます。皆さん、どうぞ祝福をよろしくお願いいたします。」


 突然の発表に誰も祝福など送らない。

 次期公爵となる者の婚約者が男爵令嬢なのだ、不信感を感じるのが当たり前だ。

 もとより、今日の婚約者披露パーティーは形式だけのもの。

 数年前から婚約を結んでいるアリアナ侯爵令嬢を改めて紹介するだけの会だったはずだ。

 それが、急な婚約者の変更など、まともな貴族であれば不快感を覚える話だろう。


(アリアナお嬢様はどこへ?)


 ぱたぱたと足音がして、アリアナお嬢様が会場へいらっしゃった。

 走ったのだろう、髪が乱れてしまっている。

 艶めく黒髪に情熱的な赤い瞳を持つ、神をも惚けさせるほどの美貌の人。

 少し髪が乱れた程度では、我が主人の魅力はとどまることはない。

 今夜のパーティー用にこしらえた、薔薇をあしらった真紅のドレスがお嬢様の素晴らしさを一層引き立てている。

 彼女こそが、わたくしが仕える主人、アリアナ・エルフォン侯爵令嬢である。

 天使をも唸らせる容姿のみならず、教養に優れ、民への献身的な態度も持ち合わせる、他に類を見ない最高オブ最高のお人なのである。


「はぁ…はぁ…あの、ラルフ様…。」

「ああ、なんだ来たのかアリアナ。」


(わたくしのお嬢様になんだとはなんだこの野郎。)


「婚約、解消とは、どういうことでしょうか?…なぜ、お隣にシルワ男爵令嬢様を連れていらっしゃるの?まさか、エスコートなされたのですか?!」

「婚約解消ではなく、婚約破棄だ。私が誰をエスコートしたかなんて、最早他人の君には関係ないだろう。」

「そんな…。シルワ男爵令嬢様を選ばれるためにラルフ様の有責で婚約破棄、ということでしょうか?」


 流石はお嬢様。

 自分が有責になる行動をとっていらっしゃらない自信から、クソ男の隣の男爵令嬢に気づき即座に事態を把握なされた。


「そんなわけがあるか!!この阿呆が!」


 またもや過ぎた口のきき方をしてくる男だ。

 阿呆とはお前のことだろう。

 今まで貴様に献身的に尽くしてきたお嬢様に何たる言い草だ。


「アリアナ、貴様の有責に決まっておろう。」

「すみません、心当たりがありませんの。何かの間違いではありませんでしょうか?」

「間違いなものか!!貴様はこの可愛いシルワに嫉妬し、私の関心を買うために彼女に嫌がらせをしていたそうじゃないか。あまつさえ、シルワを階段から突き落としたそうじゃないか!!偶然僕が通りかかったから良かったものの、場合によっては命を落としていたかもしれないんだぞ!!」


 体裁も忘れてしまわれているようで、一人称も他所行きのものではなくなってしまっている。

 さながら小説の主人公にでもなった心地なのだろうか。


「アリアナ、君のような悪女は俺の妻にはふさわしくない!!婚約を破棄するとともに、君には相応の裁きを受けてもらおう!」

「そんな…(わたくし)はそんなことしておりませんわ!!シルワ様を害そうなんて、そんな恐ろしいこと…。」

「黙れ!証拠も目撃者もわんさか出ているんだ。最早言い逃れできるとは思うまいよ。」


(目撃者…お嬢様がそんな愚行を犯すはずがありません。金で釣ったか何かしたのでしょうね。)


「…まさか…嘘でございます!私は。」

「黙れと言っているだろう!即刻この場から消えてもらおう!君に僕の主催するパーティーに参加する資格はない!」


 ラルフ様のお言葉にショックを受けられたアリアナお嬢様は、会場を走り去ってしまった。

 普段あんなに淑やかに振る舞っていらっしゃるお嬢様を二度も走らせるなんて、なんて業の深い男なのだろうか。

 ふつふつと怒りが湧いてくるのを感じる。


(あのクソ男、どうしてくれようか。)


