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眩しい光が窓の隙間から差し込み、少年のまぶたを照らした。


リヴェンは顔をしかめ、ゆっくりと目を開ける。


「……ここは、どこだ?」と、かすれた声でつぶやいた。


目の前には見知らぬ部屋。木製の天井、刺繍の入ったカーテン、そしてほんのりと漂うハーブの香り。


彼は慌てて上体を起こし、白いシーツがするりと滑り落ちる。


震える手で胸に触れ、次に顔、そして髪に――。


そこにあったのは、見慣れない感触だった。


「……金髪?」


掌に落ちた一本の髪。陽の光に照らされ、金色に輝いている。


最後に覚えているのは、退屈な授業中だった。


教室の天井で回る扇風機の音。


なのに今、目の前にあるのはまるで別の世界。


リヴェンはベッドから降り、裸足で冷たい木の床を踏む。


部屋の隅には大きな鏡が立っていた。


彼はゆっくりと近づき、鏡の中を覗き込む。


――息を呑む。


鏡の中には、金色の髪と澄んだ青い瞳を持つ美しい少年が立っていた。


それは彼自身ではない。


いや、彼であるはずがない。


頬に触れ、つねり、そして勢いよく自分の頬を叩く。


パシン!


「……痛い。本物、か。」


痛みがあるということは、夢ではない。


では、この身体は誰のものなのか?


部屋の中を見回すと、小さな机とタンス、そして――一本の箒が目に入った。


だがその箒は静止していない。かすかに震え、突然――


「うわっ!?」


箒が宙に浮かび、そのまま彼の足を引っ掛けて壁へと突っ込む。


ドンッ!


