お茶会日和
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お茶会日和、といった具合の暖かな日差しの中、大きなテラス付きの部屋でお茶会は始まった。
「本日はお越しくださいましてありがとうございます、ルーベンシュタイン様」
そうドレスの裾を広げるのはファリカ・アンベル伯爵令嬢である。リリーナもそれに従って軽い挨拶で返した。
「こちらこそ、お呼びに預かり光栄ですわ」
そうして二人で席に着くと、まずはファリカが切り出す。
「お願いが、あるのですけれど」
「なんでしょう?」
「私、実は畏まった場が苦手でして…リリーナ様さえよろしければもう少しフランクに接していただけると助かるのですが」
なんて、ファリカは少し困った様子でこちらに言う。高位貴族と接することのほうが多かったリリーナにとっては初めての経験なので、どう返すのが正しいのか少し考えてしまった。
「フランクに…と言いますと慣れていなくて、うまくお返事ができないのですが」
「高位の貴族様に言うのも失礼なのですが、私はリリーナ様とお友達になれたらと思っています。なのでこう…対等などとは失礼ですが、リリーナ様がよろしければ」
「ふむ…」
ようは敬語ではなく崩した口調で話したいと言うことだろうか。普段の場であれば許されないだろうが、ここでは二人きり。そういったフランクな付き合いをするのはディードリヒくらいなので、少し考えてみると興味が湧いた。
「わかりました、構いません。ただ私はこの話し方が板についてしまっているので変えることが難しいのですが、それでもよろしいかしら」
「構いません。では私のことはファリカとお呼びください」
「えぇ、わかりました…ファリカさん。よければ私のこともリリーナと」
名前で呼び合うということは、リリーナはファリカが友人であることを認めたことになる。主に図書館でたくさん世話になったのが大きな要因だが、それでも“さん”がついてしまったのは、リリーナがこういったことに慣れていないのと、相手の方が爵位が低い故であった。
「はぁ〜、よかった。堅苦しいの苦手なのよね」
早速言葉を崩したファリカに、リリーナは新鮮味を感じる。平民や農民の間ではこういったことが当たり前だというが、リリーナにとってはやはり身近とは言い難い。
「リリーナ様が寛容な方でたすかったわ。あぁでも、表ではちゃんとするから心配しないでね」
こんな話し方は互いを対等と思わなければできないだろう。普通なら爵位の関係上不敬罪ものだが、ファリカにはそう感じさせない空気感のようなものがあった。
「ファリカさんはすごいですわね…」
「? 胆力の話?」
「いえ、それもですが…とても親しみやすい雰囲気ですわ」
「そういってもらえると嬉しいわ。仲良くしてね、リリーナ様」
「はい、是非に」
なんて短い会話を、ハーブティーを楽しみながら交わしていく。そこでファリカが音もなくカップをソーサーに置いて言った。
「早速本題に入りたいんだけど」
「?」
「私を貴女の侍女にして欲しいのよ」
「!?」
正直言って急な話だと驚く。
確かに現状リリーナの侍女は一人、ミソラのみだ。本来高位の令嬢であればあるだけ侍女を抱えるもので、平均は三人から四人とされる。
なぜ侍女を増やさなかったのかと言われれば、単純にリリーナがこの国に来て日が浅いというのと、信用にたる人物が見つかっていなかったというのが主な理由だ。
「私、貴女のこと気に入ったの、なんて言うと上から目線だけど…この間も言ったけど外国からぽんとやってきたお嬢さんって聞いてたからあまりいい印象かなくて」
「はぁ…」
「でも真面目で真摯な人みたいだから、もっと貴女を知りたくなったの」
「そのようなことはないと思いますが…」
リリーナとしてはあの程度当たり前なのだが、やはり実際のところは超がつく真面目人間である。そうでなければあのように完璧な礼節や教養は身につかない。
「私はそう思う。この間は意地悪してごめんなさいね」
そう言うファリカは申し訳なさそうな態度だ。おそらく彼女が言いたいのはディアナの主催した中規模のお茶会のことだろう。
おそらくだが、ここまでのあの視線もリリーナにいい印象がなかった故に観察していた、と考えれば納得もできる。
「それはもう過ぎたことですから…ですが急に侍女になろうなどと決めるには理由が、いいのでしょうか?」
「私にとってはこの期間だけで十分だけどね? 初めてあった時のカーテシーは芸術のようだったわ」
「ありがとうございます」
「でもそうね、私からの何か…メリットを出して信用して欲しいわ」
そう言うと少し考える仕草をとるファリカ。それを眺めて待っていると、何か閃いたのか彼女の視線がこちらに戻る。
「そうね、出してあげるならいくつかあるけど…リリーナ様は何かお店を出したいの?」
おそらく図書館で調べていたことの内容を指しているのだろう。図書館で数日調べていたのは全て店舗を構え運営するにおいての法律や資格に関してであった。
