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僕とばあちゃんと、僕の名前  作者: つなかん


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第二十六章「凛さんと夕飯、そして揺れ始める気持ち」

「いやぁ、退院できてよかったわぁ」


母が台所でエプロンを結びながら言った。


買い物袋を抱えた凛さんは、

すでに手際よく野菜を洗い始めている。


「私、煮物作りますね。

 おばあちゃん、好きって言ってましたもんね?」


「まあまあ……気ぃ遣わせて」


ばあちゃんが照れ笑いすると、

凛さんも嬉しそうに笑った。


家の空気は、

いつもよりあたたかかった。


鍋のぐつぐつ煮える音。

味噌汁の香り。

母と凛さんの会話。


退院したばあちゃんが

座布団の上でほほ笑んでいる。


(……こんな空気、久しぶりやな)


食卓に並ぶ料理は、

いつもの家の味と、

凛さんのやさしい手料理が混ざり合っていた。


・肉じゃが

・ほうれん草のおひたし

・だし巻き

・味噌汁

・漬物

・そして凛さんの上品な煮物


「いただきます」


全員で手を合わせる。


ばあちゃんは煮物を一口食べると、

目を細めた。


「味がやさしいわぁ……。

 凛さん、ほんま上手やなぁ」


「良かったぁ……。

 お口に合って」


凛さんは胸に手を当て、

ほっとしたように微笑んだ。


母も嬉しそうに言う。


「ほんま助かるわぁ。

 大樹、良い友達おるやん」


「え、友達っていうか……」


言いかけた言葉を飲み込む。


胸の奥がくすぐったい。


凛さんは少しだけ照れて、

湯飲みを手で包んだ。


(……なんでやろ

 一緒におるだけで、こんなに空気が優しい)



食事が進むにつれ、

会話は自然とにぎやかになった。


ばあちゃんは退院できた喜びからか、

昔の話もたくさんしてくれた。


「大樹が小さいときなぁ、

 庭で転んで大泣きして……」


「そんな話せんでええって!」


「可愛いかったんやからええやんか」


凛さんはふふっと笑い、

僕の方をちらっと見た。


「大樹さん、ちっちゃいころ想像つかへんなぁ」


「やめてや……」


耳が熱くなる。


その時――

ばあちゃんの視線が

箪笥の方へ一瞬だけ向いた。


(……鍵の引き出し)


胸の奥が急に重くなる。


“父”という言葉が

また静かに浮かび上がる。


箸を持つ手が少し固くなった。


気づいたのは、

凛さんだった。


「大樹さん……」


隣の椅子から

声が小さく届く。


「無理して食べなくてもいいですよ?

 疲れたら、休んでも」


その声だけで、

胸の重さが少し解ける。


(……なんでこんなにわかるんやろ、この人)


僕はかすかに息を吐いて、

「大丈夫」と小さく笑った。


ばあちゃんも、

母も、

凛さんも――


みんな笑っている。


けれど、

僕の胸の奥には

まだ鍵の引き出しの影が残っていた。



食事が終わり、

凛さんが台所で母の手伝いをしている。


ばあちゃんと僕は居間で少し休んでいた。


「……大樹」


「ん?」


「凛さん……ええ子やなぁ」


ばあちゃんは笑いながら、

僕をじっと見た。


「大樹、ああいう子……好きになるタイプやろ」


「な、なんやねん急に!」


声がひっくり返る。


ばあちゃんは楽しそうに笑った。


「図星なんやな」


「ち、違うって……!」


(違うって言いながら、

 胸が熱くなるのなんでなんや)


言い返そうとしても、

言葉にならなかった。



凛さんが台所から顔を出した。


「片づけ終わりました。

 そろそろ帰りますね」


母が玄関まで送る。


僕もなんとなく後ろをついていった。


外に出ると、

夕闇が濃くなり、

虫の声が静かに響いていた。


「今日は……ありがとう、凛さん。

 ばあちゃん、すごい喜んでた」


「良かった……。

 私も楽しかったです」


少しの沈黙。


凛さんは、

言おうか迷っているように

息をひとつ吸った。


「……大樹さん」


「ん?」


「今日……

 ちょっとだけ、

 疲れた顔してました」


胸がドクっと鳴る。


(やっぱり……気づかれたんや)


凛さんは目をそらさずに言った。


「また……

 話したくなったら言ってくださいね。

 怖いことでも、過去のことでも」


僕はゆっくり頷いた。


「……ありがとう」


その声は、

“僕”のままでも深く温かかった。


凛さんは微笑み、

帰り道へゆっくり歩き出した。


その背中が見えなくなるまで、

僕はしばらく立ち尽くしていた。


胸の奥に残った重さと、

その隣に芽生え始めた小さな光。


その両方が、

僕の中で確かに揺れていた。


(第二十六章 了)


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