その瞬間、扉が勢いよく開いた。


茶色の髪をしたメイド服の少女が現れ、少し焦ったような表情で言った。


「リヴェン様、大丈夫ですか? 朝食のお時間です。」


「……リヴェン“様”? 今、俺のことを?」


「はい、リヴェン様。」


少女は丁寧に頭を下げる。「どうぞ食堂へ。」


その瞬間、リヴェンの頭の中に激しい痛みが走った。


記憶が――流れ込んでくる。


金髪の少年が笑っている。


その周りで、貴族らしき人々が嘲笑う声。


冷たい視線。


脳裏に浮かんだ名――リヴェン・アスター。


アスター家の長男。だが周囲から「無能」と蔑まれ、笑われる存在。


「……なるほど。こいつの身体か。」


リヴェンは拳を握り、深呼吸して気持ちを落ち着けた。


ベッドの上に置かれた寝間着を素早く羽織り、メイド――記憶の中で“リサ”という名の少女――の後ろをついていく。


長い廊下を進む。


ステンドグラスを通した朝の光が、床に色とりどりの模様を落とす。


リヴェンは思わず呟いた。


「……家、じゃない。これは……城か。」


食堂の扉が開くと、そこには長いテーブルがあり、白いクロスの上に色とりどりの料理が並んでいた。


テーブルの奥には、金髪の男が座っている。


その隣には黒髪の女性と、二人の子供――一人の少年と少女。


リサが静かに言った。


「リヴェン様、どうぞお召し上がりください。」


リヴェンは席に着き、恐る恐るスプーンを手に取る。


だが、その瞬間――


「おい! 挨拶もしねぇのか、バカ兄貴!」


黒髪の少年がテーブルを叩き、怒鳴りつけた。


脳裏に再び記憶が走る。


――こいつは“異母弟”。いつもこの身体の持ち主を見下し、虐げてきた奴。


だが今のリヴェンは違う。


彼はゆっくりと顔を上げ、冷たい目で少年を見据えると、口の端をわずかに吊り上げて笑った。


「……挨拶しなかったら、どうする?」


一瞬、場の空気が凍りついた。


誰も言葉を発せない。


リヴェン――異世界から来た新たな魂を持つ少年は、静かに微笑んだ。


その瞳には、かつての弱さを切り捨てた者の光が宿っていた。


――こうして、彼の新しい人生が始まった。


広々とした食堂には、銀のフォークとナイフが皿に当たる音だけが響いていた。


誰も一言も発しない。




天井のシャンデリアから降り注ぐ光が、長い食卓の上を照らしている。


五人しかいないはずなのに、その距離はまるで別々の世界にいるかのようだった。




テーブルの端では、継母が背筋を伸ばし、冷たい視線で末席に座る金髪の少年――リヴェン・アスターを見つめていた。


隣に座る父は、厳しい表情をしているものの、その目には動揺が隠せない。


彼自身も、今見ている光景が信じられないようだった。




「リヴェン!」


弟ハダッシュの甲高い声が、静寂を切り裂く。




部屋の空気が一瞬で凍りつく。


しかし、リヴェンはただじっと見返すだけだった。


黒い瞳には恐れの色などなく、深い闇のように静かだった。




緊張が張り詰めたその瞬間――


「……もう食べよう。」


父が低く言い放つと、場の空気がわずかに動いた。




再び食器の音が響く。


だが、それはまるで孤独な鐘の音のように冷たかった。




継母は薄く笑みを浮かべる。その唇の端には明らかな軽蔑が滲んでいた。


彼女はいつもリヴェンを虐げ、家族の恥と呼んでいた。




そんな中、小さな少女が明るい声をあげる。


金の巻き髪をした六歳ほどの少女――ジェシカが、椅子を引き寄せてリヴェンの隣に座った。




「お兄ちゃん!ねぇ、お兄ちゃん!あとで遊ぼう!それから、王冠の形の輪っか作ってね!」




その言葉に、ハダッシュは鼻で笑う。


「ハッ、魔法の基礎もできないくせに?輪っかなんて作れるわけないだろ。あいつの頭じゃ、水一滴も動かせないよ。」




その一言が、リヴェンの胸を深くえぐった。


拳を握りしめ、唇を噛む。




記憶が脳裏をよぎる――


何度も魔法で痛めつけられた日々。


継母に罵られ、父に見放されたあの日々。


外の世界が怖くて、部屋に閉じこもるしかなかった過去の自分。




食事はそのまま終わりを迎えた。


リヴェンは一言も発さず、静かに席を立つ。




――自室。




棚には整然と魔法の本が並んでいたが、そのすべてが新品同然。


どれも一度も開かれた形跡がなかった。




リヴェンはしばらく見つめたあと、一冊を手に取る。


水色の表紙にはこう書かれていた。


《水魔法入門――流れの始まり》




ベッドに腰を下ろし、ゆっくりとページを開く。


「水の呼吸を感じ、心を流れと一つにせよ。」


その言葉に、胸がなぜか熱くなる。




――コンコン。


扉が軽く叩かれた。




「リヴェン様、軽食をお持ちしました。」


柔らかな声。リサだった。




「……リサ。君、水魔法が使えるんだよね?少し教えてくれないか?」




彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかに微笑んだ。


「ええ、もちろん。では、少しお見せしますね。」




リサが手を掲げると、部屋の隅にあった水桶の水面がわずかに揺れる。


やがて水が浮かび上がり、細い帯のように宙を舞った。




「大切なのは感じることです。」


「水を支配しようとせず、水そのものになってください。」




リヴェンはごくりと唾を飲み込み、両手を前に出した。


意識を集中させる。




……水面が震えた。


リサは小さく微笑む――だが次の瞬間、彼女の表情が固まる。




桶の水が一気に盛り上がり、空中に舞い上がる。


透明な蛇のように螺旋を描き、リヴェンの手の動きに合わせて踊った。




「そ、そんな……!」


リサの瞳が驚きに見開かれる。


リヴェン自身も信じられなかった。




しかし、その美しい水の帯は、次の瞬間――


どしゃっ、と音を立てて崩れ落ちた。




全身がびしょ濡れになる。


「うわっ、つめたっ……!」




リサは少しの間、ぽかんと見つめていたが、やがて微笑んだ。




「リヴェン様……きっと、あなたの中の魔力が目を覚まし始めているのですね。」

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