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甘えを知らない鷹(2)


「貴方、私を甘やかすなどと大口を叩いていなかったかしら?」

「それとこれは別」

「…」


 リリーナはディードリヒに握られた手を強く握って考えた。

 こんな図られたような状況で相手の要望に応えるのは大変不服であるが、誠に遺憾だが、相手の思いを考えれば今回ばかりは仕方ない。


 応えてやろうではないか、と内心で大口を叩きつつ、大太鼓を激しく叩いたのようになっている心臓に逆らえない視線がよそを向く。


 そして震える唇で、その名を呼んだ。


「でぃ…ディードリヒ、さま…」

「こっち見て言って?」

「…!」

「ほら、早く」


 ディードリヒは視線を逸らし続けるリリーナをじっと見ている。


 おかしい。こんなことはおかしいのだ。

 何故と言われれば、それこそ冤罪を晴らすために行ったあのパーティでだって、両親に“結婚したい”と思いを伝えた時でさえ、当たり前のように名前を呼べていたはずなのに。


 何があったかこの国に来てから名前がほとんど呼べていない。特に顔を見てなどもってのほかだ。

 確かに屋敷にいた頃でさえ視線を絡めて…というのは少なかった気がするが。


 何が自分を変えたのかがまるでわからないが、それでも何か、違う気がする。

 相手が自分を呼ぶ声が、日を追うごとに知っていく相手の弱さが、口を開けば必ず自分に向けられる愛が、どんどん自分を変えていくような気がして。


「…っ」


 言葉が出ない。こんな自分は今までどこにもいないのだから。この思いを自覚した時から今にかけて、それは足早に姿を変えていく。

 その速さに追いつけない。それなのに、同じだけ相手を求めるようになっていく。


「頑張って、リリーナ」


 あぁ、優しい声だ。

 やめてほしい、そんなに甘い声なんて。

 痛いくらい締め付けられた心臓に追い打ちをかけるだけなのに。


 これはだめだ。逃げられない、逃げられそうにない。


(もうこうなったらやけですわ…!)


 必死な思いで目を合わせる。震える唇を無理やり動かして、泣きそうな自分を堪えた。


「ディードリヒ様…っ」


 言い切った瞬間俯いて両手で顔を隠す。いろんな、言葉にできないものが耐えられそうにない。


「どうしたのリリーナ、可愛い顔隠しちゃって」

「知りません!」

「せっかくだから呼び捨てにしてくれても良かったのになぁ」

「そん…っ、そんなことできませんわ!」


 友人の名前を呼ぶのとはまるで違う。それなのにこの男は何を言っているのか。


「なんなら両親みたいに愛称を使ってくれてもいいんだよ?」

「今は無理です!!」


 もはや涙目なリリーナの抵抗にディードリヒはもうとびきりご機嫌である。なんと言ってもこんな顔をする彼女を知っているのは自分だけだと思えば尚更。理由はわからないが急に名前を呼ぶのさえ恥ずかしがるなど彼からすれば愛らしくて仕方がない。


 女神としてのリリーナと、なんでもない少女としてのリリーナ。どちらがいいと言われれば天秤など壊してしまった方が早い。もうそんな区分けをつけたくないほど、ディードリヒはリリーナの見せる側面の全てを愛しているのだ。


 しかしリリーナはどう見ても自分の感情を持て余し、振り回され、主観に追われている。彼女は彼女の中にないものに慌てているのだ。


 そうだ、それがいい。

 自分を見る感情に振り回されて、自分でいっぱいになってほしいのだから。


「しょうがないなぁ、今はこれで許してあげるよ」


 ディードリヒは愛しい少女をぎゅっと抱きしめた。


「どうしてそう偉そうなんですの…」

「そりゃあ、リリーナが素直に甘えてくれないから」

「ですからそれは…っ、本当にわからないのですから仕方ないでしょう! 私にどうしろというのです!」


 先ほどまでのやり取りで感情が上振れに触れつつあるのか、リリーナは未だご立腹である。


「リリーナは僕にしてほしいことないの?」

「してほしいこと…?」

「もっと抱きしめてほしいとか」

「今しているでしょう」

「キスがしたいとか」

「なっ…さっきしたではありませんか!」

「また一緒に寝るのはどうかな?」

「…!」


 リリーナはそこで言葉を失った。

 確かにこの城に来てから添い寝…というかディードリヒが横で寝ていることなどめっきり減って、それこそアンムートの件で喧嘩した時となんだかんだ添い寝を希望してしまった時の二回しかない。


 屋敷を離れ、たまに寂しいと…思わなくもなかったのを思い出してしまったが、しかし、


「それは、この間、したでしょう…!」


 簡単に認めるのもなんだか悔しかった。


「むしろあれだけでいいの?」

「…っ」


 しかしリリーナの反応を見たディードリヒはもしかして、と畳み掛ける。


「もしかしてリリーナ、また一緒に寝たかったの?」

「あ、いえ、そんな…」


 慌てて視線を逸らしてから“しまった”と思った。しかしディードリヒは彼女の反応が意外だったのかきょとんと驚きを顔に出す。


「もしかして添い寝の良さに目覚めてくれた?」

「そういうことではありません」


 彼女にとっては意味が違ったようだ。


「違うんだ…」


 ディードリヒは少し寂しくなったが諦めない。対してリリーナは視線を逸らしたまま彼の服の袖を控えめに掴む。


「…だ、大事な時に限ってそばにいないのですから…それだけです」

「…!」


 まだ少し赤い顔を、リリーナは必死に押さえ込もうとしている。それを見たディードリヒはまた嬉しそうに笑った。


「君って、僕が近くいるのが好きだよね」

「!?」

「リリーナからお願いされることって『抱きしめる』のと『添い寝』だったでしょ?」

「そんなことは…」

「僕の顔近いのも好きみたいだし」

「それは違います! 顔が近いのはその…っ」

「でも好きなんだよね? 僕の顔」

「〜〜〜っ! 顔だけではありません!」

「知ってる。この間たくさん言ってくれたもんね」

「…っ!」


 ディードリヒの“嬉しい”を感じさせる笑顔は卑怯だ。リリーナはいつもそう感じる。

 ただでさえこの笑顔は惹かれるし、絆されてしまいそうなのに。

 これがもし、噂に聞く“仮面の殿下”の本性で、自分にだけに向けられているとしたら。


 もうどうしたらいいかわからなくなってしまう。


「勿論もっと聞きたいけど…でも抱きしめられるのが好きで、寝る時一緒がいいんでしょ?」

「それは…」


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