 とにかくお嬢様を追うため、私は静かに会場を後にした。

 馬車の中で泣いているお嬢様を発見し、御者を呼んですぐに屋敷へと帰った。 

 屋敷までの道中、お嬢様は顔を手で覆ったまま何も言葉を発することはなかった。


 馬車が屋敷へつく。

 わたくしが馬車の扉を開けてお嬢様がお降りになるのを手伝おうとしたが、お嬢様はご自分で馬車から飛び降り自室へと走り去っていってしまった。

 お嬢様を追いかけてきた私室前へと行くと、扉越しにお嬢様が震えた声で仰る。


「…お願い、しばらくそっとしておいて。」


 相当御心に来ているのだろう、人払いを申し付けられてしまった。



 ♤♤♤



 一刻ほど扉の前で待っていたが、お嬢様から声がかかることは無かった。

 流石に心配でどうにかなりそうだ。

 メイドの分際で出過ぎた真似ではあるが、無理やり様子を見に行こう。


「お嬢様、軽食をお持ち致しました。」

「…」


 焼き立てのクッキーや新鮮な苺などを用意して、ノックをして部屋へ入る。

 明かりも灯されていない部屋は、お嬢様の落ち込みようを表しているようだ。

 お嬢様はベッドの上で布団にくるまれているようで返事はない。


「何かお食べになったほうが精もつきます。食欲がない心中お察しいたしますが、どうぞお召し上がりください。」


 もぞもぞとお嬢様が動く音が聞こえる。


「ユーリ、私もう貴方とはいられないわ。」


 くぐもった声が耳に届く。


「滅多なことを仰っしゃらないでください。わたくしはいつまでもお嬢様にお仕えさせていただく所存でございますよ。」

「…でも、わたくしの有責で婚約破棄だなんて…もうお嫁に貰ってくださる方もいないわ…お父様のお荷物になってしまう前に、ここを出ていかなければいけないわ。」

「混乱していらっしゃいますね。温かい焼き菓子などはいかがでしょうか?」


 随分弱ってしまっている主人に食事を進める。

 人間、腹が空いていては判断力も鈍ってしまう。

 今、お嬢様は混乱している様子だから、リラックスしていただくことが先決だろう。

 ベッド横にかがみ込み、お嬢様が作り上げたベッドの上の盛り上がりに声をかける。


「お嬢様、軽食はどちらになさいますか?」

「そんなもの食べてる場合じゃないのよ!」


 ばっと布団から飛び出してきたお嬢様が、大声を張り上げる。

 泣いていたのだろう、目元が赤くなってしまっている。

 大声を出したことのないお嬢様は、反動でけほけほとむせてしまっている。


「お嬢様、そんなものを食べている場合でございます。ただ打ちひしがられているだけではラルフ様の思う壺にございます。まずは腹を満たして、今後のことを考える余裕を作りましょう。」

「…で、でも。」


 お嬢様は尚も錯乱していらっしゃるようだ。

 それもそうだ、貴族の令嬢にとって婚約とは基本的にほとんど結婚とイコールなのだ。

 夫婦として支え合うはずの人から手酷い裏切りにあった以上、何も信じられなくなってしまうのも無理はない。


(わたくしのお嬢様に、本当になんてことをしてくれたのだ。あのクソ男は。)


