006
私のブックマーク
翌朝――
太陽が地平線から顔を出したばかりの頃、リヴェンはいつもの訓練場に立っていた。
しかし、そこにはすでにアーサーの姿があった。
「おい、もう来てたのか? 冗談で言っただけなのに……本当に来たのかよ。」
リヴェンが苦笑しながら声をかける。
アーサーは腕を組み、そっけなく答えた。
「昨日、“好きなときに来ていい”って言ったのはお前だろ? だから来たんだ。」
リヴェンは肩をすくめ、微笑んだ。
心の奥では少し嬉しかった。誰かと一緒に訓練するのは、いつもより少しだけ楽しいものだ。
その日、エレナも訓練に立ち会っていた。
彼女は優しくも厳しい口調で二人に魔法の制御を教えていた。
だが――リヴェンはどうしても集中できなかった。
エレナがアーサーの背後に立ち、両手で彼の肩を押さえながら姿勢を直している。
その距離は、ほとんど密着しているように見えた。
「な、なにやってんだよあの二人は……!」
リヴェンは顔を真っ赤にし、思わずそっぽを向いた。
一方のアーサーは顔が真っ赤になり、鼻血まで垂らしている。
「う、うわぁ……!」と情けない声を漏らしていた。
訓練が終わると、アーサーはタオルで汗を拭きながら言った。
「今日はこれで帰るよ。家の手伝いがあるんだ。またな。」
「……ああ、またな。」
リヴェンは手を振りながら見送ったが、心の中は少し寂しかった。
「……今日は屋敷に戻ってみるか。」
その日の午後、リヴェンはエレナに休みをもらい、アスター家の本邸へと向かった。
箒にまたがり、短い詠唱を唱えると――
身体がふわりと浮き上がり、夏の空へと舞い上がる。
青空の中を風を切って飛ぶ感覚。
陽光が髪に反射し、まるで翼を得たような自由を感じた。
しかし、屋敷の門を越えた瞬間――
「へぇ、誰に教わったんだよ、その飛び方?」
嫌な声が耳に刺さった。
声の主は、弟のハダッシュ。
家中が“天才”と呼んでチヤホヤしている、あの腹立たしい弟だ。
「……クソガキが。」
リヴェンは舌打ちをして低く降下した。
その瞬間――
ピシィッ!
炎を帯びた鞭が空を裂き、彼の体に直撃した。
「ぐっ……!」
痛みによろめき、箒から落ち、地面を転がる。
ハダッシュは勝ち誇ったように笑った。
「無能のくせに、よく戻ってこれたな、兄さん?」
「調子に乗るなよ……。」
リヴェンはゆっくりと立ち上がり、一歩、また一歩と近づいた。
「なっ……!」
ハダッシュが慌てて防御魔法を展開する。炎の壁が彼の周囲を包み込む。
だが――リヴェンは止まらなかった。
灼熱の炎を突っ切り、焦げた服のまま一直線に突進する。
掌に青い光が集まり、渦を巻く。
水の球体が形成され、空気が震える。
「“飲み干せよ、天才坊や。”」
――ドゴォンッ!!
水球がハダッシュの顔面に叩き込まれ、爆発した。
轟音とともに屋敷の壁が砕け、ハダッシュの身体が吹き飛ぶ。
埃が舞い、静寂が戻る。
リヴェンは手を払って呟いた。
「助けてやろうと思ったが……やっぱり無理だな。」
彼は背を向け、ゆっくりと歩き去る。
背後では、ハダッシュが床に倒れ、怯えたように兄の背中を見つめていた。
夕陽が傾き、炎の残り香が風に揺れる。
――その日を境に、“アスター家の落ちこぼれ”と呼ばれた少年は、静かに変わり始めたのだった。
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