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「らしくない」私(2)


「そんなに心配しなくても、殿下が一番愛してるのは紛れもなく貴女よ、リリーナ。友達と恋人は違うでしょう?」

「わかっています。これが醜い嫉妬であることも…だからこそ、私は彼の方の行いを許してしまっているのではないかと、思ってしまって」

「それは良いんじゃないかしら。相思相愛で羨ましい限りだわ」

「そ、そのようなことは…」

「どう考えたところでそうじゃない。お互い独占欲が強いってことよ」

「な…っ」


 リリーナは顔を赤くするが、ヒルドは素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。

 側から見れば二人の仲の良さなど“何を今更”という話なのだが、少なくともリリーナは現状を理解できてないらしい。


「貴女は真面目すぎて細かいことまで気にしているから、そうやってなんでも抱え込むことになるのよ」

「大袈裟なほど真面目というほどでは…」

「貴女以上に真面目な人なんて知らないわ、私。大方例の屋敷を出たら殿下の知らない顔が見えて不安になったのでしょう? 殿下が同じように不安になった時、貴女はどうしたの?」


 リリーナは少しばかり思い返す。

 あの日も、あの時も、自分は彼に何をしていたのかを。


「真っ直ぐに、彼の方を見ました。できる限り真っ直ぐに」


 リリーナは己の在り方を少しずつ取り戻している。光が戻りつつある瞳に、ヒルドは得意げに笑った。


「それを続けていれば良いのよ。迷うことなくね」

「迷うことなく…」

「だって自信を持つって、そのための努力ってそういうことでしょう」

「!」


 そうだ。

 積み重ねてきたものが自分の自信で、そのためにここまでやってきた。どんなことも、何があろうと、背筋を正していられる自分であるように。

 言われるまで思い出せなかったのは、どうしてだろう。


「私だって、正直驚いたくらいなのよ」

「何が…ですの?」

「貴女たちの婚約発表パーティでのファーストダンス。殿下って、本当はあんなに優しく笑うのね」

「それは…っ!」

「羨ましいわ、見てわかるほど愛されてるなんて」

「ヒルド…」

「そういうことよ。訊くのが怖いって言ってたことだって、貴女がいつも通り笑っていれば大丈夫」


 ヒルドの笑顔はいつだってそう簡単には崩れない。彼女もまた、にこりと花のように笑いながらも強かだ。


「…ありがとうございます」


 リリーナもまた笑って返す。なんだが肩の荷が落ちたような、そんな思いだ。


「さて、私はそろそろお暇しようかしら」

「もう行ってしまうの?」

「貴女たちの惚気でお腹いっぱいだもの。散歩にでも行こうと思って」

「な…! 私は真面目に相談していましたのよ!」

「だから惚気だって言ってるのよ。お互い大好きみたいで何よりだわ」

「ヒルド、貴女…!」


 澄ましたヒルドのツッコミに顔を真っ赤にするリリーナを見て、次に彼女はまたくすくすと笑い始める。

 ヒルドはひとしきり笑ってからソファを立つと、自らの侍女を連れドアに向かう。リリーナもそれを追いかけていくと、ふと振り向いたヒルドが悪戯に笑った。


「また聞かせてね、二人の惚気」

「もう…そんなものでよければいくらでもお聞かせしますわ」

「ふふ、楽しみにしてるわ」


 そしてそのままヒルドは「またね」と言って手を振ると去っていく。その姿を見送って困ったように笑いながらドアを閉めたリリーナが振り向くと、申し訳なさそうな雰囲気のファリカと、珍しく不機嫌なミソラの姿があった。