「大丈夫でございます。お嬢様のお父君は、騙されたお嬢様を簡単に見捨ててしまわれるお方なのですか?」

「お父様は…そんな冷たい人ではないわ。」

「でしたら、お嬢様がこのお屋敷を出ていってしまわれては侯爵様は悲しまれてしまうのではありませんか?」

「…確かに、そうね。」

「お嬢様の元気なお姿を、罠に嵌められても毅然とした態度でいらっしゃるお姿を見せてこそ、本当の親孝行なのではありませんか?」


 落ち着きを取り戻したのだろう、お嬢様はベッドにきちんと座り直す。

 わたくしはお嬢様に布団をかける。

 お嬢様はご自身の手で乱れた髪を整え、取れかけの薔薇の髪飾りを外す。


「…そうね、私、混乱していたわ。」

「無理もございません。あんなに理不尽な目に合われたのです。初めから冷静でいられる方が不思議というものです。」

「…ありがとう、ユーリ。」

「滅相もございません、お嬢様。…軽食はどれを召し上がられますか?」


 お嬢様から薔薇の髪飾りを受け取りながら、要望を伺う。

 確かこの髪飾りは昔ラルフ様から贈られたものではなかっただろうか。


「あなたのおすすめ通り、クッキーをいただくわ。」


 お嬢様が力なく笑う。

 たかが一介のメイドのおすすめも聞き入れてくださるお方なのだ。


「どうぞ、お召し上がりください。」


 クッキーを乗せた皿をお嬢様の太ももに乗せられた布団の上に置く。

 お嬢様は少しずつではあるが、クッキーを口に運んでくださった。

 最低限食べる元気があるのは良かった。

 ある程度お食べになられたのを見て、水分もとっていただく。


「さ、お腹も膨れましたら、今日はもう寝てしまいましょう。睡眠を取れば頭も冴えることでしょうから。お話はそれからでございます。」


 皿とグラスを回収しながら就寝を促す。

 お嬢様は大人しくベッドに体を倒し、目をつむる。


「…ありがとう、ユーリ。私、頑張るわ。」

「…わたくしも精一杯お嬢様を応援いたします。」


 布団を綺麗にかけ直しながら返事を返す。

 幾ばくもないうちに静かな寝息が聞こえてくる。


 本来、主人の望み以外を独断で行うのはメイドの職務を逸脱している。

 しかし、お嬢様のやつれ様はもう見ていられない。

 眠ってしまわれたお嬢様に深く礼をし、ベッドから静かに離れる。


 お嬢様、しばしお側を離れることをお許しください。

 必ずやあのクソ男に痛い目を見せてみせます。

 すっかり眠ってしまったお嬢様を見つめながら、今後の計画を練る。


()()なら、良い結末をご用意できそうですね。)


 メイド服の裾を翻し、部屋を出る。

 袖を捲くりながら廊下を歩く。


 ―あのクソ男、どう調理してやろうか。



 ♤♤♤



 まず手始めに男爵令嬢の調査だ。

 アリアナお嬢様と婚約しているラルフ様を誑かすなど、相当な阿呆かやり手のどちらかだろう。

 彼女の実家の様子を伺うか。


 お嬢様と出会う前所属していた暗部の伝を使えばすぐに調べがつくだろう。

 秘密の集会場へ潜入しよう。

 メイド服からただの服へと着替える。

 化粧も軽くしておこう、容姿はコミュニケーションの基礎だ。

 即座に厩から馬を拝借し、王宮近くの国民の憩い場へ向かう。

 付けば老若男女が各々の時間を過ごしている。

 一見ただの公園でたむろう人々にしか見えないが、日も沈んだこの時間帯にいる者はほとんどが暗部の所属である。


 国王陛下の足として暗躍するための特殊部隊。

 諜報や潜入、護衛、色仕掛け、など様々な道のプロが所属している。

 かくいうわたくしも戦闘の腕を買われ、暗部にてその腕を振るっていた。

 懐かしいものだ。

 お嬢様の導きのもとに下った今では、戻ろうなどとは毛頭思わないが。


 それらしい男に近づき声をかける。

 素朴な記憶に残りづらい顔をしている。

 かつて共に仕事をしていた諜報のプロの男である。


「もし、あなた。ハンカチを落とされましたよ。」

「…え、ああ、ありがとうございます。レディ。…お礼にお飲み物など贈らせてください。」

「ええ、喜んで。」


 男に導かれるままに近くの屋台へ行く。

 元暗部の老人が経営するカクテル屋だ。

 各々好きな飲み物を頼み、提供を待つ。


「お久しぶりですね。―――殿。」

「今はユーリと名乗っております。」

「左様ですか。ではユーリ殿、本日はいかようでして?」


「シルワ・ラベンダー男爵令嬢及びその周辺について教えていただきたいんですの。」

「ほう?私がなぜ、協力しなければならないのでしょうか?」


 やはり元同僚というだけでは簡単には情報はくれないか。

 仕方がない、事情を話すしか無さそうだ。

 この後クソ男の所業は無かったことにする都合上、あまり広めたくはないものなのだが。


「本日、アリアナ侯爵令嬢様がラルフ公爵令息様に無実の罪を着せられ婚約を破棄されました。シルワご令嬢、もしくはラベンダー家が関わっていると考えられます。王国の膿を出すには絶好の機会かと。」

