010
時が過ぎ、ついにその日がやってきた。
今日は、リヴェンが婚約者――キタル一族の娘――と会う日だった。
鏡の前に立つリヴェンは、黒いベストを身にまとい、髪をきっちりと後ろに撫でつけていた。
整った顔立ちに、その姿はどこから見ても完璧だった。
あのハダッシュでさえ、思わず感心するほどに。
「お前の方がかっこよく見えるな」とハダッシュが少しむっとして言った。
リヴェンは口の端を上げて笑う。
「お前はベストを着ればかっこよくなるけど……ベストは俺を着て初めてかっこよくなるんだ。」
その言葉に、ハダッシュの顔はみるみる赤くなった。
ちょうどその時、リヴェンの父が部屋の入口に現れた。
「行くぞ、リヴェン。キタル一族の屋敷へ向かう。」
低く、落ち着いた声だった。
彼らは豪華な一角獣の馬車に乗り込み、長く滑らかな道を進んだ。
やがて、壮麗なキタル家の屋敷が姿を現す。まるで城のように大きく、美しい建物だった。
正門では、四人の使用人と一人の執事が並んで立ち、深く頭を下げた。
「ようこそ、アスター様、そしてご父君様。」
すぐにキタル一族の長――アレックス・キタルが現れた。
その声は低くも穏やかで、
「アスター家の皆様、ようこそ。我が家へお越しいただき光栄です。」
と笑みを浮かべて迎えた。
リヴェンは父の後を追い、広い廊下を進んでいく。
金の装飾や輝くシャンデリアに目を奪われながら、*この一族は本当に裕福だな…*と心の中で呟いた。
やがて大広間に通され、アレックスが口を開いた。
「さて、アスター家の方々、本日はどのようなご用件で?」
リヴェンの父は静かに答えた。
「昔の約束を果たしに来た。覚えているだろう、我々の“契約”を。」
アレックスはゆっくりと頷く。
「もちろん覚えている。しかし……まさか今日とは。」
「ああ、今日だ。」とリヴェンの父は頷き、
「リヴェン、こちらへ。」と息子を呼んだ。
リヴェンが一歩前へ出ると、アレックスは驚いたように目を見開いた。
長身で整った顔立ち、鋭い瞳、そしてどこか神秘的な気配――。
「これが……お前の息子か?」
「そうだ。私の息子、リヴェンだ。」父が誇らしげに言う。
リヴェンは顔の半分を隠す黒い帽子をかぶり、その表情はどこか悲しげだった。
何も言わずに彼は部屋を出ていった。
二十分後、再び扉が開き、アレックスが二人の娘を連れて戻ってきた。
二人とも天使のように美しい――白い髪、青い瞳、そして気品のある佇まい。
だがリヴェンには、その瞳の奥に沈んだ悲しみが見えた。
――噂はもう届いているのだ。「愚かな少年」だと。
古い約束によれば、キタル家の長女がリヴェンと婚約するはずだった。
しかし彼女の表情には、明らかな嫌悪が浮かんでいた。
アレックスがいくら説得しても、彼女は頑なに首を振る。
リヴェンの父は不機嫌そうに眉をひそめた。
「どうした、アレックス。約束が違うぞ。」
アレックスは深くため息をつく。
「もしこの婚約を拒めば、我が家は全てを失うだろう。アスター家はかつて我々を救ってくれた。その恩を返すための婚約なのだ。」
その瞬間、静まり返った部屋の中で、
二女がそっと手を挙げた。
「お父様、私が……その方と結婚します。」
その場の全員が息を呑んだ。
アレックスの目が大きく見開かれる。
「だめだ、娘よ。それは姉の役目だ。」
だがその言葉を遮るように、リヴェンが静かに口を開いた。
低く落ち着いた声で――
「構わない。俺は、次女を受け入れる。」




