表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕とばあちゃんと、僕の名前  作者: つなかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/38

第七章 ばあちゃんの微熱と、母の頼み

夜じゅう降り続いた雨は、朝になってようやく止んだ。

畑は濡れた葉っぱを重たそうに垂らしている。


昨日、必死に締め直した支柱は倒れていなかった。

その事実にほっとする。


けれど――

家の奥から聞こえた咳が、胸をざわつかせた。


いつもの軽い咳ではない。

深くて、重たく響く咳。


「ばあちゃん?」


台所へ行くと、ばあちゃんは味噌汁を前に、少しぼんやり座っていた。

顔が赤く、呼吸が浅い。


「……あぁ、僕か。寝冷えしたんやろ。大丈夫やて」


声が弱い。

笑おうとしても、笑顔の端が下がっていた。


母が眉を寄せる。


「ちょっと、ほんまに大丈夫? 顔、熱あるで。測ろ」


「いらんて。病院なんて大げさやわ」


そう言いながら、味噌汁に手を伸ばした瞬間──

ばあちゃんの体がふらりと傾いた。


「ばあちゃん!」


僕は慌てて肩を支えた。

いつもなら冗談を飛ばしてごまかすのに、

今日はただ、あえぐように息を整えるだけだった。


その静けさが怖かった。


母は体温計を取りに走る。

僕がばあちゃんの背中をさすっていると、

母が戻ってきた。


「お願い、測らして」


ばあちゃんはしぶしぶ体温計を口にくわえた。


ピピッ。


数字を見た瞬間、息が止まる。


「……38度近いわ」


「ちょっと熱あっただけや。寝たら治る」


母は黙ってばあちゃんを見つめたあと、

一度深呼吸して、僕のほうを向いた。


そのときだった。


母が、

いつもの“アンタ”ではなく、

静かに、素直な声で言った。


「……大樹」


胸が跳ねる。

母に名前で呼ばれたのはいつぶりだろう。


「……今日、私、仕事の出張でどうしても休まれへんねん。

 ほんまに、ごめん」


母の声が震えていた。


「ばあちゃんの様子、見ててくれへん?

 何かあったら、すぐ連絡して。頼む」


母は深く頭を下げた。

謝るように、すがるように。


その姿を見て、僕は思わず言っていた。


「……うん、大丈夫。

 任せて」


母はほっとしたように笑った。


「ありがとう、大樹」


その“ありがとう”は、

胸の奥にまっすぐ落ちていった。



ばあちゃんを布団に寝かせると、

息は浅く、頬は熱く赤い。


「僕……今日は畑、頼むで」


「うん。任せて」


ばあちゃんは弱々しく笑ったあと、目を閉じた。


部屋が静かになる。

雨上がりの湿った風が、カーテンをわずかに揺らした。


その風の音の向こう、

母に呼ばれた「大樹」という名前だけが、

胸の真ん中でぽつんと光っていた。


(第七章 了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