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交わされる剣

 

 

 ********

 

 

 試合当日である。

 会場である騎士団の演習場には使用人から従士、騎士、貴族に至るまで集まっていた。しかし従士や騎士に関してはともかく、貴族に至ってはオフシーズンだというのに噂を聞きつけて近隣の領からわざわざ顔を出した者もいるとなると、貴族とは忙しいのか暇なのか。


 勿論観衆の中にはリリーナの姿もある。彼女は汚れやすいドレスではなく膝丈程度のスカートにブラウス、ベストとジャケットという軽装で顔を出していた。いつも凛とした彼女の印象とは異なり、観衆の最前線に立つその表情は不安と緊張で形作られていると言っていい。


 観衆が取り囲む中央には、騎士団長であるケーニッヒ立ち合いの下二人の男が向き合いサーベルを構えている。


「これよりディードリヒ殿下対グレンツェ辺境伯との真剣試合を始める。互いに申しておきたいことはあるか?」


 ケーニッヒの言葉に、ラインハートが反応した。


「殿下。失礼ながらこちらから“お願い”があるのですが、よろしいでしょうか?」

「…言ってみろ」


 ディードリヒは真剣ではあるが落ち着いている。感情の強い昂りはなく、凪いだ緊張感にラインハートはつまらなさを感じた。


「俺が勝ったら、リリーナ様を戴きたい」

「理由を言え」

「確かに最初はリリーナ様からこの場を取り継いでいただくのが目的ではありました。ですが…気が変わったのです。嫁にもらうならば、あれほど気骨のある女性がいい」

「貴様…」

「うちは元来男所帯ですから、嫁にもらうなら強い女性であって欲しいと思っていました。その点彼女は柔軟で、気心も強い。最高の逸材です」

「…減らず口はそれで終わりか?」


 強く眉間に皺を寄せたディードリヒは明らかに気が立っている。剥き出しになりつつあるその牙にラインハートは心を躍らせた。


「代わりにこちらが負けましたらリリーナ様をキッパリと諦めましょう。失礼な態度をとったお詫びもいたします」

「詫びは当たり前だ。始めるぞ」


 ディードリヒの纏う緊張感が電気のように走っている。ラインハートはそれを煽るように闘気を漲らせ、よりディードリヒから感情を引き出そうとしていた。

 リリーナはその姿を、彼の感情の揺らぎを、不安な目で見つめている。


「では両者改めて構え」


 会話の中で下された剣が再び構えられる。


「神聖なるこの地で行われる決闘は神に捧げられる。嘘は許されず、真剣勝負のみが許され、結果のみが真実。よろしいか?」

「「了承した」」

 

「では…始め!」

 

 カン! と最初に響く。

 それは号令と共にサーベルがぶつかり合う音。

 一度混じり合ったそれは直ぐに離れ、目にも止まらぬ速度でまた打ち合う。それこそ数えきれないほどの殺気だった刃が互いを斬ろうと前に出ては弾き合っている。


「殿下! 貴方の実力はこんなものではないはずだ!」

「知らんな」


 余裕に愉しんだ笑みを浮かべるラインハートに、ディードリヒは短く返す。殺気立っている二人の剣には確かな違いがあった。


 この試合を楽しみ、斬り合う時間を愉しむラインハートと、強い拒絶と殺気を持ち合わせながらもあくまでそれ以外の全てを“処理”するディードリヒ。

 特にディードリヒに至っては、リリーナのことを持ち出されたことでさらに殺気立っているように見えるも、それにしては落ち着いている印象がある。


「俺は本気の貴方と戦いたい、いつまでも伽藍堂ではない貴方と!」

「殺気は見せてやっているだろう」

「そんなものじゃない! もっと激情を、叩きつけるものを見せてほしい!」


 愉しげにニヤリと牙を剥いたラインハートの持つサーベルの刃先がディードリヒのサーベルを弾く。サーベルが手から離れたわけではないので試合は続行だが、互いに一度距離をとった。


