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一 引っ越し

 微睡みから覚め、頭の中のもやを晴らすように軽く頭を振る。

 俺は軽トラの荷台で段ボールにもたれるように座って荒い運転と砂利道に揺られていた。

 「後どのくらいで着くんだ...?」

 出発前の話では到着は午後十時過ぎのはずだ。

 目を開き腕時計に目をやる。

 時刻は九時半。

 となると、そろそろ新天地の面影が見えてくる頃だろうか。

 新たな居住地の様子を知ろうと顔を上げる。

 瞬間、俺の目には無数の星明かりが飛び込んできた。

 鬱蒼と建ち並び煌々とした光を放つビルの中で生まれ育った俺は、乱立する木々の遙か上空に広がる満天の星空なんて見たことがなかった。

 そして、俺は星空に魅入られた。


 そうして星空を眺めて呆けているうちに、俺と親父を乗せた軽トラは新居へとたどり着いていた。

 「...親父、ここで合ってる?」

 「あぁ。...なんか、すまんな」

 だが俺の目の前に広がるのはすまんなとかいって済むような騒ぎじゃない。

 新居に問題があったわけじゃない。

 新居はごく一般的な一軒家だ。

 一見普通の市街地で、特に何か不都合がありそうなわけではない。

 ただ、その市街地がある場所が問題だった。

 「なにここ。山と森に囲まれてるじゃん。社会から隔離されてない?」

 「とは言っても俺の実家なんだが...」

 申し訳なさそうな声で言う親父に罪悪感がわき、「ごめん」とだけ返す。

 道理でこれまで父方の祖父母の家に来たことがなかったわけだ。

 山道に酔いやすい母がいればこんなところにはこられなかっただろう。

 だから帰省の時には祖父母がこっちを訪ねてくれていたんだろうか。

 「一旦、荷物中に入れるか」

 「はいよ」

 黙々と荷物を荷台から下ろし、俺が下ろした荷物を持って家の中に消えていく親父を見ながらどうしてこうなったのかと思案に暮れる。

 俺は元々都会で生きているごく一般的な高校生だった。

 ビルに囲まれ、高三になっても大学受験のことなんて考えず遊び呆けていた。

 しかし夏休みに入り、そろそろ本気で勉強をしないとなと気合いを入れた時に事件は起きた。

 夏休みに入ってからの恒例行事として、我が家では父方の祖父母がたくさんのスイカとかトマトとかのお土産を持ってきてくれてみんなで花火大会を鑑賞するというものがあった。

 今年も当然祖父母は来てくれていた。

 そして花火大会を翌日に控え、「明日のために色々買ってくるね」と車を運転し買い出しに出かけた母と祖父母。

 車の運転が下手な父よりも母の運転の方が安心だ、と祖父母は息子である父よりもその嫁の運転を信頼していた。

 その母の運転で出かけた母と祖父母は、二度と帰ってこなかった。

 なんでも大規模な事故に巻き込まれたらしい。

 そんな悲しみに暮れる間もなく、俺と親父は家を追われた。

 住んでいた家は母と仲の良かった不動産の人が格安で貸してくれていたもので、母がいないのなら従来の値段を払って貰う、と。

 しかしその金額は、キャリアウーマンとして働いていた母を失ったほぼ専業主夫の親父には払えないような金額だった。

 そんなわけで俺と親父は俺が高三の夏という大変な時期に家主を失った父方の祖父母の家に引っ越してきたのだ。

 ...高三の夏休みに引っ越しとか!

 俺の高校二年半の思い出は?友達は?どこに行ってしまったんだ。

 まだ母と祖父母を亡くして一週間程度だぞ。

 気持ちの整理も付いてないまま家を追われて友達に会って別れを告げる間もなく引っ越し?

