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それからナツミはどれだけ移動したのかわからないほど、歩いたり、走ったり、バスに乗ったり、電車に乗ったり、しまいには船に乗って海を渡ったりした。地球を七周ぐらいしちゃったんじゃないかと思うほど、その道のりは長かった。いっぱしの旅だった。すべては冬夢のためだった。
すべては冬夢吾郎のため――今、ナツミがこの世界にいられるのは冬夢のおかげなのだ。冬夢が夢想してくれるからこそナツミはここにいることができる。
だから、冬夢がいなくなることは、冬夢が死んでしまうことは、ナツミの存在の消失をも意味しているのだ。
ナツミを想ってくれているのは冬夢だけなのだ。
ナツミには両親もすでになく、一人っ子だから兄弟姉妹もいない。親戚には一度も会ったことがないし、友だちと呼べるのも、それこそ冬夢だけだった。
「ナツミ、今、何を考えてた」
ポケットに入れた冬夢の想念が語りかける。それに答えるナツミの声はどこか寂しげだ。
「昔のこと」
「昔のことか。あんまり思い詰めたら駄目だよ。きみは……」
「わかってる。それ以上はいわないで」
大きな声だったからだろう。ナツミに背負われた狂吉が目を覚ました。冬夢の夢の想念を押しこまれていたためか、おかしな夢をたくさん見たなどと話してから、
「ナツミさんよぉ。ここは今、どのあたりだ」
と、猿の毛を風になびかせつつ訊いた。
「そろそろ玉井の家に着いてもいいころなんだけれど。おかしいな」
ナツミの疑問も当然だった。地球を七周ぐらいしたはずなのに、玉井の家にたどり着かないのだ。
このとき、謎に満ちた世界にいる冬夢吾郎は無意識に支配されたように、手にした文庫本の何十ページ目かを開いていた。そこはちょうど、何かが変わろうとしているところだった。