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一面の景色を貴方と(2)


「ディードリヒ様」

「どうかした?」


 かけられた声にリリーナを見た。

 彼女はまだコスモスを眺めたまま、自分に話しかける。


「ありがとうございます」

「…?」


 一言の感謝に戸惑っていると、リリーナがディードリヒを見た。


「とても、よくない話なのですが…ディードリヒ様が私を他人に渡すまいとここまでしてくださったことが嬉しいのです」

「!」

「ディードリヒ様が少しずつ変わられていると、私は感じています。貴方は恐怖を抱えながらでも前に進もうとしている。ですが私は、まだ変化に至れていません」

「…そんなこと、ないと思うけど」


 本当に自分が変わっていたのなら、“時間が止まればいい”などと考えたりはしない。自分は今も彼女に出会う前のままで、彼女を、リリーナを振り回し続けている。


「いいえ、貴方は恐怖や不安と戦うようになった。ですが私は相変わらず『休む』は苦手ですし、『甘える』も理解できていません」

「リリーナ」

「ですが、貴方が変わろうとしているのを見ると私も変わりたいと心を強く持てますし、そんな貴方が私を好きだと言って行動してくれるのが、何よりも嬉しいのです」


 リリーナの頬は照れたようにやや赤い。しかしこの強い西陽の中でディードリヒがそれを認識するのは難しいだろう。


「ですから、ありがとうございます。私といてくださって」


 リリーナは柔らかく笑う。

 ディードリヒはそんな彼女に強く胸を締め付けられて、その苦しく溢れるような感情をぶつけるように強く抱きしめた。

 リリーナは急なことに驚きつつも、その強い抱擁を受け入れる。


「リリーナ」

「は、はい」

「好きだよ」


 その言葉には脈絡も前後もない。

 しかしだからかもしれない、苦しいほどの感情が伝わってくるのは。


「…私もですわ」


 リリーナはゆっくりと、吐き出しきれない感情を背負った背中に腕を回す。

 その時、ふわりとあの香水が彼から香って、自分が渡したものを付けてくれているのだと、嬉しくなった。


「僕は、僕はリリーナとずっと一緒にいたい。ずっと…ずっと、死んだって一緒にいたい」

「そうですわね」


 知っている。貴方がそういう人なのは。

 …自分は、いや違う。これは今出すべき答えではない。自分が言いたいことは、


「私も、幾久しく共にありたく思いますわ」


 ただ、貴方と共に在りたいということ。


「…僕はリリーナに相応しい僕になっていけるかな」


 そうディードリヒは言って、抱擁を強める。それは少し苦しいほどで、それなのに自分は同じだけ抱き締め返せないのが悔しい。


「大丈夫ですわ。今の貴方でしたら私の隣に立てるだけの殿方になれます。少しずつ、歩いていけば」


 だから自分にできるのは言葉を返すことだけだ。

 彼が前に進めるように、自分も同じように前へ進めるように。


「…ありがとう。僕、頑張るから」

「えぇ、期待しています。私も、貴方と共に在れるようにおりますから」


 抱き締められているから、表情は見えない。だけど少しずつ変わっていきながら、変わらない、聞いた瞬間に安心する貴方の声音が愛おしく感じる。


「じゃあ無理しないで、一緒に長生きしよう」

「勿論ですわ」


 リリーナは感じる温かさに静かに目を閉じた。

 それにしても長い抱擁に少し体が固まってきて、流石に離してもらおうと目を開いてから軽くディードリヒの背中を叩く。


「ごめん、もう少しだけ…」


 帰ってきた言葉はやはり切に願うようで、それならば、と自分も少し感傷に浸った。


「…」


 すぅ、と過分なほどの深呼吸が聴こえるまでは。


「…」

「はぁ…リリーナの香り…」


 一瞬にして現実に引き戻されたリリーナの鼓膜には、まさしく雰囲気をぶち壊す小声が聴こえる。

 しかし一旦離れようと体を動かしてもしっかりホールドされていて抜け出すどころか安易に動くこともできない。


「貴方なにをしていますの!?」

「リリーナを噛み締めてる」


 慌てるリリーナの言葉に帰ってきたのはディードリヒの真剣な声。しかしやっていることにムードのようなものは…なくなってしまった。

 特にあの小声がなければ誤魔化しようもあったと思うのだが。いかんせんディードリヒには前科が多すぎる。


「今ここですることではないでしょう!」

「ごめん。リリーナを抱きしめてたらこう、ぐっときちゃって」

「何がきたと言いますの!?」


 動けないなりにわたわたと暴れるリリーナだが、やはり抜け出せる気配はない。

 それでもなんとか腕を自分と相手の間に入れ込み、相手の胸板を押して引き剥がした。


「もう! 先ほどまでの空気はどこに行ってしまったんですの!?」

「申し訳ないとは思うけど…やっぱりそれはそれでこれはこれだよ、リリーナ」


 いっそ開き直るディードリヒにリリーナはわなわなと震え、強い怒りを相手にぶつけ始める。


「しんっじられませんわ! 先ほどまでは、す、少し…格好がいいと思わないこともありませんでしたのに…!」


 怒りのあまり感情が混同しているリリーナ。

 しかしそれを聞いたディードリヒはむしろ輝くほど表情を明るくさせる。


「リリーナ、僕のことかっこいいって思ってくれたの!?」


 ディードリヒの反応にリリーナははっとして我に帰った。今度は違う意味で顔を赤くして叫ぶ。


「い、今ではありませんわ! 今の貴方はただの変態です! 変態!」

「ねぇじゃあいつ!? いつがかっこよかった!?」

「言うわけないでしょう!」

「えー、いいじゃん、リリーナがかっこいいと思う僕を知りたい」

「知りませんわ! このようなところであんなこととする方など…!」

「リリーナはどこで吸ってもいい香りだよ?」

「そういうところですのよ!」


 もはやリリーナは怒っているのか恥ずかしがっているのか自分でもわからなくなりつつある。それでも開き直る相手は絶対正しくない、それだけはわかった。


「今日だってリリーナのピンクブロンドの髪が夕日に照らされてたのはとっても綺麗で…ずっと抱きしめたくてたまらなかった。コスモスを眺めるリリーナは絵画みたいで、声ははしゃいで少し高くて、夕焼けのせいで写真に残せないのが…」

「〜〜〜っ!! 変態! お馬鹿! 誰が今そのような話をしていいと言いまして!? もう帰りますわよ!」


 ディードリヒはこのまま放っておくだけで死ぬまでリリーナの魅力を語り続けるだろう。

 そしてそんな彼の腕を引くリリーナは必死だ。なんせ周りはもう陽が沈みきってしまったのだから。

 宿泊予定であるグレンツェ邸までここからは少し離れている。今から帰ったらディナーに間に合うかどうか。


「照れてるリリーナも可愛くてね。リリーナはわかってないみたいだし一生そのままで可愛いんだけど…」

「あーもう! うるっさいですわ! 口を塞ぎますわよ!」

「キスしてくれるってこと?」

「違いますわよお馬鹿! 縫い付けますわよ!」

「ちぇー」


 どこまでいっても決してめげない男、ディードリヒ。

 リリーナはいつになったら相手は話を聞くのかと大きなため息をついた。


人間どこかしら変わっても一生変わらない部分もある。そう思ってこの話を書いています

それがどこになるかはそのキャラ次第ですが、強いていうなら「ヤンデレがデレデレになったところで『もう病まない』などと誰が言った?」という話ですかね


「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

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