表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕とばあちゃんと、僕の名前  作者: つなかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/38

第三十五章 茉莉花が語る“もうひとつの未来”

夕暮れの散歩から帰ってくると、

母――茉莉花はちょうど台所の水を止めたところだった。


「あら、大樹。遅かったなぁ」

振り返った茉莉花の目は、

どこか柔らかかった。


凛さんと別れてから、

胸の中がまだふわふわしていた僕は、

なんとなく視線を合わせられない。


「ちょっと……散歩してた」

「ふふん、そうやろなぁ」


その言い方が妙に意味深で、

思わず耳が熱くなった。


「母さん、やめてって……」

「え〜? 何も言ってへんよ?」


茉莉花はニヤッと笑って、

タオルで手を拭きながら僕をじっと見た。


「ほな、大樹。

 ちょっとだけ時間くれる?」


「……僕に?」


「せや。あんたに話したいことあるんよ」


胸の奥が静かにざわついた。


(父さんのこと……の続き?

 それとも……)


茉莉花は、

居間へ僕を案内した。


畳の匂い、

薄い夕風がカーテンを揺らしている。


二人で座布団に向かい合うのは、

なんだか久しぶりだった。


茉莉花はお茶を二つ置いてから、

正面の僕をまっすぐ見た。


「大樹。

 あんた、最近……顔が明るいわ」


心臓がドクンとした。


さっきまでの散歩のことが

胸にぶわっと蘇る。


凛さんの笑顔。

風に揺れる髪。

名前を呼びかけられた、あの瞬間。


(……そんなん、母さんに気づかれたら恥ずかしいって)


でも茉莉花は、

茶化すような目じゃなかった。


母の目だった。


「ええ変化や。

 ばあちゃんも喜んどったで」


「そう、なんや……」


「でもな、大樹。

 今日は“恋”の話をしに来たんちゃうねん」


茉莉花の声のトーンが、

すっと落ち着いた。


「……あんたにはな、

 “未来”をちゃんと選んでほしい」


僕は目を上げた。


茉莉花は、

ゆっくりと言葉を選びながら続ける。


「大樹……

 あんたはずっと“誰かのためばっかり”生きてきたやろ」


「……僕、そんなつもりは」


「わかってる。

 でもな――

 父さんがおらんくなって、

 あんたはずっと不安やったんやと思う」


静かに、でも強く。


「自分よりも、周りを優先してしまう。

 母親のわたしから見ても、

 それは“優しすぎる”生き方や」


胸がズキっとした。


(僕……優しすぎる?

 そんなこと、言われたことないのに)


茉莉花は、

手をぎゅっと組みながら話した。


「大樹。

 あんた、自分の幸せを一番後回しにしとる」


言われた瞬間、

胸の奥に刺さっていた棘が少し動いた。


「……母さん。

 僕、今までそんな考えたこと……」


「ないよな。

 自分の幸せを“考えてええ”って、

 教えてもらえへんかったからや」


その言葉で、

父の手紙の内容が重なった。


“自分の人生から逃げないでくれ”

“自分の幸せを選べ”


茉莉花も、

父も、

ばあちゃんも。


みんな同じことを言っていた。


僕は俯きながら言った。


「……僕は、どうしたらいいんやろ」


茉莉花は、

そっと僕の手を両手で包んだ。


「大樹。

 あんたはな――

 “自分の人生を好きに生きていい”

 そういう年齢になったんよ」


胸の奥がゆっくり震えた。


「誰かのために頑張るのもいい。

 でも、その中心には“あんた”がおらなあかん」


僕は、握られた手が少しだけ熱く感じた。


茉莉花は微笑む。


「それに……

 最近はええ子が隣におるやろ?」


「っ……!」


顔が一気に熱くなる。


「凛さん、あんたのこと大事に思っとる。

 わたしから見ても、いい子や」


「母さん……」


「ゆっくりでいい。

 急がんでもええ。

 ただ――

 “あんたが幸せになる道”を、

 そろそろ自分で選びぃ」


涙が、視界の奥でゆらゆら揺れた。


母にこんな言葉をもらう日が来るなんて

想像したこともなかった。


胸の奥で、

何かがほどけるように軽くなっていく。


「……ありがとう、母さん」


茉莉花は優しく頷いた。


「大樹。

 あんたは、立派に育ったで。

 誇りや」


その言葉だけで、

なぜか涙が一粒だけ落ちた。


それを見て、

母は微笑んだ。


「さ、凛さんにもお礼言わな。

 あの子、きっともうすぐ来るで」


「え、来るん!?

 なんで……」


「大樹の顔見て、安心したいやろ。

 あの子はそういう子や」


そんなこと言われたら、

心臓がうるさくてたまらない。


けれど同時に――

どこか嬉しかった。


(第三十五章 了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