初めて見る顔(1)
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この日リリーナは図書館に行こうとミソラとファリカを連れ城内を歩いていた。
しかし今日この日の城内は何かおかしい。何か知らないが城にいる女性たちが浮き足立っている。
そんな違和感しかない城内を不思議に見ていると、ファリカが声をかけてきた。
「話訊いてこようか?」
「えぇ、そうですわね…お願いできるかしら」
こういう時ファリカは強い。自分もミソラも知らぬ人間に明るい表情で話しかけにいける方ではないが、ファリカは違う。元来の人間性なのか、それとも商人上がりの伯爵家で育った影響なのか、見知らぬ人間にも簡単に話しかけて、軽い質問をしたい程度であればすぐ打ち解けてしまう。
そういう意味でもファリカを侍女につけた価値はあったとリリーナは改めて感心する。
数分おいてファリカが戻ってきたので話を聴くと、彼女はリリーナが予想していなかった物事を発見してきた。
「殿下が騎士団の訓練場で剣技の訓練してるんだって」
「ディードリヒ様が?」
「試合も近いからじゃない? 見に行ってみる?」
リリーナはそう言われて考えてしまう。今日は図書館に調べ物に行こうとしていたので、いつもの読み物を借りるのとは少し訳が違うからだ。
するとミソラがリリーナに声をかける。
「本日お調べのものは急ぎではなかったと思われます。明日のスケジュールも調整できますので、行かれては如何でしょうか」
「ミソラ…」
「いくなら早く行こう? リリーナ様」
「えぇ、そうですわね。向かいましょう」
***
騎士団訓練場にはいくらか人だかりができていた。その様子を見ながらリリーナはやや後悔を抱える。
何も考えずドレスのまま着てしまったことだ。このままでは裾が土埃で汚れてしまう。好きな相手に会うとなると、そうなるくらいであればお忍び外出用の膝丈スカートにしてくればよかった。
まぁ、そんなことをしていてディードリヒが帰ってしまったら意味がないので、そのまま来たのだが。
人だかりに男女はあまり関係ないらしい。しかし比率としては男性が上で、見ているのは訓練の休憩をしていると思われる騎士たち。
「リリーナ様、“あれ”やってみない?」
「あれ?」
「そうそう、ロマンス小説にあるやつ!」
「…?」
ディードリヒは人だかりの向こうにいるのだろう、やや見えづらいと考えていたらファリカがそう耳打ちしてきた。なんのことかわからずぽかんとしていると、ファリカにあれやこれやと吹き込まれ…。
***
気がつけばリリーナは、ディードリヒが持ってきたであろう荷物の前でタオルを持ったまま呆然と立っている。
「…」
確かに一部のロマンス小説にはこういった描写があったような…気がしないでもないが、リリーナ的にはロマンス小説は時間潰しにさっと読むものなので全体を覚えているほどでもない。
しかし立ち位置が変わると訓練を行うディードリヒの姿がよく見えるもので。
筋骨隆々だが、やや初老の雰囲気漂う男性とディードリヒがサーベルを打ち合っている。リリーナの位置から少し遠いその場所からは剣のぶつかり合う特有の金属音が聴こえ、全体の雰囲気を緊張させていた。
「…っ」
リリーナは二人の剣戟の様子をしばし眺めては少し目を逸らす。なぜかと言われればディードリヒの普段見ない一面が見えてしまいやや戸惑っているのだ。
当たり前と言ってしまえばそうなのだが、あんなに真剣な表情で剣を打ち合う姿など見たことがない。執務をする冷静な姿や、自分に向ける様々な表情は見ているが、あの表情はそのどれにも当てはまらないのだから、ある意味仕方ないと言えるだろう。
心臓が高鳴ってうまく見ることができない。あの真剣な表情が見られるのなら、多少恥ずかしかろうがドレスのままここにきてよかったと思うくらいには。
「!」
しばらくちらちらと見ていたら、一度休憩になったのかディードリヒがこちらに向かってきた。少し気を引き締める。
「お疲れ様です、ディードリヒ様」
荷物の場所まで帰ってきたディードリヒに向かってなんでもないフリでタオルを差し出す。首筋から汗を一筋滴らせる彼はやや驚いた顔でこちらを見ていた。
「…リリーナ? どうして?」
「お気づきになっていませんの?」
そう言ったリリーナが人だかりを指差すと、ディードリヒは納得した表情を見せる。それからリリーナの持つタオルを受け取って顔や首周りを拭き始めた。
「そんなに見てて面白いものでもないと思うけど」
「皆さん貴方に期待しているのではなくて?」
「どっちかっていうとケーニッヒの剣技が観たいんじゃないかな、特に騎士や従士の連中とかはさ」
「ケーニッヒ…騎士団長の方でしたわね」
フレーメン王国騎士団団長、ケーニッヒ・アイヒベルガー。今年で齢六十とは思えないほどの筋骨隆々な肉体で大剣を振り回す王国最強の騎士であり、また屈強な騎士団を束ねるカリスマでもある。性格は明るく快活で豪胆。正しく戦士として頼り甲斐があると言えるだろう。
「さすがリリーナ、よく覚えてるね。覚えなくていいのに」
「覚えますわよ。どこでお仕事が一緒になるかわかりませんもの」
「僕以外の名前は覚えなくていいんだよ」
「…貴方、私を信用しようとか言ってませんでしたこと?」
「それとこれは別」
ディードリヒの言葉に、リリーナは“先が思いやられる”とため息をついた。信用したいのか独占したいのかわからない。
「ケーニッヒが剣を取るのは久しぶりだからね」
「そうなんですの?」
「今は諸外国ともうまくやれてるし、戦がないなら戦士の剣も鞘の中ってこと」
「納得しましたわ…」
関心を向けるようにケーニッヒを見るリリーナ。剣のことは初心者なのでよくわからないが、とても先ほどの手合わせは遊んでいるような印象を受けた。
ディードリヒの顔がいいという理由でちゃんと見れなかったところで、感じるものはある。
しかし先ほどのことを思い出してしまい、若干顔が熱くなった。
「…」
ふと視線を感じてそちらに向くと、ディードリヒがじと…と嫉妬深い視線をこちらに向けている。そこでリリーナは先ほど胸が鳴ったのが綺麗に吹き飛んだ。
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