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僕とばあちゃんと、僕の名前  作者: つなかん


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第一章 墓参りと、イヤイヤ草刈り

「風見てから動きな。草は人を待たんけど、風はだいたい味方やで」


そう言うばあちゃんの声が、墓石の前にしゃがんだ僕の耳に落ちた。


祖父の墓石は、午前の光で冷たく光っている。

僕はスポンジを動かしながら、ポケットの中のスマホの感触を確かめた。

画面は黒い。でも、親指だけが勝手にホームボタンを探す。


母は手桶に新しい水を汲みに行き、

ばあちゃんは線香の火種を手であおいでいる。


「よう来たな、僕。じいちゃんも喜んどるわ」


僕はうなずくかわりに墓石をこすった。

母が戻ってきて、僕の肩を軽く叩く。


「アンタ、庭、見た? 草ぼうぼうやで。今日くらい手ぇ貸し」


「……明日用事あるし」


嘘だ。

予定アプリには何もない。


「一日でええねん。今日やっとこ」


そう言って終わり。

墓地には涼しい風が吹いて、線香の煙がすうっと流れていった。


帰りの車は母の運転。

道が田舎に近づくほど、緑が増えていく。

ばあちゃんは助手席で干ししいたけを出して、

「今年のは香りがええわ」とご機嫌だ。


その横で、スマホが一回震えた。

胸がざわつく。

でも、画面は見ない。


家に着くと、庭の草は僕の想像の三倍は伸びていた。


「ひぃ……」


腰の高さまである。

ひと晩でこうなったわけじゃないのに、僕の胸が妙にざわついた。


「刈払機、出しといたるけど、怖かったら無理せんでええ。

 僕、最初は手で抜くんがいちばんや」


ばあちゃんは倉庫から軍手を持ってきて、どっち使う?と聞く。

白くて柔らかい新品と、泥で固まった古い軍手。


僕は、古い方を選んだ。

ザラつきが落ち着いた。


一本、草を抜く。

ぽそっと抜けて、土がこぼれる。


次の一本は根っこが強い。

力を入れる方向を変えてみたら、するりと抜けた。


「へえ……」


自分の喉が、勝手に声を漏らした。

スマホの震えはない。

土の匂いだけが残る。


「僕、こっちも頼むで」


ばあちゃんに呼ばれ、畑の方へ向かう。

風が頬をなでて、葉っぱがそろって揺れた。


「今日は南風や。苗は風に逆らわさんように植えるんや」


そう言って、ばあちゃんは僕の頬に手を添える。

その手を外した瞬間、頬に“風の線”がついたように分かった。


「……ほんまや」


「せやろ。風と仲ようしとき。人間もやで」


風と人間が同じ。

その言葉は、胸の奥でなぜか残った。


昼の味噌汁は、今までよりうまく感じた。

汗をかいたせいだけじゃない気がした。


「アンタ、午後も手ぇ貸しや」


母の声。

「うん」と答える自分に驚いた。


午後、刈払機のエンジンをかけた。

腕に振動が伝わって、音がうるさいのに、気持ちは静かだった。


「おーい、僕!」


軽トラの音。

農協の佐藤さんだ。

顔もはっきり見えないのに、呼び声だけが置いていく。


僕は手を上げて応えた。

胸の奥で、かすかな違和感が小さく動く。


夕方、刈払機を止めると、世界がいっきに静かになった。

沈黙の真ん中に風が通っていく。


ポケットのスマホは、まだ黒い。


夜。

ばあちゃんが言った。


「僕、よう働いたな」


母は味噌汁をおかわりしながら言う。


「明日もいける?」


僕は言った。


「……いける」


その答えは、昨日の僕には絶対言えなかったはずだ。


布団にもぐり、スマホの通知を切る。

黒い画面に窓の闇が映って、

その向こうを、風が一度、通り抜けた。


(第一章 了)


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