「その、リリーナ様…ごめんね。ちょっとおふざけが過ぎてたみたいで…」


 そう、バツの悪そうに話すファリカを見てはっとする。そうだ、二人が見ているところで自分は二人に嫉妬していると公言してしまったのだ。

 なんてことだ、これは狡い行いだと言える。

 この身内の中であれば文句があれば、本人に言うべきだ。それを遠回しに他人に話すことで伝えるなど、自分はなんて卑怯なことだろう。


「私こそ申し訳ありませんでした、ファリカ。あのような醜い行いをして…」

「? なんのこと?」

「公衆の面前で友人の悪口を言ってしまうなど、私は卑怯ですわ。本当にごめんなさい」

「そんなのいいよ、気にしなくて」


 少し慌てるファリカにリリーナはそんなことはないと首を振る。


「いいえ、私が気にします。貴女のことですから、きっと私の何かを考えてくださったのではなくって?」

「おふざけしてリリーナ様の緊張が解れたら良いなって…殿下はわかってて付き合ってくれてたんだと思う」

「もう…そんなに気を使わなくても」


 しかし互いを思い合う会話の中に、ミソラがずいと顔を挟んで、一言。


「私はディードリヒ様と仲が良いと言われるのはたいへ…些か不快です」

「へ…?」


 急なことに呆然とするリリーナ。しかしミソラは続ける。


「ディードリヒ様とは業務上の関係ですので仲が良いなどありません」

「…」


 珍しく、本当に珍しく、ミソラが怒っている。

 リリーナはミソラが表情を崩すところなど見たことがないというのに、自分の中では大事件でも、他人の中では些事かもしれないことで、明らかに怒っている。


 リリーナは、少し呆然として、


「…っふ、はは」


 堪えようとして、


「あ、は…っ、あはははははははっ」


 結局笑ってしまった。


「あははっ、あははははっ!」

「リリーナ様どうしちゃったの!?」

「今の何に面白い要素が…」


 大口を開けて笑うなどリリーナらしくもない。その姿に動揺するファリカとさらに眉間に皺を寄せるミソラを置いたまま彼女はひとしきり笑うと、リリーナは目尻に溜まった涙を拭いながらまだ残る浅い笑いを堪えた。


「はー…ごめんなさい。らしくなかったですわね」

「いいんだけど…ちょっとびっくりしたよ…」

「何が面白かったのかは気になりますが」


 二人の姿を見て、リリーナは吹っ切れたような、気の抜けたような、そんな笑顔を見せる。


「二人を見ていたら、なんだが自分の考えてることが馬鹿らしく思えてしまって」

「どういうこと?」

「ファリカ」


 リリーナはファリカを呼びその手をそっと取った。


「心配をかけましたわね、もう気にしてませんわ。私が行ってしまったことの方が重いくらいに」

「それは本当、気にしなくていいから…」


 真相が明らかになってしまえば簡単なことで、ファリカは自分を気遣ってくれていたのだから、ここはいっそお礼を言うべきとまで思う。

 やはり自分は気を抜くのが下手なのだなと自省しつつ、今度はミソラを見た。


「そしてミソラ! 貴女ディードリヒ様とあれだけ気の置けない会話をしておいて“不快”は許されませんわよ!」

「不快なものは不快です。誰があんな…いえ、失礼しました」

「貴女はディードリヒ様をなんだと思っていますの!?」

「ヘタ…根性な…あー、我が国の王太子殿下です」

「ミソラさんもしかして殿下嫌いなんですか?」

「まぁ好きではありません」

「それ嫌いって言ってません?」


 あれだけ互いに遠慮がない仲で“好きではない”とは…これは安心していいのか悪いのか。


「安心していいんですの? これは…」


 少し呆れたように笑うリリーナ。しかし二人がそれに反応を示す。


「あ! リリーナ様その笑顔もいいね!」

「なんですの急に!?」

「さっきの大笑いも可愛かったし! 新しいリリーナ様だね!」

「ディードリヒ様に見せてはいけませんよ」

「だからなんですの!?」


 状況が掴めないリリーナをおいて知らぬ間に二人が盛り上がっている。

 だが確かにこれはディードリヒが今見ていない側面だ。きっと彼なら見た瞬間喜ぶはずなのだが、見れるかはわからない。


「今のもう一回やって、もう一回」

「無理ですわよ!」


 ファリカの発言に戸惑いながらも、リリーナは考える。気がつけばすっかりいつも通りだと。

 しかしそのおかげか、気持ちは晴れやかだ。“吹っ切れた”とはこういう感情を指すのだろうか。


 そうだ、積み重ねてきたものが自信だと言うのなら、ここまでディードリヒと重ねてきたものも、リリーナにとっては自信なのだ。

 たとえ相手の知らない部分があっても、ディードリヒと誰より心を深く通わせたのは自分だと、確かに胸を張って言える。相手が誰より自分を愛してくれてるのは自分が嫌というほど感じていて、自分もそれに報いたいと思うほど愛しているのは事実なのだから。


 今は、それを信じれると、信じようと思える。

 今は相手に何も返せなかったとしても。


「もう! 私はソファに戻りますわよ! ミソラ、紅茶を淹れてちょうだい」

「先日お買いの茶葉でよろしかったでしょうか」

「そうしてちょうだい」

「かしこまりました」

「ファリカはこの間渡した本の感想会をしますわよ!」

「え!? あれ難しくてまだ読み終わってないよー!」

「ではわからないところは教えましょう。私といるのであればある程度の教養は身につけてもらいますわよ!」

「はーい…」


 本当に、気がつけばいつもの光景だ。

 だがここが心地いい、自分にとっては。


リリーナが段々「人間」になっていくような気がしていてなんとなく安心しています

このままなんでも抱え込む癖が直るといいのですが


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