「えぇ、香水の販売店をと思いまして…まだ商品を作ってくださる工房や、店舗のテナントすら探しているような状況なのですが」
「なるほどね。なら私もお手伝いできると思う」
「?」
「うちはお父様が街の商会で理事をやってるの。テナントの立地なんかは融通を利かせてあげられると思うわ。その代わり商会に所属してもらうことになるけど…」
「ふむ…」
いい条件だと言っていい。
まだ何も進んでいないとはいえ、いざ場所が必要になった際に頼れる場所があるのはとてもありがたいものである。
「後はそうね…私なら、ヒルド様との縁を繋げてあげられると思うわ」
「!」
「私自身がヒルド様の派閥にいるわけじゃないんだけど、何度か主催されているお茶会に参加したことがあるの。ご縁はできてるから、声をかけたら反応してくださると思うわ」
「…」
正直これは運がいいとしか言いようがない。
ヒルドのことはずっと気になっていた。転がり込んだディードリヒの婚約者に恨み言のひとつ言わず、むしろ真摯に対応してくれた…その真意が気になる。
その上で、こちらから声をかけることで彼女の派閥には下っていないという意思表示ができると思うと、さらに話としては旨みがつよい。
そも国が違うのであろうが自分の立場は自分で作っていかなければいけないのだ。今はディアナの派閥に入って庇護されているようなものだが、やがてそれも通用しなくなっていくだろう。独立は少しでも早い方がいい。
「どうかしら? 少しは旨みがあると思うんだけど」
「えぇ、確かに素敵なお申し出ですわ…」
そう少し言葉を濁して、リリーナは連れてきていたミソラに視線を送った。ミソラはリリーナのすぐ横に待機しているが、リリーナから向けられた視線にすぐ目を伏せて応え、そして何事もなかったかのように戻す。
リリーナはもう一拍考え、答えを出した。
「いいでしょう。“約束が果たされ次第”侍女としての役割をお願いしますわ」
その一言に、ファリカは表情を明るくする。
「本当? よかったぁ。久々に緊張しちゃった、約束は守るわ」
「えぇ、お願いします」
笑顔を向けるファリカにリリーナは手を差し出した。繋ぎあった手にはこれからの良好な関係を期待させる。
「そうですわ。商売に関係してらっしゃるのでしたら一つ聞きたいことがあるのですけれど…」
「なんでも訊いて!」
「『アンムート』という香水職人を探していますの。なにかご存知ないかしら?」
リリーナの質問に、ファリカは少しばかり驚いた表情を見せた。
「アンムート? また珍しい名前を知ってるのね」
「やはりそうなのですか?」
「確かに香水職人だけど個人でやってて、あんまり商品数も多くない人だから。知ってる人の方が少ないんじゃないかしら」
「そうなのですね…」
「工房も農民が住んでいる辺りの少し入り組んだところにあるけど…少し前にお父様と仕事の関係で行ったから場所ならわかるわよ」
「本当ですの!? アポイントは取れるかしら?」
「お父様の名前を使ったら大丈夫だと思うけど…」
「でしたら是非お願いしたいんですの!」
リリーナの真剣な表情に、ファリカは少しばかり気圧されつつも頷く。
「やれるだけやってみるわ。何かあればすぐ連絡する」
「ありがとうございます」
***
お茶会はその後他愛無い話をいくつかして解散になった。一日の予定をこなしたリリーナは、身支度を整えベッドの上で今日の出来事を逡巡する。
リリーナがファリカとの約束を承諾したのは、もちろん提示条件に利点が多かったからでもあるが、何より害のない人物であるということが分かったからであった。
そもそもディアナ主催の中規模なお茶会の段階で、それぞれがリリーナに危険を及ぼさないか調査されている。そうでなくてはディードリヒは参加を許可しない。
その上で、図書館でファリカに会った際も改めてお茶会が決まった以上、さらに詳細に調べられていたのであろうとリリーナが考えるのは容易かった。というか、リリーナはそういった側面でディードリヒとミソラを信用している。
今日のお茶会でリリーナが一瞬ミソラを見たのは、ミソラが大きな反応をするようなら断るつもりであったからだ。しかしミソラは大きな反応を見せず、そっと目を閉じるに留めたのでリリーナの判断は確信に至ったのである。
侍女に値する人間は探していた上で、ディードリヒには悪いがファリカは彼の遠縁であると考えると安易に殺害や何かもできないだろう。今日は運がいい。
互いに利益がある関係というのは崩れにくい上、探していた香水職人の話もできたので今日は充実した日々となった。
これから先だ、本格的に忙しくなるのは。そう思いながら目を閉じる。
こんな時ばかりディードリヒは隣にいない。その熱が欲しいと思う瞬間が生まれてしまったのは少し悔しいが、傍らに寂しい寒さを感じた。
いい意味で緊張感のないキャラ、ファリカ
リリーナにとって新しい刺激になるといいのですが
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