意外といえば意外
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「よろしかったのですか?」
薄暗いあの部屋でミソラはディードリヒに問う。
ディードリヒは今日も写真を片手にミソラと目を合わせることはない。
「何が?」
「リリーナ様がディードリヒにお頼りになるのをお待ちになるとのことでしたので」
おそらくリリーナが受けていた嫌がらせの件を指しているのだろう。それ以外にも彼女がすぐにオーバーワークになる件も含まっているのだろうが。
「それね…有り体に言ったら『降参』ってやつだよ」
「…」
「リリーナは思っていたよりずっと人に弱みを見せられないんだろうね…。僕が出家でもしたら変わったかな?」
「それは…わかりかねます」
リリーナに心配してもらうために、いや弱さを見せてもらえるように、牧師にでもなったほうが良かったかもしれない、などとディードリヒは皮肉を言う。
「まぁ、そういうことだからこれ以上は待てなかった、ってだけ。嘘をつけば道化になれるわけじゃないしね」
「私は…一昨日のリリーナ様には少しばかり安心しました。緊張のほぐれたご様子は随分と久しぶりでございましたので」
やはりディードリヒの行うめちゃくちゃな行動が、リリーナの緊張をほぐし本来の彼女を引き摺り出すのかもしれない。ディードリヒの前が一番、彼女は泣き、笑い、怒り、弱みを見せる。
「そういう役回りはいつだって僕でありたいところだよ。いつまでだって、何があったって、リリーナの唯一は僕だ」
「…」
「そんな顔しなくたって、リリーナのやりたいことを優先するのは変わらないよ。例外がなければね」
「例外、ですか」
「正直母上の言ったことも、それこそ新しい侍女なんていらないと思うんだけどね。あまりこちらに踏み込む人間は増やしたくないし」
「…やはり珍しいですね、変わらずですか」
正直、ミソラはすぐにでも耐えられなくなるだろうと考えていた。それがここまで保つとは。
「打算だよ。短い破滅は魅力的だけど、彼女が望むのは永い永遠だから」
そこでディードリヒは一つ深呼吸をする。
「リリーナがどうあったら僕を長く見てくれるかでしかない」
「…」
「…滑稽だろ。僕はリリーナが人形でも愛してるのに、何してるんだろうね」
ディードリヒの瞳は少しずつ濁っていく。虚の中で絶望していく彼が考えていることなど、いつだって愛しい女のことだ。
「それはディードリヒ様が一番おわかりなのでは?」
「…何が言いたい」
光のない瞳はミソラの凜とした顔を睨みつける。しかし彼女がそれに反応することはない。
「リリーナ様の美しさは、彼の方が飛び立つことでしか現れないと」
「…」
「違いますか?」
ミソラの言葉にディードリヒは一つため息を落とす。
「…そうだ。悲しいほどに、その姿こそ彼女は最も美しい」
ミソラは応えなかった。
少しの沈黙があって、ディードリヒが口を開く。
「…今日は帰っていいよ。リリーナとのお茶会が復活するとところまで漕ぎ着けたわけだから、会う機会も増える」
「かしこまりました、失礼致します」
ミソラは音もなく影に消えていった。
「…」
ディードリヒは、一枚の写真を手に取る。
写真に映るリリーナは凜とした横顔で歩を進める最中であった。
そして彼はそっとその写真を机に置いて、祈るように泣きそうな自分を抑える。
「リリーナ…どこにもいかないで」
張り詰めた声を、彼女に知られたくはない。
知られてしまったら、もう抑えきれないから。
リリーナはミソラとの関係を“ビジネスライク”と感じていると以前書きましたが、本当にビジネスライクなのはこの二人です
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