第二十四章「凛さんと歩く帰り道、決意の話」
病院を出ると、
外の空気は夕方の色に染まっていた。
空は薄い橙色で、
風に運ばれてくる草の匂いが
どこか懐かしい。
(……ばあちゃん)
“あんたの人生、あんた自身のために生きなさい”
その言葉が、
胸の奥でずっと温かく残っている。
病院の階段を降りると、
下の広場に見慣れた影が立っていた。
「……大樹さん!」
手を振る姿。
淡い色の服。
少しだけ風に揺れる髪。
凛さんだった。
「凛さん?」
驚いて近づくと、
凛さんは息を整えながら微笑んだ。
「お母さんから聞いたんです。
今日は病院来てるって」
「また来てくれたん?」
「はい。
帰り道……一緒に歩きたくて」
その言葉に、
胸の奥がふっと熱くなった。
⸻
二人で並んで歩き出す。
帰り道は、
夕焼けに照らされて長い影が伸びていた。
人通りも少なく、
風の音と足音だけがゆっくり響く。
しばらく黙って歩いていると、
凛さんがそっと横目で僕を見た。
「大樹さん、
なんか……顔が変わりましたね」
「え、そう?」
「はい。
昨日よりも……
“前に進もう”って顔してます」
胸の奥が少し温かくなる。
(すごいな……
なんでこんなに気づくんやろ、この人)
僕はゆっくりと口を開いた。
「ばあちゃんが……
今日、言いたかったこと話してくれたんよ」
凛さんは小さく頷いた。
「どんな話だったんですか?」
夕日の光が凛さんの横顔を照らし、
優しい輪郭を作る。
僕は深く息を吸って、
ばあちゃんの言葉を思い出すように言った。
「“自分の人生、自分のために生きなさい”って」
凛さんは歩みを少し止めた。
驚いたように目を丸くし、
そのあとゆっくり微笑んだ。
「……すごい言葉ですね」
「うん。
僕なんかが聞いてええんかなって思うくらい、
大きな言葉やったけど」
夕風が吹いて、
二人の間の空気をそっと揺らした。
「でも……
その言葉聞いて、
初めて“ちゃんと生きたい”思った」
胸の奥から自然にこぼれた言葉。
“僕”の声だけど、
少しだけ震えていた。
凛さんはその言葉を聞いて、
ゆっくり息を吸った。
そして、
夕日が落ちかけた空を見上げながら言った。
「……大樹さん。
そう思えたの、すごいですよ」
「そうかな……?」
「はい。
“生きたい”って気持ち……
それがある人は、どんな怖いことでも超えていけます」
その声は、
まるで自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
(……凛さんも、何か抱えてるんやろか)
昨日見た涙。
今日の笑顔の影。
聞きたいけど、
聞いていいのかわからない。
そんな迷いが胸の中で揺れた。
⸻
歩き続けて、
家の近くの道に差しかかった頃。
凛さんが立ち止まり、
少しだけ恥ずかしそうに言った。
「大樹さん。
もし……また不安になったり、
怖くなったりしたら……」
ゆっくり僕の目を見る。
「私に言ってください。
聞くだけやけど、
それでもいいなら」
胸がぎゅっと掴まれたように熱くなる。
今度は自然に、
“僕”の声が出た。
「……ありがとう、凛さん。
ほんまに助かってる」
凛さんは微笑んだ。
昨日の涙とは違う、
あたたかい笑顔。
「じゃあ……
明日、また顔見せてくださいね」
「うん。
行くよ」
“行きたい”と思ったからだ。
その小さな変化が、
確かに胸の奥で息づいていた。
凛さんは手を振り、
夕闇へゆっくり帰っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで、
僕は立ち尽くしていた。
(……自分のために生きるって、
こういうことなんやろか)
胸の火は、
今日、さらに強くなった気がした。
(第二十四章 了)




