第十二章 収穫祭と、はじめての自己紹介
ばあちゃんの熱はまだ下がりきらないものの、
昨日より表情に力が戻っていた。
「大樹、今日は行っといで」
「行くって、どこに?」
「畑の“収穫会”や。
みんなで採れた野菜、持ち寄ってお茶飲むだけやけどな」
ばあちゃんが行けないなら断るつもりだったが、
ばあちゃんはゆっくり首を振った。
「大樹が行ったらええ。
うちの分まで、よう見てきて」
お願いというより、
送り出してくれるような声だった。
僕はうなずいた。
「分かった。行ってくる」
⸻
畑の横の空き地に、
木の箱や折り畳み椅子が並べられていた。
大げさなものじゃなくて、
いつもの顔ぶれが集まる小さな場所。
そんな空間なのに、
胸が少し高鳴った。
佐藤さんが僕を見つける。
「お! 大樹くん、来たな!」
「おはようございます」
よしえさんも手を振った。
「大樹くん、あんたの育てたミニトマト、めっちゃ甘いで!」
胸がくすぐったくなる。
(大樹……ちゃんと呼ばれてる)
昨日より自然に、
その名前が馴染んでいく。
⸻
すると、
横から明るい声がした。
「おはようございます、大樹さん!」
凛だった。
白いワンピースに小さめのエコバッグ。
いつもより柔らかい雰囲気で、
その姿を見た瞬間、
僕は視線を逸らしてしまった。
凛は僕の顔を覗き込みながら笑う。
「緊張してるんですか?」
「いや……まあ……ちょっと」
「大丈夫ですよ。
ここにいる人みんな、味方ですから」
その一言で、肩の力がすっと抜けた。
⸻
みんなが野菜を並べ、
お茶が配られはじめたところで、
佐藤さんが声を上げた。
「ほな今日は、新しい戦力――
大樹くんが頑張ってくれたさかい、
一言もらおか!」
「え!?」
急にみんなの視線が集まる。
よしえさんが
「大丈夫大丈夫、好きに言いぃ」
と背中を押してくる。
足がすこし震えた。
今まで、
こんな風にみんなの前で話したことなんてない。
でも、
ここで逃げたくはなかった。
僕はゆっくり前に出た。
風が頬を通る。
人の視線が集まる音がするみたいだった。
「……えっと」
一度、深呼吸。
ばあちゃんが、
僕の“名前”を取り戻してくれた日のことが胸に浮かんだ。
「僕……いや、
大樹です。大樹って言います。」
声は震えていたけれど、
しっかり言えた。
世界がすこし静まり、
次の瞬間、ぱちぱちと拍手が起こる。
「ええやん!」
「よう言えたな!」
「名前、かっこいいで!」
顔が熱くなる。
でも、恥ずかしいだけじゃない。
胸の奥がじんと燃えるみたいに温かかった。
⸻
凛がそっと近づいてきた。
「……よかったですよ。
ちゃんと“自分の名前”で挨拶できて」
「ありがとう」
「大樹さんは、大樹さんの名前を、
もっと大事にしてええと思います」
風が吹いた。
凛の髪が揺れる。
その光景が、
なぜか胸を少し苦しくさせた。
⸻
帰り道。
夕日の色が畑を赤く染めていた。
ばあちゃんには話してあげたいことが山ほどある。
僕の名前を、
ちゃんと自分で言えたこと。
拍手をもらえたこと。
凛が笑ってくれたこと。
胸の中にあたたかい風が吹いているようだった。
「……ばあちゃん、喜ぶかな」
小さくつぶやくと、
風が答えるように葉っぱを揺らした。
(第十二章 了)




