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私の知らない貴方(1)

 

 

 ********

 

 

「どうしてまた私が城から出られないんですの!」


 むくれながら怒るリリーナは現在城で軟禁中である。しかし、今回はディードリヒだけが原因ではない。


「それはね、リリーナ様がすぐ無理をするからだよ」


 見張り役のファリカの一言にまたも頬を膨らませるリリーナ。そう、これはすぐに体の限界までスケジュールを詰め込むリリーナへの強制的な休息でもあるのだ。


 ミソラはラインハートに関する調査、ディードリヒは執務と、何かと手の空かない二人に代わってファリカがリリーナの見張り役ということである。 


「私が設けてしまった場ですわ。殿下はただ巻き添えにされたようなものです。ならば私がせめて因果関係を明らかにしなくては…」

「そうは言っても、リリーナ様にはヴァイスリリィもあるでしょ。無理しないの」


 現在リリーナにかけられてる枷は二つ。

 一つは城から出ないこと。

 もう一つはアンムートとのやりとりを控えることだ。

 どちらもディードリヒをこれ以上無闇に刺激しないための策でもある。特に後者は。


 現在リリーナの代理でアンムート他ヴァイスリリィの面々とやりとりをしているファリカによると、リリーナが手に入れた蜜蝋は無事アンムートの元に届いたそうだ。ただリリーナがどうして現状にあるかを説明するのはややこしいので、体調不良ということでやりとりには代理を立てている。


「それにしても殿下と戦いたい、かぁ…」


 一つファリカが呟く。


「因果関係も何も、原因はそこだと思うのよね」

「どういうことですの?」


 きょとん、と小首を傾げるリリーナにファリカは驚いたような表情を見せる。


「知らないの?」

「…?」


 リリーナの反応に、ファリカは呆れたため息をついた。


「…殿下って、リリーナ様になんにも自分のこと話してないんだね。『仮面の殿下』を知らないのにもなんか納得した」

「!」


 ファリカの言葉で初めて、リリーナはディードリヒ個人の情報を何も知らないと思い至る。確かにディードリヒの個人情報、と言われて思い浮かぶのは見た目や“仮面の殿下”と呼ばれる噂くらいのものだ。


 彼が向けてくる自分への感情は嫌というほど知っている、いや知らされているが、リリーナはディードリヒ・シュタイト・フレーメンという男について何も知らない。

 これも、以前気づいた“他人への興味のなさ”なのだろうか。


「殿下はね剣術がめちゃくちゃ強くて有名なの。子供の頃何度も大会で優勝してるのは、同世代ならみんな知ってる」

「そうなのですか…」

「貴族だから、男の人が剣術をやらないといけないのはわかるんだけど…どうしてあんなに強かったのかは知らない。“王子の威厳”とかかもしれないし」

「…そう、ですわね…」

「だから、向こうが『手合わせ願いたい』なんてはっきり言っちゃうあたり、因縁はそこにあると思うんだよね。子供向けの剣術大会に地位は関係なかったし」


 ファリカの話すことは全て初めて聞くことばかりだ。どれも知らない、聞いてない。

 どうしてこんなに、自分は相手に関心を示さなかったのだろう。ディードリヒはきっと自分のほとんどを知っているのに。


(もしかして、私は)