「…良いでしょう。乗りましょう、そのお話。」


 暗部では、国に尽くすことが絶対とされている。

 公爵家及び男爵家の汚職疑惑ときては動かざるをえないだろう。

 出来たカクテルを受け取り、公園内を歩く。


「シルワ男爵家は近頃黒い噂が立っていますよ。それもかなり確かな噂がね。」

「どのようなものですの?」

「なんでも家業の鉱石発掘が滞っているようでね、鉱山が枯れた、なんて話も出ている。」

「へー。それは面白いお話です。」

「噂はそれだけじゃない。可愛い生娘を売って金にしようとする一部の貴族団体に媚を売っているとか。」

「自分の娘も売るおつもり…とか?」

「そこまではまだわかっていない。人身売買が露見すれば、大規模な検挙になるだろうからな。こちらも慎重にならざるを得ない。」

「…左様ですか。」


 やはり、この婚約破棄はただの横恋慕ではなく、裏がありそうだ。


「今話せるのはここまでだ。後はご自分でどうぞ。」

「ええ、助かりました。」

「健闘を祈ります。お暇になったらデートでもいかがです?」


 にやりと男が笑い、手を差し出してくる。

 暗部では国王陛下の御威光を借りている手前、動きが遅くなってしまう面もある。

 単身だからこそわたくしにできることがあるのでしょう。

 ありがたく差し出された手にグラスを渡し、公園を後にする。


「ちぇっ。つれねーな。」


 公園には男のごちる声だけが残されていた。



 ♤♤♤



 早馬で男爵家近くの酒場へ向かいながら思う。 

 そういえば、シルワ様は公爵家嫡男の婚約者としてパーティーに参加した体であったが、薄汚い布を纏っていた。

 普通、ラルフ様から相応の物が贈られてしかるべきなのではないか?

 アリアナお嬢様と違い、男爵令嬢の実家で用意できるドレスの質には限度がある。

 これは、何かありそうな予感がする。

 あとで調べておこう。


 酒場に着くと酒に溺れた客がたむろっていた。

 酒は人を愚かにする。

 酔って気が大きくなった人間は、簡単に秘密を話してくれる。


(都合の良いものね。)


