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蜜蝋と練り香水


 

 ********

 

 

 ヒルドとのお茶会から数日、ようやく軟禁から解放されたリリーナは久しぶりにヴァイスリリィに顔を出している。


 今回はグレンツェ領への旅疲れも考慮されたおかげか十日きっちり拘束されたので、体調不良という理由で連絡を絶っていたリリーナを久しぶりに見たアンムートとソフィアにとても心配された。


「蜜蝋は無事届いたのですわよね?」


 久しぶりに顔を見せたので激しく心配を主張していたソフィアに謝罪しつつ、アンムートにも軽く挨拶をしてからリリーナは問うた。


「はい。無事に」

「使ってみた感想はどうでしょうか?」

「感想って言っても…練り香水自体は蜜蝋を溶かして、精油を入れてから再度固めるだけなんで難しくもないですし…」


 はは、と困ったように笑うアンムートとリリーナの間にひょっこりと小さな影が挟まる。


「軟膏みたいで使いやすくて、優しい香りですよ!」


 そう言うソフィアはすっかりいつもの笑顔だ。


「まぁ、俺自身蜜蝋を扱うことそのものが初めてなんで良し悪しまでは…でも香りは昔調べたところから得たイメージと似た感じでしたね」

「イメージ、ですか」

「はい。液体のものよりは強いイメージがなかったんですけど、やっぱりその通りでした。豪華なおしゃれというよりは普段使いにいいかもしれないですね」

「そういうことですか…」


 香りが強くない、となるとイメージがしづらいとリリーナは感じた。どれだけ薄く噴いても香水というものはある程度主張してくるものなので、興味が湧いてくる。


「少しサンプルはあるかしら?」

「あ、あたしの使いますか?」


 パタパタと靴音を立てながらソフィアが一度離れると、棚に置かれていたカバンから小さな容器を一つ取り出した。そのままリリーナの下に帰ってくると容器の蓋を開けて差し出す。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、少しもらいますわね」


 軟膏のようになっている練り香水を少し指で掬って手の甲に塗ってみる。それから匂いを嗅ぐと、思ったより顔と手を近づけないと香りがわからないことがわかった。


「なるほど…確かに液体の香水より主張がないですわね。強い香りを嫌う方もいますから、そういった方に良さそうです」

「あたしはこっちも好きかも…優しい香りがあったかくて塗るのが楽しみなんです」

「使ってみた感想が素晴らしいものでしたら素敵ですわ。私も今度人の集まる場で使ってみましょう。宣伝に活かせるかもしれません」


 そこでアンムートは紙の束を持ち出してくる。彼は中身を確認しつつ話した。


「ただ、無くなりやすい商品のリストをみてると、やっぱり貴族の人って派手な香りのやつを買っていくので…リリーナ様の言う二号店に卸すのがいいかもしれないですね」

「確かにそれは一理ありますわね」


 リリーナは香水店の二号店を出そうとしている。すぐとも決めていないが、準備が整い次第今度は平民に向けた店舗を構えるつもりだ。

 二号店では全体的に価格を見直して“憧れの貴族のおしゃれ”を入りやすくする狙いがある。


「ここの売上そのものは安定しています。ですがそれも立地と話題性でしょうし、そろそろ落ちていくでしょうから期間限定品などにも力を入れていきたいですわね」


 ここまでは話題性もあり洋裁店が下に構えているという関係上、通いやすい店として売上が出ている部分もあっただろうが、香水など早々買い替えるものでもない。期間限定品などで常に話題を作っていかなければ客足は遠のいていくだろう。


「ここから先はどうしても作業量が増えます。二号店を考えるのであれば尚更でしょうし…アンムートの負担が心配ですわ」

「ソフィアも手伝ってくれているし大丈夫だとは思うんですけど…何かあったらすぐ言うようにします」

「そうして欲しいですわ、人手が必要でしたら新たに雇用します」

「ありがとうございます」


 現在接客向けの従業員は三人である。シフト制で勤務時間が組まれているが、大きくない店なので基本的にフロアにいるのは一人か二人といったところ。工房にいるのはアンムートとソフィアだけだ。


「そうだ!」

「「?」」


 急なソフィアの声に反応する二人。ソフィアの方に顔を向けると、彼女はリリーナに手首を差し出す。


「リリーナ様に言いたいことがあって」

「なんですの?」

「リリーナ様に教えてもらった通りに練り香水も使ってたんですけど」


 ソフィアは基本的な香水の付け方を知らなかったので、以前リリーナが簡単に教えている。おそらくそのことだろう。


「ほらここ、手首がすべすべになったんですよ!」


 リリーナが差し出されたソフィアの手首に触れると確かに肌触りが良い。喜ぶ彼女にリリーナは微笑みかける。


「そうだと思いますわ。練り香水に使われている蜜蝋には保湿効果がありますから」


 言われた言葉にソフィアはきょとんと驚きを顔に出す。


「じゃあ手に塗ったらハンドクリームになるってことですか?」

「同じものではあります。『香油』と言うのが正式な呼び方ですから」

「こうゆ?」

「蜜蝋は本来床を磨くワックスや蝋燭を作るのに使うものですから、油分であることに違いはありません。そこに香りをつけるので『香油』と呼ぶのですわ」

「じゃあなんで『練り香水』って言うんですか?」

「香水のように香るのと、製法からではないかと思いますが…私も詳しくはありません。ただ文献によって呼び方が違うようです」

「そうなんだ…」


 知らない知識に感心するソフィア。ただリリーナが驚いていたのは、アンムートも揃って聞いていたことである。

 自分で作りたいと言ったのに知らない知識があるとは…他人とはそういうものなのだろうか。確かに自分も起源などを訊かれるとすぐには答えられないが。


「このままグレンツェ領の養蜂場と継続的な契約を結べると良いのですが」

「グレンツェにこだわるんですか?」

「その方が“ブランド感”があって箔が付きますから、貴族には特に効果的ですわ」

「そういうものなんですね…」

「ここで扱っている香水の中にも、そういった商品はありますわよ」


 知らない、というか体感のない世界にやや驚くアンムート。彼は改めて貴族というものはわからないと感じた。


「練り香水と液体の香水の需要とコスト次第では二号店の主力にしていきたいですわね。ソフィアの話や今サンプルを試した感覚では練り香水の方が感触は良さそうなのですが」

「ハンドクリームとして売るってことですか?」

「いいえ、あくまで“そういう使い方もできる”という程度にとどめます。その触れ込みでしたら贈答品にも良いでしょうし、何より医療関係の方と角が立ちません」

「プレゼント! 素敵だと思います!」

「でしょう? 商機は多いに越したことはありません」


 はしゃぐ女子二人に対してやや身を引きつつ見ているアンムート。


「リリーナ様…二号店はもう確定みたいな…」

「まだ決まってませんわ。ですが目標は達成するものでしょう? ですからアンムートも頑張ってくださいませ!」

「が、頑張ります…」


 リリーナの期待に、アンムートはやや引き攣った笑顔を返すので精一杯であった。

 そしてここから先の忙しさを予感し内心でため息をつく。


香りの歴史は長く、調べていると案外面白かったです

個人的にはハーブ系のすっきりした香りが好きです

実は甘い香りが苦手なので香水そのものに苦手意識があります

ただ全部が甘い香りでないことも知っているので、自分で使うと言う意味で好みのものを見つけてみたいです


「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

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