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訪問(2)

 

 ***

 

 翌々日。


 リリーナは護衛という名のミソラを連れ再びアンムート宅を目の前にしている。

 まるで何事もなかったかのようにドアを叩くと、ソフィアがすぐ対応してくれた。しかし彼女の顔には“本当に来たんだ…”という動揺が隠せない。


 一先ず中には入れてもらえたので、リリーナはいくつかの書類を持ち出した。それは一先ず伝えたいことを簡単に紙にまとめたもので、二人が識字を得ているかわからなかったので用意したもの。


「今日は少し細かい話をしにきましたの」

「はぁ…おにいは作業中なんであたしでよかったら話聞きますけど…」

「本当でして? 助かりますわ」


 そう言ってリリーナは出されたコーヒーに迷いなく口をつける。温かいコーヒーというのは彼女にとって少し新鮮だ。毒味をされていないものに手をつけるというのは勿論だが、そもそも普段は紅茶を口にすることが多い。


「実は今度、香水を専門で取り扱った店を出したいと考えていまして…その目玉として、お兄さんの香水を扱いたいのです」

「おにいのをですか?」

「えぇ、そのために正しく契約を結びたいと考えていまして…」


 そこでリリーナは持ってきた紙を指差す。幸いソフィアは簡単であれば文字の読み書きができたので話は早かった。


「それにしても、なんでおにいの香水なんですか?」


 話に一区切りついたあたりでソフィアが問う。


 心底不思議そうな彼女に対して、リリーナは一つの香水瓶を取り出した。

 これはリリーナの普段使っているお気に入り…の中でもディードリヒがプレゼントした瓶である。お守りのように持ち歩いていて、外出するときは片時も離さない。ディードリヒは知っているのか彼女にとって定かではないが。


「私、香水集めが趣味でして…これは故郷にいた頃から使っているお気に入りですわ」

「故郷?」

「えぇ、私はこの国の人間ではありませんから」

「そうだったんですか…ならもっと不思議です」


 不思議そうに香水瓶を眺めるソフィアに、リリーナは優しく微笑む。


「嗅いでみますか? この香水を」

「良いんですか?」

「是非。おすすめですから」


 リリーナはそういうと取り出したハンカチに香水を一拭きした。漂う香りを吸ったソフィアは、なにかはっと気づいたような顔をする。


「…なんか、たまにおにいが作るみたいなすっきりした香りがします」

「そうです。これはローズマリーが使われています」

「ローズマリー…うちでも育ててます」

「ですが実際の香水というものは、どうしても女性が好むものを中心に香りをデザインするものでですわ。華やかで、甘い…花の蜜を集めたような」

「これはそれには当てはまらないですよね?」

「そうですわね」

「確かにおにいはたまにこんな感じを作ります。あたしもこっちの方が好きです」

「それは良いことを聞きましたわ。お兄さんはこういったものを定期的に作るのですね」

「はい…あたしは香水って詳しくないけど、最近はこういうのが多いかも」

「それは助かりますわ」

「そういうものですか?」


 ソフィアはまた不思議そうな表情を隠さない。しかしリリーナが求めるのは甘い香りでないのだから当たり前だ。


「私花は好きなのですが、精油になるとハーブや柑橘の香りが好きですの」

「花が好きなのに、ですか?」

「えぇ。ですからこういったすっきりした香りを愛用しているのですが…正直これは珍しいもので、工房の方も売れ行きは良くないと言っていましたわ」


 だからリリーナは故郷にいた頃宣伝を手伝っていたことがある。廃盤寸前のものを交渉して宣伝まで漕ぎ着け、売れ行きがある程度回復したので長期的に扱ってもらえるようになった。


「あたしに人の好みまではわかんないけど…そういうものなんですね?」

「そういうものですわ。それがわかれば十分です」

「なるほどな…?」


 ソフィアは小首を傾げているが、実際人の好みなどそんなものである。他人が理解できると限らない故に、わからないのであれば割り切るのが最も良い。


「お兄さんの作られる香水はまだ一つしか買えていませんが…個人的には穏やかですっきりした香りが普段使いしやすく素敵なものでした」


 リリーナはコーヒーを一口飲み下す。


「ですが先ほども申した通り、こういったものは少ないですから、専門店をやるのであれば『香水』というものの幅を広げたいと考えたのです」

「そんな深いこと考えてるんですね…おにいは作ったものを放置するのも勿体無いって売ってて、それでよくケーキとか買ってくれます。でも、『何が良いのか』って具体的に言ってくれた人は初めてです」

「あらそうなんですの? 見る目のない輩ばかりですわね」


 感心するソフィアと驚くリリーナ。

 物の良し悪しもわからず職人に交渉するとは、そも何が目的なのかリリーナには理解できない。


「おにいはそういう…勧誘とか好きじゃなかったし、あたしもいい感じしなったんで断ってたんですけど、リリーナ様はなにか違うような気がします」

「そう言ってもらえると嬉しいですわ。お兄さんはまだ作業に時間がかかるかしら?」

「そうだと思います。一回の作業がいつも長いから」

「そうでしたの。では日を改めますわ、長い話をしたのに聞いてくださってありがとうございました」


 リリーナはそう言って微笑む。

 ソフィアは立ち上がるリリーナを少しばかり引き留めた。


「おにいには会っていかないんですか?」

「えぇ。私もレッスンの邪魔はされたくありませんもの」


 リリーナはそう残して玄関先に向かう。


「では今日は失礼します。また予定を確認次第お伺いしますわ」

「はぁ…今日聞いた話はとりあえずおにいには伝えておきます」

「よろしくお願いします」


 そうしてリリーナはミソラを連れ帰っていった。その後ろ姿を眺めるソフィアは、なんとも不思議だと感じている視線を送っている。


リリーナにもあれこれ考えがあるようです


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