 周りより上等な服を着た男に目星をつけ、席に近づく。

 途中でウェイターに酒をもらう。

 互いに酒を飲んだほうが気が緩むだろう。

 生憎わたくしは異国の民の血が混じっているため、アルコールの類にはめっぽう耐性がある。

 酒にかこつけて話を聞くにはうってつけの人材だ。


「あら、お久しぶりではありませんか。旦那様。」


 しおらしい仕草で男に声をかける。

 こちらを見た男が訝しげな顔をする。

 相当出来上がっているのだろう、首元まで真っ赤になっている。


「先日お仕事先でご一緒したではありませんか。忘れてしまわれたのですか?」

「え……あ、ああ、思い出した。この間の宝石商の女か。」


 わたくしはお嬢様のように人の目に強烈に焼き付く美貌の持ち主ではないため、会ったことがあると言われるとそんな気がしてきてしまうものである。

 おまけに服は胸元の大きく開いた露出の多いものにしている。


「覚えていただけていたようで何よりでございます。…ご一緒させて頂いても?」


 酒の入った大きなグラスを見せながら提案する。

 宝石商を呼ぶような金がありながら大衆酒場にいるなんて、訳ありですと言っているようなものだ。

 こういう男は大抵中身のなさそうな女を侍らせて自慢話をするのが好きなのだ。

 大人しく話を聞いていれば何かボロを出してくれるだろう。


「ああ、もちろんですとも。」

「まぁ、ありがとうございます。」


 グラスを机に置き、しずしずと腰掛ける。


「旦那様は最近は息災でございますか?またわたくしのお店をご利用くださいましね。」

「ああ、心配無用だ。最近は金の入りが良いからな。がっはっはっはっ。」


 汚い笑い方をする男だ。

 こういう奴らが王国の膿となるのだ。

 消しても消してもどこからか湧いてくる。

 まるで蛆虫だ。


「あら、事業の成功でもなされたのかしら。羨ましいですわ。」

「はっはっは。特別に教えてやってもいいぞ。」

「まぁ、本当ですの?」

「お前を俺の女にしてやろう。」

「あら、なんて素敵なご提案。」


 身を乗り出し、ジョッキを持つ男の手にそっと手を重ねる。

 少し微笑んでやればいちころだ。


「…実はな。」


 ニチャァと音がしそうな笑みを浮かべながら小さな声で話始める。


「ここの男爵様が秘密のサークルの会員になったとかで羽振りが良いんだよ。」

「秘密のサークル?なんて素敵な響き。」


(秘密のサークルとやらが人身売買の貴族組合のことでしょうね。周りに話しているなんて、男爵は計画性のない男のようね。)


「娘さんが文句を言っているらしいんだがな…もう男爵様は止まらねぇよ。傾きかけた男爵家が盛り返したんだ。止まる道理もねぇ。」

「娘さんは止めてらっしゃるの?男爵家のための行動を咎めるなんて、馬鹿な子ですのね。」


 シルワ男爵令嬢は人身売買を止めようとしていた?やはり娘も売り飛ばすつもりなのか。


「お前わかってるなぁ!あの娘は駄目だ。こーじょりょーぞくがなんだ、きぞくのこころえがなんだって、文句ばっかり言いやがるらしい。あんたくらい物覚えが良けりゃああんな目に合わずにすんだのになぁ!!がっはっはっ」


 すっかりひそひそ話すのを忘れた男が笑う。

 シルワ男爵令嬢には、何か事情がありそうだ。

 脅されてした行為を罰するのはアリアナお嬢様の本意からはそれ過ぎているだろう。

 しっかりと事実確認をしなければ。


「あんな目?随分怖い目にあったようですね。わたくし聞きたくて仕方がありませんわ。」

「…あのなぁ」


 思い出したように小声で男が言う。


「男爵家のために、人身御供になってもらうらしい。金持ちの老人に嫁がせて、たんまり結納金をせしめるんだとよ。男爵様も悪い人だ。」

「まぁ…」


「まっ。身の程もわきまえないあの女が馬鹿だったんだけどな!!」

「…」

「それよりもお前に良い話をしてやろう。」

「まぁ、なんですの?」

「…ごにょごにょ」


 とてもお嬢様には聞かせられない話をしてきた。

 おそらくこれ以上の収穫はないのだろう。

 隙を見て男のジョッキに強力な睡眠薬を仕込む。

 ぐびぐびと酒を腹に注ぎ込み、男はやがて机に突っ伏して眠りについた。


「まぁ、旦那様。寝落ちてしまわれたのですね。…おや、わたくしもう帰らなくては、ごめん遊ばせ。」


(あなたのような汚らしい男のものになるなんて、わたくしは真っ平ごめんでございますことよ。)


 酔いつぶれた男を一瞥して酒場を出た。



 ♤♤♤



 次はクソ男(ラルフ様)の調査だ。

 服をメイド服へ着替え、公爵邸へ向かう。

 暗部の情報網を頼るのもいいが、現場にいる使用人たちに聞いたほうが話が早いだろう。

 お嬢様がラルフ様と婚約している間、幾度となく顔を合わせ、時には力を貸し合ってきた。

 なにか知っているなら教えてくれるだろう。

 アリアナお嬢様は他家の使用人にも慈愛深く接するお方だから、人望は他の貴族様方と比べ物にならないほどある。


 裏口からそっと入り、使用人用の戸口を叩く。

 キィっと軋む音がして戸が開かれる。

 中に見知ったメイドがいた。

 気の強そうな目を持つ赤混じりの茶髪の女。

 ラルフ様付きのメイドである。

 二人でいつもお嬢様とラルフ様を見守っていた。


 わたくしの来訪に思うところがあるのだろう、無言で手招きしてきた。

 中へ入ると彼女の自室へ案内された。

 人に聞かれるとまずい話なのだろう。


「さ、お入りになって。」

「ええ、お邪魔いたします。」


 二人で小さなテーブルに向かい合わせで座る。


「突然押しかけてしまってすみません。」

「いえ、来ると思っていましたよ。」

「…」


(と、いうことは、わたくしが来るのを見込んで戸口に控えていたのね。…黒い話が出てきそうだわ。)


