誰がなんと言おうと秘密基地(2)
「…好きだよ、リリーナ」
「!? な、なんですの急に…」
「君の気高さも、聡明さも、強く美しい瞳も、ピンクブロンドの髪も…全て、君を成す爪の先から魂の端まで全部愛してる」
「ひっ…」
リリーナはまた変態発言が飛んでくるのかと身構えた。しかし彼が彼女に向けるその瞳に曇りはない。
「本当に、ここに閉じ込めてしまいたいよ。君はどこにでも行けてしまうから、一緒にいるには…それしかないって思い知らされる」
「…」
ディードリヒは視線を下げる。
「本当に君を愛しているから、だからそばにいて笑っていてほしいのに。どうして君の自由を奪わなければそれは叶わないんだろう」
どこを見ているのか窺い知れないその瞳から、少しずつ光が奪われていく。その視線が彼女を見た時、変態と彼女が恐れるはずの視線がひどく寂し気に、見えた。
「…」
だからすこし、ほんの少しのはずだ、自分の感情が揺れたのは。本当に愛されているのかもしれないと、ほんの少しだけ考えてしまったから。
「…貴方、私をなんだと思っていますの?」
「え?」
「貴方には私が、そんなに薄情な女に見えるのかしら」
「違う、それは」
「何もなくなってしまったただのリリーナになったとしても、私の気高さは失われませんが、たとえルーベンシュタインの私であったとしても、恩を仇で返すようなことは致しません」
「リリーナ…」
「私が今すぐにでもここを飛び立つと思わないで。ここから先の身の振り方は確かに考えなくてはいけませんが、貴方には、貴方がくれたこの温かい場所には感謝しています」
「…本当に?」
強い瞳のリリーナに、ディードリヒは震える声を返した。それでも彼女は揺れたりなどせず、もっと真っ直ぐに相手を見る。
「嘘をつくにも場所が必要ですわ。私は貴方の変態行動をに目をつぶれませんし、とても良しとは言えませんが、それでも私に気を遣っていることはわかります」
彼女は囚人であったのだ。もう貴族であった頃のような生活はなく、貴族用の牢であったとはいえ粗末で肌が荒れるようなドレスに固いパンと薄いスープを飲むような日々。当然するようなことなどなく、手慰みに興味もなかった刺繍まで覚えてしまった。
しかしここにきてからはどうだろうか、まるであの頃に戻ったかのような広い部屋に柔らかいベッド、質の良い食事、肌に優しいドレス。身の回りの世話には使用人がついて、身分もないはずの自分に皆が声をかけ尽くしてくれる。
これは相手をもてなそうと思わなければできないことだ。ディードリヒがいかに自分を繊細に扱い、丁重にもてなそうとしているかがよくわかる、わかってしまう。
本来奪われたとはいえ身分もない人間に尽くす必要などないのだから。
「これから先をすぐにお約束することはできません。ですがまだ考えてもいませんので、今はもう少し、この風を浴びさせて下さいませ」
最後にリリーナは笑った。
その笑顔は確かに気高い薔薇の様で、ディードリヒは少しだけ言葉を忘れる。震えが少し収まったような気がした時、言葉が溢れた。
「…君は、故郷の奴らが憎くないの?」
静かに出た言葉に、リリーナは迷わず答える。
「何をそんな当たり前のことを」
そう聞いて、次の言葉までのほんの一瞬だけ、不安が帰ってきた。
「所詮は身から出た錆ですわ。憎むも何もなく、私があの女性に危害を加えていたのは事実です。ですので、あの日私には申し開きする権利もありません。それで良いのです」
「…」
彼女はただ淡々と、堂々と、己の所感を述べる。そこに無闇な感情はなく、反省でもないからこそ、粛々と今を受け入れているように思えた。
ディードリヒから見て、その真っ直ぐさが罪を背負いこみ過ぎているような部分を感じたことを除けば、ただそこで話は終わる。
「…やっぱり、君が好きだよ」
彼はやや気が抜けたように笑った。
そこに若干得意気な顔を見せるリリーナを、ディードリヒはもっと、今までよりずっと、欲しくなって…だからこそ、それをそっと隠す。
本人に言ったりはしない。それでもずっとここにいて、どこにも行かず笑っていてくれれば良いのにと、そう思わずにいられない感情が加速していく。
縛り付けて、閉じ込めて、それでも彼女はどこへでも行けそうなほど気高く強いのだろう。それでいい、それがいい。ずっとそうやって、その気高さのまま自分のそばに居てくれたら。
いつか彼女が笑えなくなった時、それはもう自分が夢見た彼女ではないのだとわかっていても。
どんなに何がどうなっても、病んでるもんは病んでる
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