 しかし互いに“殺す気”の真剣勝負、ここまでのやり取りで少しばかり二人は息が上がっているように見えなくもない。


「幼い頃の剣術大会を覚えておいでですか?」


 ラインハートからかけられた声に反応して、ディードリヒが彼を見る。ラインハートの言葉は大きく主張され、観衆もまた彼を見た。


「大会規定である十四まで、殿下と俺はずっと一緒でした」

「だからどうした」

「八歳から十四歳まで、年齢別だったあの大会で貴方は五度優勝している。特に十歳からの連続優勝はまさに目を見張るものがあった!」

「…」

「だがいつも貴方に感情はない。競い合う喜びも…勝ち取った感動さえ」

「興味がない」


 前髪に目元を隠したラインハートは、また不敵に微笑む。


「だがリリーナ嬢は違う」

「!」

「彼女は、彼女だけが、貴方の感情を引き出し、揺さぶり、追い込む」

「…何が言いたい」

「『仮面の殿下』、そうまで言われた貴方の感情を引き摺り出すのは彼女だけ。だからあの狩猟会で少しばかりご協力いただいたのです」

「貴様! リリーナを利用したと申したな!」


 感情の少しずつ揺れるディードリヒにラインハートは内心で笑う。

 そうだ、それでいい、もっとだ。と、そう笑うのだ。


「俺は最初から『お取次ぎ願おうとした』と申していますが…ですが彼女を気に入っていることに嘘偽りはありません」


「よほど切り捨てられたいようだな…」


 ゆらり、と伽藍堂な容器に感情が湧いていくのが見える。待っていた光景が、少しずつ。


「そのように見えますか? ですが確かにもっと本気で来てくださらないのであれば…」


 もう少し、もう少しだ。

 いや違う、感情が抑えられないのは自分の方かもしれない。

 そして“彼”を見たラインハートの表情は、確かに悦んでいた。


「———貴方は彼女を失うことになる」


 その言葉の後に間など作らせまいと言わんばかりの剣撃がラインハートを襲う。しかしそれを受け止めたラインハートは、それでも笑っていた。


 ディードリヒの刃にようやく感情が乗ってきたのを感じる。これは強い怒りの感情だ。研ぎ澄まされた切先が、先ほどよりもより純粋にこちらへ殺気を向けている。

 その一撃に、ラインハートは叫んだ。


「そうだディードリヒ! もっと感情で打ち合おうぜぇ!!」

「黙れ!」


 ディードリヒの切先が澄んでいくように、ラインハートの剣撃もまた研ぎ澄まされていく。

 段々と笑っている暇など無くなっていくこの戦いに、ラインハートは確かな昂りを感じた。


 “この男の感情とはこういったものか!” と、それをラインハートは肌身で感じている。

 突き刺さるような激情、リリーナへの強い執着、殺すことしか目標を定めていない殺気。


 どれもが今は自分でしか感じられない。なんと隙のない打ち合いだろう、この男の感情とは、こんな形をしているのか。

 笑う余裕などないのに、内心で笑っているのがわかる。ここまでの戦いでこんなに楽しいことはない。


「!」


 一瞬頬に切先が掠めたが、その刃は確かに首を狙っていた。

 互いに実力は対等といったところで、観衆はその剣戟に息を呑む。リリーナもまた、強く手を握って二人の戦いを見ている。


 そして、永遠にも思えた、いやラインハートは永遠だと思いたかったこの打ち合いは、さる一手で決着がついた。


 低い音を立てて地面に突き刺さったのは、ラインハートの持っていたサーベル。

 その瞬間のディードリヒの構えは確かに突きの構えであった。しかしその刃先はラインハートが弾く前に姿勢を変え、それに気を取られたラインハートの隙を突くように、ディードリヒがラインハートのサーベルを叩き飛ばしたのである。


「…」


 飛んで行ったサーベルに視線が行ってしまったラインハートの首には、殺気を尖らせたディードリヒのサーベルが突き立てられている。

 ラインハートは両手をあげて降参を示しつつ、内心で死を覚悟した。しかしディードリヒはどう示されようが覚悟の変わらない顔持ちで突きの構えを取る。


「そこまで!」


 そこに強い号令が響いた。観衆は声の主に視線をずらす。


「此度の決闘において、このケーニッヒ・アイヒベルガーが見届ける限り余分な流血は禁ずる。また相手は武器を失い戦闘続行は不可能と判断した」


 ケーニッヒはラインハートの喉元に突き立てられたサーベルを素手で掴む。その手から血が流れることもないが、かといってディードリヒはサーベルを動かすこともできない。

 

「よってこの勝負、ディードリヒ・シュタイト・フレーメンの勝利とする!」

 

 宣言と同時に観衆から歓声が上がる。

 ディードリヒは不服を隠さないものの構えを解き、同時にケーニッヒが掴んでいたサーベルは解放された。


 ラインハートとディードリヒはようやく緊張が解けたのか肩で息をしている。しかしラインハートは嬉しそうに笑い、ディードリヒはそんな彼を睨みつけていた。


「ディードリヒ様!」


 しかしディードリヒは視線外からの声に驚いて振り向く。そこにはタオルを持って駆け寄ったリリーナの姿があった。


「よろしければこちらを」


 ディードリヒはそう言って差し出されたタオルを受け取る。リリーナはそんな彼の様子を少しばかり観察してしまう。

 あんなに険しい顔をしたディードリヒは見たことがない、そうリリーナは随分心配していた。


 試合中に聞こえた言葉を考えると自分のことでだいぶ挑発されていたので不安にもなったが、じっと見ているとディードリヒはこちらの視線に不思議そうにしつつも微笑んでくれる。


 そのせいだろうか、彼の笑顔を見ていたら緊張で隠れていた感情が一気に押し寄せてきた。

 自分のことに気を立ててくれる喜びは勿論だが、ディードリヒが負けてしまわないか、感情的になって相手を殺してしまわないか、何より怪我をしないか…たくさんの感情が込み上げてきて、その場で相手に抱きつく。


「わぁぁ!? リリーナ!? 今僕汚いしサーベル持ったままだしやめ…」


 そこまで言いかけて、ディードリヒはリリーナの目に涙が溜まっていることに気づいた。

 自分が思っていたよりよほど心配をかけていたのかもしれないと思うとそれ以上言えなくなってしまって、空いた手で彼女の頭を優しく撫でる。


「良かった…何事もなくて…っ」

「…うん、ありがとう」


 今は人目があるだのどうだのとは言っていられない。

 ただ相手がここにいることが、全てだから。


生来より「戦える男がいると戦わせたくなる病」にかかっています

ジャンルを問わず本来戦闘描写があれば自分の全力を出したいと思う人間です。状況は考えますが…

ディードリヒくんは元より多才であるという設定で描写されていますが、本人は持って生まれたものはないと思っています。自分はただの凡人であるが故に、努力を諦めないという才能を持つリリーナに惹かれたわけですね。これは二巻でもざっくり触れましたが

そんな彼の努力の一つが剣術です


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