009
父親はリヴェンとハダーシュを連れて、キタル領で一番大きな市場へと向かった。
その場所に足を踏み入れた瞬間、二人の目は驚きで見開かれた。
無数の屋台が立ち並び、人々の声が飛び交い、香ばしい料理の匂いと花の香り、そして香の煙が混じり合って、まるで別世界のようだった。
父親は微笑みながら言った。
「この場所は王都ほど豪華ではないが、ここには本当の“生きる喜び”がある。さあ、行っておいで。ただし気をつけるんだぞ。」
彼は二人に金貨の入った小袋を渡した。
その瞬間、リヴェンとハダーシュは待ってましたとばかりに駆け出し、人混みの中に消えていった。
リヴェンは目を輝かせながら市場を歩き回った。
「うわっ!あれは何だ?光る仮面か?」
彼はそれを手に取ってかぶってみる。
次の瞬間、別の露店が目に入った。
「これは剣?……え、ボタンがある?」
彼が好奇心でボタンを押すと――
シュインッ!
剣身が光を放ち、まるで前世で見た“ライトセーバー”のようだった。
「すげぇ……!」と感嘆の声を漏らし、今度はほうきを手に取る。
「もしかしてこれ、飛ぶやつか!?」
彼の周りには不思議なものが山ほどあった。
色の変わる薬、歌を歌う石、喋る人形……。
どれも彼の知らない、異世界ならではの品々。
そして気づけば、リヴェンは持っていた金をすべて使い果たし、
夕暮れ時には、両手に山のような荷物を抱えて歩いていた。
そのとき、三人の不良が道を塞いだ。
真ん中の太った男が鉄の棍棒を持ち、にやりと笑う。
「へへっ、坊や。昼間から見てたけど、ずいぶんいい買い物してるじゃねぇか。
金持ちの坊ちゃんだろ?その荷物、俺たちが“預かって”やるよ。」
リヴェンは立ち止まり、眉をひそめた。
(くそっ……ここで暴れたくない。ちょっとでも手加減をミスったら、こいつら全員病院行きだ。)
太った男が棍棒を構えると、先端から小さな炎が噴き出した。
背後の二人も不気味に笑い、じりじりと近づいてくる。
リヴェンが一歩後ずさったその瞬間――
「やめろっ!兄貴から離れろ!!」
鋭い叫び声が響いた。
ハダーシュだ。
「なんだ、弟か?兄貴が弱いから守ってやってんのかよ?はははっ!」
笑い終える間もなく、
ドガァンッ!
ハダーシュの蹴りが炸裂し、太った男は壁に叩きつけられて気絶した。
「なっ……!?」
残りの二人が声を上げた瞬間、
ハダーシュの拳が稲妻のように閃き、
一人の顔面を直撃――そのまま吹き飛ばした。
最後の一人は震え上がり、膝をついて叫んだ。
「ま、待ってください!降参です!お願いします、命だけは!」
だが、ハダーシュは冷たい目を向け、右手を前に突き出す。
次の瞬間、巨大な雷光が走り、男の体を直撃。
「ぎゃあああああっ!」
焦げた煙と共に、男はその場に崩れ落ちた。
リヴェンは呆然と立ち尽くしていた。
ハダーシュが振り返り、険しい表情で言う。
「兄貴……この前、俺に一発入れたときはあんなに強かったのに。
今の兄貴、なんか違う。どうしたんだ?本当に同じ人なのか?」
その言葉が胸に突き刺さった。
(俺の身体能力……魔力の質……どれも最高クラスのはず。
それなのに……どうして、あいつを一撃で倒せたんだ?
それに――なぜ、助けた?)
夕暮れの風が吹き抜け、二人の間に沈黙が流れる。
焼けた匂いと夕陽の赤が混じる中、
兄弟の視線だけが、互いを探るように交差していた。




