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わずかな自由(2)

「怖い?」


 急に出てきた言葉の意図が読めずそのまま疑問にして返してしまう。しかし相手とはずっと視線が合わず、ディードリヒは不安げに足元を見るばかりだ。


「君が、あの部屋から出てしまって、怖くて」


 そう言いながら自分を抱きしめた腕は声と同じだけ震えている。そっと触れ合うような抱擁は縋るようで、珍しく弱気なディードリヒの姿にリリーナは少し胸が鳴った。


「じ、自由にしていいと言ったのは貴方ではありませんか」

「そうだよ。リリーナはここからいなくなったりしない…でも放鳥が自分にとって都合が良いとは限らないだろう?」

「…」


 感情が複雑に矛盾していく。相手が自由にして良いと言ったのに、という感情と、何かいけないことをしてしまったような罪悪感が渦を巻き始める。


「僕はリリーナがいないとダメだから、もう離れられないから…もう少し大丈夫って思えるまで部屋に居て貰えばよかった」


 こんなに弱られてしまうと少しばかり罪悪感が優位に立つが、かといってあの部屋に繋がれたままというのも受け入れ難い。ただ相手が来るのを一人で待つだけの生活は余計なことを考えやすく、いろんなことが不安になる。


「…何か勘違いをしている様ですけれど」

「…?」


 リリーナの言葉に疑問を抱いたディードリヒが彼女と今日初めて視線を合わせた。


「そもそも私を無理やり繋ぎ止めようという心が良くないのですわ」

「…どういうこと? ここから出ていきたいの?」


 相手の言葉にリリーナは少しばかりむくれる。


「そういうことではありません。貴方が何をもって私を好きだと仰るのかはわかりませんが、そう言うのであれば私をもっと信用して欲しいのです」

「信用?」

「私は人形ではありませんのよ。立って歩きますし呼吸もします。でもだからこそ、共にいることができるとは思えませんの?」


 リリーナは相手に対して堂々と言って見せた。その強い光を持つ瞳に、ディードリヒはまた一つ引き込まれる。


「そんなに不安なのでしたら、私が貴方の元に顔を出せば宜しいのではなくて?」

「…どういうこと?」

「貴方がずっとあの部屋に居ないのは執務をこなしていらっしゃるのではないかしら? でしたら、休憩だと思ってお茶会を開くというのは如何?」


 たとえリリーナが一日あの部屋に居ようとも、ディードリヒが常に側にいる訳ではない。一日いるような日がない訳ではないが、基本的にディードリヒに巻き込まれる時間は限られている。


 リリーナから見ればやはり腐っても王太子というか、執務を放棄するような人間には思わなかったようだ。実際それはその通りで、ディードリヒはこの屋敷で書類に追われながら彼女との時間を日々作っている。


「君から、僕のところに?」


 ディードリヒは目を丸くして驚いた。そんなことがあるとはつゆほども思っていなかったように。


「その程度でよければ構いませんわ。自由にしてくださったお礼のようなものです」

「本当に…?」

「ただし! 妙なことをしたら即中止しますわよ!」

「変なことって?」

「わかっていらっしゃらないの!?」


 そこから今度はリリーナが顔を背けて、ごにょごにょと話しだす。


「その、匂いを嗅ぐのはもちろんですし、だ…抱きしめたりとか」

「…したらいけないの?」

「!!」


 視界の端に映った顔に驚いて思わず向き直ってしまった。相手はしょんぼりと眉を下げ、あの時とは違う美しい光の入った水色の瞳を潤ませこちらをじっと見ている。図らずも目を合わせてしまったリリーナは、その甘える小動物のような視線に、何故か高鳴る心臓と強い罪悪感を抱えることになった。


「…ぎゅってするくらいはだめ?」


 潤んだ瞳で優しくねだられてしまうとなにかこう、なんでも許してしまいそうになる。可愛い、と言うよりはなにか子供を傷つけてしまったような罪悪感が良心を刺すのだ。


「…っ」


 ここで認めてしまっては相手の思う壺なんだろうとは思うのに、なぜか申し訳なさに負けそうになっている。沈黙の中で考え、リリーナが出した答えは、


「…だ、抱きしめるくらいなら、許してあげないこともないです」


 良心の呵責に負けた結果となった。


 ディードリヒはぱぁ、と表情を輝かせるとリリーナをぎゅっと抱きしめる。


「やったぁ! ありがとうリリーナ」

「た、たまに! たまにですわ!」


 顔を真っ赤にして反発するリリーナをディードリヒは大事に大事に抱きしめているが、その中で深く深呼吸をするように息を吸う音が聴こえ、すぐ寒気が背筋を通った。


「すぅー…はぁ…」


 ぞわりと悪寒が走り、咄嗟に相手と離れようとしたがしっかりとホールドされてしまい身動きが取れない。


「…リリーナ、あげた香水つけてくれたの?」

「なっ…だったらなんだと言うのです!」

「嬉しいなって…うちの石鹸の匂いを纏ったリリーナが僕のつけた香水をつけてくれてて、とってもよく合った良い香りがするんだ」

「ひぃっ!」

「瓶に入れて毎日、いやずっと嗅いでいたいよ…」


 ディードリヒの声は今日今までで一番弾んでいる。しかし同時にねっとりとした恐怖を感じてしまう。


「は、離れなさい! 私がさっき言ったことをもう忘れたんですの!?」

「んー? 忘れてないけど嫌だなぁ」

「お茶会やめますわよ!」

「そう言うとは思ったんだけど幸せで離れられないよ…もうちょっとだけ…」

 

「お こ と わ り で す わ ぁ !」



ディードリヒは決してっ!吸うのを!やめないっ!!!!!!!!



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