「ラルフ様についてでしょう。」

「…できる範囲で構いませんので、お教えいただけないでしょうか。」

「…こちらを。」


 彼女がエプロンの隙間から何かを取り出す。

 渡されるままに見ると、帳簿のようだ。

 勘ぐるまでもなく公爵家のものだろう。

 めくると、良くわからない項目の収入・支出がある。


「…公爵様は人身売買へ手を出しているようです。こちらはその帳簿でございます。」

「ほう。」

「公爵家が人身売買を初めてから、この屋敷は出入りが厳しく取り締まられております。…持ち出すのは、貴方にお願いします。」

「帳簿を持ち出すのは容易では無かったでしょう。…あなたの手柄としなくてよいのですか?告発すれば報奨金もおりるでしょうに。」

「…今まで異を唱えたメイドが何度も売り飛ばされていってしまいました。わたしには何もできませんでしたので、()()がせめてもの償いです。」


 強い正義を燃やした瞳だった。

 彼女の再就職先は暗部が合いそうだ。

 帳簿を提出する際に、売り飛ばされたメイドの話と合わせて進言しておこう。

 戸口まで送ってもらい、公爵家を後にした。


 ―これで情報だけでなく、証拠も手に入れましたわ。最後は味付けをしなくては。


 ♤♤♤


 高くそびえ立つ石造りの壁をよじ登り、王宮へ静かに忍び込む。

 警備をかいくぐるために王宮の塀を乗り越えたのは緊急事態のため、ご容赦いただきたいものだ。

 そろりと目的の部屋のバルコニーへ降り立つ。

 閉められたカーテンの隙間から、明かりが灯っているのが見える。。


(狙い通り、まだ仕事中のようですね。)


 バルコニーの閉められたガラスを定められたリズムで叩く。


 コン、コンコン、コン、ココン。


 中にいる人間が動く気配がしてバルコニーの入り口が開かれる。


「やぁ、久しぶりだね。何の用かな?」


 わたくしを出迎えたのはこの国を将来統べるお方、すなわちエリック王太子殿下である。

 さらりとした銀髪を無造作にまとめ、切れ長の目を細めて愉快そうに微笑んでいる。

 こっそり書類を片付けていたのだろう、情けない寝間着姿のままだ。


「アリアナお嬢様について、お話があります。」

「ああ、そういうことかい。待ってたよ。」


 王太子殿下がわたくしを部屋に招き入れる。

 暗部所属時に王太子殿下付きの護衛をしていたことが、ここで役に立った。

 執務机を通り過ぎ、ソファに向かい合わせに着席する。

 これも暗部時代の習慣だ。

 賊を片付けた後はこうやって事の次第を報告していた。


「…で?ラルフ君の婚約破棄事件についてなにか分かったのかな?」


(婚約破棄事件だなんて、遊んでいるわね。ま、公爵家嫡男の虚偽の嫌疑による婚約破棄だなんて、前代未聞の醜聞だものね。)


「…まず、ラルフ様の生家である公爵家についてですが、人身売買の証拠があります。若い娘を高値で売りつける貴族組合の元締めでしょう。…こちらが証拠品の帳簿になります。公爵家に務めるメイドが告発とともに託してくださいました。公爵家は家の方針に逆らった使用人をも売り飛ばしてしまわれているようです。」


 これで、王太子殿下は売られていった娘たちを探してくださるだろう。


「ふむ、公爵に苦言を呈せるメイドか。アリアナを任せるに相応しい娘たちに違いない。さっそく引き抜いてこなくてはな。」


 案の定、食いついてくれた。

 これで帳簿をくれたメイドの気も、少しは晴れてくれるだろう。


「次にラベンダー男爵家ですが、最近人身売買の貴族組合に参加したという情報が入っています。立入調査などして見るのが良いでしょう。シルワ男爵令嬢様は人身売買に反対されていたそうですので、彼女を保護して話を聞くのが手っ取り早いかもしれません。」

「ほう、シルワ男爵令嬢が。」

「はい、シルワ様は結納金目当ての結婚を実家から強制されており、代わりにラルフ様を狙ったということがわかっています。シルワ様にはやんごとなき事情があったとはいえ、他の女に靡いたことはラルフ様ご自身の失態でございます。」