「———…」


 口を開きかけて、やめた。

 この気持ちを言葉にするのが、怖くなって。


「「!」」


 突然軽いノックの音が飛び込んできた。

 何度も聴いてるこの音は、そう少し苦しくなりながらも訪問者を確認しに行ったファリカを見送る。


「やぁ、リリーナ」


 中に入ってきたのはやはりディードリヒであった。


「…ディードリヒ様」


 巡り合わせが悪い。今は会いたくなかった。

 それでも整理のつかない感情を覆い隠すように笑顔で相手を迎える。


「ですがディードリヒ様…まだ執務中では?」

「休憩時間くらいは作るよ」

「えぇー! じゃあ私出て行かないといけないじゃないですか」


 不服そうに言うファリカに対して、ディードリヒはいがみ返す。


「そうだ、今すぐでいいぞ」

「嫌ですー。リリーナ様は私といるんですから」


 ディードリヒを迎えてから立ったままだったファリカが小走りでソファに座るリリーナに抱きつく。ディードリヒはその姿に眉を顰めた。


「その手を離せアンベル」


 リリーナとヒルドの関係が結ばれて以来、ミソラと共にリリーナの侍女を務めているファリカだが、ディードリヒとの仲は良くない。ディードリヒが彼女を認めていないからだ。

 ディードリヒとしてはやはりリリーナの交友関係が広がることを認めきれておらず。ましてファリカはリリーナのことを気に入ってべったりなのでますます仲が険悪になっていく。

 貴族としての敬称である“伯爵令嬢”という言葉すらつけないあたり、余程気に食わないのだろう。


「嫌ですよ。今の私はリリーナ様の見張り役なので離れられないんです」

「それを言ったら僕はリリーナの“恋人”だが。僕がいればリリーナがどこかにいく心配もない。安心して庭にでも出ていいんだぞ」

「「…」」


 黙りあったと思ったら視線の攻防が始まった。リリーナは二人の姿に“また始まったか”と内心で大きなため息をつく。


 この喧嘩じみた光景はもはや二人が顔を合わせれば定番化しつつある。特に今のようなリリーナを取り合う場面では必ずと言っていい。シーズン中であったここまでの数ヶ月で何回あったことか。


 最初はリリーナも止めていたのだが、あまりに二人が話を聞かないのと、睨み合う以上には発展していかないので、それがわかった瞬間止めるのすら諦めてしまった。

 ただ、やはりこういった距離の近いやりとりをされると、複雑な気持ちになる。


 二人が喧嘩をする原因は自分なので申し訳ないとは思いつつも、自分もあんなふうに気兼ねなく話せたら、と考えないではいられない。


「リリーナ様は私とお茶してるんですから邪魔しないでくださいよ」

「僕はリリーナに会うためにわざわざ仕事抜けてきてるんだけど?」


 一つやりとりをしてまた睨み合う二人。

 数秒その時間があって、ファリカが大きくため息をついた。


「しょうがないなぁ、今日だけですよ?」


 そう言ったファリカはやれやれ、といった様子でリリーナから離れソファから立ち上がる。


「永遠にだ。お前といいミソラといい、余程首を切られたいのか?」

「それはやれるものならやってみてどうぞ。私の主人はリリーナ様ですから」


 基本的に夫になろうが妻の侍女の人選には口出しできない。彼女たち侍女が仕えているのはあくまで自分たちの主人、ファリカやミソラであればリリーナなので選択権はリリーナにある。


「リリーナ様、なにかあったらすぐ呼んでくださいね? ミソラさんとすっ飛んできますから!」


 それだけ残してファリカは部屋を出た。ディードリヒはそのドアを睨みつけると、すぐ振り返って笑顔でリリーナを見る。


「やっと二人きりだね、リリーナ」


 その声は穏やかであろうと気をつけたところで強い喜びが滲み出ていた。隠しきれない感情が表情からは溢れ、輝かしい目がリリーナを見ている。


「…えぇ」


 それに対して、リリーナは小さく笑うので精一杯だった。どうしても先ほどまでの話をどこかで引きずっているのに、ファリカとのやりとりまで見てしまって感情の整理がつけられないでいる。

 しかし相手を不安にさせたいわけでもない。こういう時嘘がつけないというのは欠点だと感じた。


「大丈夫? 元気ない?」


 あぁ、ほら、言ったことではない。

 相手が明らかに心配している。そんな顔をさせたいわけではない、こんなものはいつもの自分ではないのに。


「問題あ…」


 いつも通りでない自分を否定しようと口に出そうとして、止まった。

 きっと今言うべきなのは、するべき行動は、こんなことではない、そう思ってしまって。


「言って、リリーナ」

 “彼”が優しい目で自分を見ている。同じだけ優しい声音で自分に語りかけて、“私”の言葉を待っているんだ。


 それなら、それならと思ってしまう。


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