007
私のブックマーク
家に入った瞬間、リヴェンは重たい木の扉を静かに押し開けた。
「ギィィ……」という音が、静まり返った屋敷の中に響く。
扉が少し開いたその時、小さな影が勢いよく飛び込んできた。
妹のジェシカだった。彼女は涙を浮かべながら兄に抱きつく。
「お兄ちゃん!リヴェン!やっと帰ってきたのね!」
リヴェンは微笑み、優しくその柔らかな髪を撫でた。
「ああ、ただいま、ジェシカ。」
彼は妹を抱き上げ、くるりと回す。その瞬間、冷たい家の空気が少しだけ温かくなった気がした。
その時、低く重い声が響いた。
「もういい。リヴェン、来い。」
家長――アスター家の族長である父が姿を現した。
白髪混じりの髪、鋭い眼光。その姿は威圧的でありながら、どこか疲れたようでもあった。
先ほどまでそこにいた弟は、拳を握りしめながらも何も言えず、悔しそうにその場を離れた。
リヴェンはジェシカをそっと降ろし、穏やかに言った。
「ジェシカ、少し外で遊んでて。父上と話があるんだ。」
妹は素直に頷き、小さな足で部屋を出ていった。
部屋には二人だけが残った。父は木の椅子に腰を下ろし、茶を一口すすってから深く息をついた。
「リヴェン、明日、我々はキタル家へ行く。」
リヴェンは眉をひそめた。
「……キタル家に?何のためにですか?」
「婚約の儀だ。その娘が、お前の妻になる。」
その言葉は、雷のようにリヴェンの胸を打った。
「はっ!? 結婚!? まだ十五ですよ、父上!」
父は静かに笑い、茶碗を卓上に置いた。
「アスターの血を引く者にとって、十五は立派な成人だ。」
「でも、なぜそんなに急ぐんですか? 二十になるまで待ってもいいじゃないですか!」
父はしばらく沈黙し、やがて窓の外に目を向けた。
「……お前は覚えていないのか。ならば、今こそ全てを話す時だ。」
沈みゆく夕陽が庭を赤く染める。父の声が静かに響いた。
「リヴェン……このソララの国には、二百年以上前から伝わる古い予言がある。
西暦三〇〇年から三一〇年の間――五大名家のうちの一つから、“世界を変える天才”が生まれる、と。」
父は振り返り、息子をまっすぐに見据えた。
「お前は三〇五年に生まれた。そしてアスター家も、その五大名家の一つだ。」
空気が凍りつく。リヴェンは喉を鳴らしながら問い返す。
「……まさか、父上、僕がその“予言の子”だと?」
父はゆっくりと頷いた。
「そうだ。お前が生まれた瞬間から、私には分かっていた。お前には異常な力が宿っている。だが、その才能は他の家に知られてはならない。」
「アスター家は五大の中で最も弱い。もし他の家が知れば、お前は必ず殺される。だから私は――お前に“愚か者”を演じさせた。」
父は近づき、息子の肩に手を置いた。
「今までよく耐えたな、リヴェン。お前の演技のおかげで、命は守られた。」
リヴェンは拳を握りしめた。これまで浴びた嘲笑や侮辱、そのすべてが「守るための嘘」だったのか。胸の奥で何かがひび割れたような感覚がした。
父の声が再び響く。
「だがそのせいで、“愚かな息子”を嫁に出す者はいない。だから私は、キタル家の娘との婚約を決めた。彼らは力を失いつつあるが、まだ有力な家だ。我らが支援すれば、彼らは娘を差し出す。お互いに利益がある。」
リヴェンの瞳に冷たい光が宿る。
「政治のための結婚……予言を隠すための鎖ですか。」
「そうだ。そしてお前は受け入れねばならない。お前はもう子供ではない、アスターの希望なのだ。」
沈黙の中、風が窓を揺らした。
リヴェンはゆっくりと俯き、唇の端をわずかに上げた。
苦笑にも似たその笑みの奥に、確かな決意が宿っていた。
「……分かりました、父上。これが僕の歩む運命なら、抗うつもりはありません。」
そして、小さく付け加えるように呟いた。
「ただし――僕のやり方で。」
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