「代わり、とは、君はどう見ているんだい?」

「シルワ様は男爵及び公爵様方の凶行を止めるべく、御子息のラルフ様の助力を乞う目的だったのではないかと考えています。しかし、帳簿を調べていただいたらわかりますが、この筆跡はラルフ様のものです。丁度いい駒として囚われてしまわれたのでしょう。おそらくですが、ラルフ様は芯のあるアリアナ様を鬱陶しく思われていたのか、と。」

「…そうか、私のアリアナを傷つけるなんて、彼は度胸のある男だね。」


 念のため言っておくが、王太子殿下はアリアナお嬢様に惚れている。

 それはもうゾッコンである。

 しかし、王族の決まり上王太子殿下がまだ婚約できない期間中に、ラルフ様がアリアナお嬢様との婚約を決めた。

 間に合わなかったことをずっと悔いている人なのだ。

 アリアナお嬢様より3歳若いことをずっと根に持っている男なのだ。


 アリアナお嬢様が婚約破棄された今、待ちに待った強奪チャンスと言うわけだ。

 部下を通してラルフ様一行を告発するよりも、本人に伝達したほうが早いだろう。

 王太子殿下が他人の婚約者に懸想しているなど、公然には言えない秘密であるのだから。

 王太子殿下にまで暗部から話が来るまでに、アリアナお嬢様の根も葉もない噂が立つのは避けたい。

 半ば禁じ手ではあるが、お嬢様のためだ許されるだろう。


 気づけば外は雨が振り始めており、時折落雷の音も響き始めていた。

 王太子殿下がわざとらしく足を組み直し、頬に手を当てる。


「あぁ、そうそう。…もうすぐ叔父上が親格降下する予定でね、既存の公爵家の爵位を下げる手筈だったのだよ。」


 王太子殿下が雷の降る窓を背に怪しげに笑う。

 雷光がいやに似合うご尊顔だ。


「おあつらえ向きの理由があるなら都合が良い。その話、乗ってあげようじゃないか。勇敢なメイドさん。」



 ♤♤♤



 舞台は整った。

 あとは、主役の登壇を待つのみだ。

 朝日とともにお嬢様の部屋を訪ねる。


「おはようございます。お嬢様。」

「………おはよう。」


 長い沈黙の後返事が返ってきた。

 静かに扉を開け中に入ると、お嬢様は身支度を整えていらした。


「お早いお目覚めにございますね。」

「病は気から、と言うでしょう?」


 そう言って笑うお嬢様の目尻は赤い。

 気丈に振る舞っておいでなのだ、指摘するのも野暮というものだろう。


「…今日は何をしようかしら。」


 大きく伸びをしてお嬢様が呟く。

 空元気なのが見え見えである。

 わたくしに心配をかけまいとお考えなのだろう。


「お嬢様には、向かっていただきたい場所がございます。」

「…あら、どこかしら。」

「王宮へ、わたくしと参りましょう。」


 お嬢様は驚いたように目を見開く。

 王宮へ行くなど、幼い頃王太子殿下と遊ばれていたとき以来だろう。


「王太子殿下が、お嬢様のことをお待ちです。」

「エリック…王太子殿下が(わたくし)を…?」

「左様でございます。」

「でも、今の私に王宮行く資格など、エリック…王太子殿下に会う資格などないのではないかしら。」

「いいえ、資格を示しに行くのです。今が、お嬢様の汚名を払拭する時なのです。…さぁ、参りましょう。」

「わかりたましたわ。行きましょう。」


 お嬢様と馬車に乗り、王宮へ向かう。

 王太子殿下から話は通っていたのだろう、すんなりと入城許可が下りる。

 不安をあらわにするお嬢様が馬車から降りるお手伝いをし、王宮内を先導して歩く。

 王太子殿下に言付けられた部屋までお嬢様をお連れする。


「ここに、王太子殿下がいらっしゃるのね。」

「はい、左様にございます。」


 扉越しになにやら大声で叫ぶ声が聞こえる。


「ですから、僕は無実です!!」


 その声にお嬢様がびくりと反応する。


「…ラルフ様…!」


(なんだクソ男の声か…。)


