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ずっと渡したかったもの(1)


 

 ********

 

 

「アンムート」

「はい?」


 こちらは本日の営業を終え、翌日の準備に入っているヴァイスリリィの工房。アンムートが売上の傾向から数日後の在庫を予測している表を確認していると、珍しく事前の連絡もなしに訪問してきたリリーナが彼に声をかける。


「お願いが、あるのですけれど」

「はぁ…俺で役に立てるなら」

「貴方にしかお願いできないのです」

「俺にしか…?」


 リリーナはなんというか、いつか見た少女の顔をしていた。アンムートとしてはリリーナからこんな表情を引き出すようなことをした記憶はないのだが、なぜか背筋が寒い。


「なにがしたいのかわからないですけど、また急ですね」

「しばらく前から考えていたことではあるのです。ですがタイミングがうまく掴めなくて…」


 リリーナとしてはもっと前に着手したかったことではあるのだが、開店したてのヴァイスリリィではアンムートもてんてこまいかもしれないと、発言を控えていた。


「今回こそは成し遂げたいのです。わがままを聞いて貰えないでしょうか?」


 こんなリリーナはまた珍しい、とは思いつつアンムートは答える。


「今日は比較的暇なんでいいですよ。なにをしたいんですか?」

「実は———」

 

 ***

 

 リリーナの秘密の計画が始まってから数日が経った。今日から後一週間もすれば、ディードリヒとラインハートの試合が始まる、そんな日。


 ディードリヒはリリーナに直接部屋へ来てほしいと呼ばれていた。今は呼ばれた場所であるリリーナの部屋に向かっているのだが、ここまで気になる点がいくつか。


 まずは勿論急な呼び出しであること。

 リリーナがこちらをわざわざ呼び出すことは少ない。ディードリヒの執務の忙しさを鑑みてリリーナ自身が控えているからだ。


 彼女はディードリヒのスケジュールを把握しているわけではないので、ここまで行ったデートやら何やらは全てディードリヒから声をかけている。

 この間彼女の部屋に呼ばれたのさえ、執務の少ない日を訊かれたというのに。だからむしろ仕事が多かろうがすっ飛んで彼女の元に向かったのだが。


 しかし、今回リリーナは「お忙しいとはわかっているのですが、お時間をいただけないでしょうか」とはっきりディードリヒに言った。リリーナがディードリヒに執務を押してまで予定立てさせようと言うこと自体が初めてなので、ディードリヒはやや戸惑っている。


 二つ目は、声をかけてきた時の様子。

 リリーナが人目につくところで態度や仕草を崩すことは基本的に無い。基本的に、における例外はディードリヒの弱気から始まった口喧嘩の例である。

 それ以外の普段の姿であれば、ディードリヒが自重しているのがおそらく一番の原因だが、いかんせんあの威圧感のあるケーニッヒにすら怯まず鮮やかな態度で返すような、リリーナが、だ。


 こちらにその話をした時、なんとも落ち着かないような、そわそわとしていたのがディードリヒにはわかる。やや不器用な誘い方の彼女は、そわそわと、こちらに何かを期待しているようであった。そんなことはここまでにない。


 三つ目は“リリーナの部屋に”呼ばれていること。

 これは素直についこの間を思い出す。

 リリーナからされた話は衝撃が半分、悲しみが半分といったところだった。

 リリーナが“何も返せていない”などと悩む必要はかけらほどもないというのに、真面目な彼女はさぞ考え込んだのだろう。

 それでも自分に気づかれないよう立ち回っていたのは心配をかけまいとしたのだろうが、珍しく声をかけられるまで騙されてしまった自分に腹が立つ。これは一つの慢心に他ならない。


 しかしリリーナを落ち込ませるなどあってはいけないという自分と、悲しく微笑む彼女の美しさを称賛する自分がいるので少なくとも後者は少し自重しなくては。


「…」


 そんなことを考えていたらドアの前まで着いてしまった。やはりこの間のように二人きりだったらと思うと緊張する。また彼女が悲しむような話でなければいいのだが。

 意を決してドアを叩くと、ドアを開けたのはリリーナ本人だった。彼女を緊張させないよう顔には出さなかったが、やはり侍女の二人はいないのだと直感的にわかってしまい少し動悸を抱える。


「ひ、一先ず入ってくださいませ」


 そう言ったリリーナはいつかのように自分の手を引いてソファに誘導していく。

 しかしこの間と明らかに様子が違う。これは、照れている時の緊張の仕方だ。緊張感があるようなないような、少し浮き足立っている時の彼女。


 この間と同じような違うような、そういった状況にディードリヒはやや混乱する。

 誘導されたソファに座るよう言われたので座ると、一旦リリーナは離脱していった。少しそのまま待っていると、後ろに何かを隠した様子で帰ってくる。


「…?」


 状況がまるで掴めない。

 しかしリリーナは照れた様子でそわそわと体を揺らすと、今度は意を決した様子でプレゼント用に包装された小箱を差し出してきた。


「こ、こういった雰囲気で渡すのは緊張しますわね…」


 ディードリヒが驚いて話がわからないまま呆然と箱を眺めていると、リリーナはさらにぐっと箱を差し出す。


「贈り物を、ご用意させていただきました。いつかのぬいぐるみとは意味が違うといいますか…その、来週の試合の応援、のようなものです」


 リリーナの言葉は辿々しい。

 ディードリヒは予想もできない事態に呆然としたままプレゼントを受け取る。


「よ、よろしかったら、今開けていただけると…」


 リリーナは明らかに緊張していた。先ほどまでより今が一番緊張しているような。

 おかしい。こんなことはミソラから報告されていないからだ。そうなるとまたぬいぐるみの時のような即日で買ったものを贈ってくれたのだろうか、そう思いつつ言われるままに包装を解く。


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