表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕とばあちゃんと、僕の名前  作者: つなかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/38

第十七章「ばあちゃん不在の夕食と、凛の差し入れ」

病院から帰ると、

家の中には夜の冷えた空気が満ちていた。


電気をつけても、

そこにいるのは僕と母だけ。


ばあちゃんがいつも座っていた座椅子は空のまま。

急須の中の茶葉は乾き、

湯呑みは布巾の上で静かに伏せられていた。


「……大樹、ちょっと座っててな。

 簡単なもん作るわ」


母が台所でエプロンを結ぶ。


包丁の“トントン”という音が、

久しぶりに家の中に響いた。


いつもならばあちゃんの鼻歌や咳が混ざるはずの音。

でも今日は、それがない。


(なんか……すごく静かやな)


その“静かさ”は、

僕の胸の奥のどこかをひんやり冷やした。



ご飯がほぼ出来上がろうとした頃。


コン、コン。


玄関をノックする音がした。


こんな時間に誰やろ、と

母と顔を見合わせる。


僕が玄関に向かい少しだけ扉を開けると――


「こんばんは、大樹さん」


息を弾ませた、優しい声。


外に立っていたのは 凛だった。


薄いピンクの袋を両手で抱えて立っている。

街灯が髪をふわりと照らし、

頬が少し赤く見えた。


「……凛さん?」


「差し入れ……持ってきました」


袋を差し出す手が、

ほんの少しだけ震えていた。



靴を脱いで上がってきた凛さんを見て、

母が驚きながら笑顔を向ける。


「まあ、凛さん。

 こんな時間にありがとうねぇ」


「いえ……大樹さん、

 ばあちゃんのことで大変やって聞いて……」


袋の中には

・煮物

・きんぴら

・卵焼き

・ほうれん草の白和え

ほのかに湯気が残っている。


「総菜屋さんで買ったんですけど……

 大樹さん、食べれてないんじゃないかなと思って」


僕は胸がきゅっとなった。


(俺……そんなふうに思われてたんや)


嬉しいのに、

うまく言葉にできない。


母は笑って言った。


「凛さん、気が利くなぁ。

 この子、ほんま食べてへんかったから」


「母さん! ちょっと言いすぎやろ……」


凛は小さく笑った。


「よかった……。

 渡せて、安心しました」



三人で食卓を囲むことになった。


煮物を開けた瞬間、

ふわっと甘い匂いが広がる。


卵焼きは黄色くてやわらかく、

白和えは優しい味の色をしていた。


湯気が広がるだけで、

家の空気がほんのり温かくなる。


大樹はそっと箸を伸ばした。


一口食べた瞬間――

胸の奥がじわっとほどけた。


「……うまい」


つい声に出る。


凛はほっとしたように、

両手を胸の前でぎゅっと握った。


「よかった……!

 冷めてないか心配で……」


母も頷く。


「凛さん、ありがとうなぁ。

 ほんま助かったわ」


僕は、

湯気の向こうで笑う凛を見ながら言った。


「……ありがとう、凛さん。

 ほんまに、助かった」


その言葉は、

自分でも驚くほど素直だった。


凛は、

少しだけ赤くなった頬を隠すように視線を落とした。


「いえ……大樹さんが、

 ひとりで抱えこまんように……って」


胸の奥で、

小さな何かが静かに灯る感覚がした。



帰り際、

母が玄関まで送る。


「凛さん、また来てね。

 この子、素直やないから」


「母さん!!!」


凛さんはくすっと笑った。


「はい。また来ます」


風が吹いて、

凛の髪がふわりと揺れた。


その光景が、

大樹の胸にずっと残った。


扉が閉まると、

家はまた静かになったが――


さっきより、

ずっとあたたかい静けさだった。


(第十七章 了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