 ラルフ様の怒声にお嬢様の足が止まる。


「私、この扉の先に行くべきなのかしら…。」


 怖気づいてしまったのだろう。

 裏切られたトラウマが足を引っ張っているのだろう。

 だが、ここで止まっていてはお嬢様のためにならないのだ。

 トラウマとは乗り越えるもの、傷つけてきたものへは相応の罰を与えるものなのだ。


「名誉を汚されたお嬢様が、やり返して差し上げなければ意味がないのでございます。」

「…やり返す…。そう、そうよね。」


 お嬢様が静かに頷く。


「お嬢様の悔しさを払拭するための舞台は整えております。」

「ありがとう、ユーリ。(わたくし)覚悟を決めましたわ。」

「その勢いでございます、お嬢様。」


 瞳に決意を宿したお嬢様を見て、目の前の扉を開く。


 ―さぁ、断罪の時間といたしましょうか。



 ♤♤♤



 中へ入ると、室内は沢山の貴族たちが取り囲む裁判所のような内装になっていた。

 被告人の証言台にはラルフ様が立っている。

 立たされている、というのが正しい表現か。

 衛兵に剣を向けられ逃げられないようにされている。


「ラベンダー男爵家への取り調べはもう終わっている。アリアナ侯爵令嬢への嘘の証言をした者たちも洗い出し済みだ。貴様に逃げる道はもう無い。」


 ラルフ様の正面に陣取った王太子殿下が冷たく言い放つ。


「君の後は公爵の尋問が控えているんだ。手間を掛けさせないでくれるかな?」

「たった一晩でそんな…」

「たった一晩?何を言っておるのだ。我々は随分前から貴様たちに目をつけていたとも。…悪党とは、常に尻尾を出しているものなのだよ。」

「そ、そんな…」


 ラルフ様が膝から崩れ落ちる。

 綺麗なフォーム過ぎて思わず脳内保存したくなるくらいだ。

 無様、という言葉が最も似合う御仁だろう。

 なんとかならないかとばかりに辺りを見回す。

 そして、背後にいるアリアナお嬢様に気がついた。


「ア、アリアナ!君は、僕の無実を信じてくれるだろう!!僕は何もしていない!嵌められたんだ!!!」


 この期に及んでアリアナお嬢様へ助けを求めてきた。

 なんて醜悪な男なのだ。

 お嬢様の顔色を伺うと、もう迷いはなかった。


(そうです。こんな男にお嬢様が心を割く必要などございませんとも。)


 わたくしはお嬢様に、()()()()を渡す。

 小さく頷くとお嬢様はそれを受け取って前へ歩み出る。


「あら、貴方が(わたくし)を悪女と仰ったではありませんか。…なれば、悪女らしく振る舞ってさしあげましょう。」


 カツカツとヒールを鳴らしながら、お嬢様があの男の眼前に立つ。

 手に持った()()()()、大輪の薔薇の花束を男へと向ける。

 花束をまとめるリボンには、ラルフ様から貰った髪飾りを付けておいた。

 お嬢様はラルフ様をまっすぐ見て言葉を発する。


(わたくし)から貴方へ、復讐の花束を。」


 覚悟と情熱を宿した、鮮烈な赤い瞳が眩しいほどにラルフ様を射抜く。


 ―なんて、お美しい。


「あ…アリアナ?…」


 思わず呆けているラルフ様を見下ろしながら花束を落とす。


「これは、(わたくし)からの決別の意思であり、落ちていく貴方への手向けにございます。…どうぞ、お持ちくださいな。」


 冷めた視線をラルフ様によこすと、もう興味はないといった様子で踵を返す。

 薔薇の花束は、この国では終身刑に処される罪人への餞としても利用されるものだ。

 お嬢様からラルフ様への花束は、つまりそういうことだ。

 こちらへ歩みを進めるお嬢様は、つきものが取れたような晴れやかなお顔をされていた。

 わたくしは静かに頭を下げる。


「さぁ、帰りましょう、ユーリ。私、ハーブティーが飲みたいわ。」

「はい、ご随意に。」




 やがて未来の国母として内定したお嬢様のもとへ、見知った紫髪のご令嬢が訪れたのはまた別のお話。

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