 あまりにもふざけている。

 世の中はどうしてこんなにも理不尽なんだ。

 思わず天を仰ぐ。

 見えたのは街灯の明かりだけ。

 そういえば、来る途中に見た星空、綺麗だったな...。

 あの壮観を思い出すと、自宅からあの星空を見られないのは少し残念に思えた。

 「おい、何してるんだ?家入るぞ」

 親父の言葉に我に返る。


 親父についていき家の中に入る。

 あまりにも生活感にあふれた部屋の中に不釣り合いな段ボールの山。

 つい数日前まで祖父母がここに住んでいたと考えると、もう祖父母にも母にも会えないという現実を思い出し泣きそうになる。

 「二階に二部屋あるから、お互い自分の部屋は持てるな。一階は飯食う以外には風呂とトイレくらいか?」

 家の中を見て回りながら親父が呟く。

 男二人暮らしともなると一般的なサイズの一軒家でもかなり持て余しそうだ。

 「水回りとか電気を最初から整備する必要が無いのは不幸中の幸いだな。荷物整理は後にして今日はもう寝るか?疲れただろ。」

 そう言われても別に俺は荷台で寝ていただけなので大して疲れていないのだが、ずっと運転していた父を慮り承諾する。

 そんなわけで二階に上がり、じゃんけんで部屋を決め無事に負け新たな俺の部屋に入る。

 父親は元々自分の部屋だった部屋を選んだらしい。

 部屋に入るとまず棚に詰め込まれたたくさんの本が目に入る。

 恐らく元々祖父の部屋だったのだろう。

 祖父によく本を薦められていた記憶がある。

 棚の本達の背表紙を流し見していくとやけに天体というワードが多く感じる。

 まさか、祖父は天体観測が趣味だったのだろうか。

 それなら、あの星空にもっと早く出会えていたのなら、祖父に勧められた本を受け取って読んでおくべきだった。

 落ち着いたら学校が始まる前に天体に関する本を読むことを密かに心に決め、自分の荷物の入った段ボールを下から持ってくる。

 荷物を出して祖父の遺品を出して自分のものを代わりに収納して、の作業を繰り返していると親父が顔を覗かせて言った。

 「布団、明日洗濯するから今日はこのまま寝ていいぞ。時間も遅いし、風呂は明日朝イチで入ろう。あと父さん、あぁじいちゃんの荷物は段ボールに代わりに入れといてくれ。空いてる部屋に置いておく。俺はもう寝るけど、お前も早く寝ろよ。」

 そう言い残して去った親父の部屋の方からドアが閉まる音が聞こえた。

 俺は荷物の整理だけ終わらせてから寝ようか。

 そうして自分の荷物と祖父の荷物を交換する作業を繰り返しているうちに夜は更けていき、俺も眠気に襲われた。

 部屋にある小さな物置、いやクローゼットか?

 これは...いじるのはまた明日で良いか。

 俺も寝ることにしようか...。


 翌朝、昨夜言っていたとおり起きて持ってきた菓子パンだけ食べて風呂に入る。

 その間、親父は部屋で荷物の整理をしていたようだ。

 本当に昨日はすぐ寝てしまったのだろう。

 その後、親父が風呂を出るのを適当に家の中を歩いて待ち、二人で一階で料理道具など共通の荷物を整理する。

 まったく、こっちに来てから荷物の整理しかしていない。

 引っ越しとはそんなものなのだろうか?

 伸びをした俺を見て、親父が「気分転換でもするか」と立ち上がる。

 時計を見るとお昼。

 もうそんなに時間が経っていたのか。

 「外の雰囲気、お前知らないだろ?昼飯食うついでに外歩かないか?」

 言われて気がついたが親父はこの土地について知り尽くしてるのか。

 断る理由があるわけもなく喜んでついて行く。

 外に出て親父について歩きながら、この道はどこに繫がっているとかこっちに行くと何があるとか色々教えてくれたが、初めて来た場所でそんな説明をされても覚えられるわけがない。

 地道に覚えていこうと思いながら周りを見つつ歩き回り、かなり昔からありそうな食堂でご飯を食べて回り道しながら家に帰る。

 これじゃしばらくは外出できそうにない。恐らく家に帰れなくなるだろう。

 家について荷物の整理の続きを手伝った後、時間は午後七時を回っていた。

 夕飯を食べて、残り僅かになった段ボールの整理は親父が一人でやってくれると言うので俺は部屋に上がる。

 窓から外の景色を見れば、見慣れない景色とそう遠くなさそうな距離に山々が並んでいる。

 この景色も、これから見慣れたものに変わっていくんだろうか。

 そうなるのはいつになるのかな。

 そんなことを考えながら黄昏れていると、下で親父が呼ぶ声がする。

 特に呼ぶ用事なんて無いはずだけど。

 不思議に思いながら返事を返して下に降りる。

 さて、何が待っているのやら。

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