一人ではなくなってしまったから(3)
「それに思考を見透かすようなことはしないでくださいませ。まぁまぁ気持ち悪いですわ」
「僕がリリーナの考えてることわからないと思う?」
「他人に頭の中を言い当てられて気持ちがいいわけないでしょう!」
「僕はリリーナに頭の中の何を見られても幸せだよ! あんなこともこんなこともね!」
喜ばしく両手を広げるディードリヒにリリーナは上体を退かせ眉間に皺を寄せた。
「それは見てはいけないものが含まれているのでなくて!?」
「大丈夫だよ。全部リリーナのことだから」
「ひぃ! 死んでもお断りですわ!」
絶対に見たくないものまで含まれているに違いない、そう考えないでいられないので絶対にやめてほしいとリリーナは相手からさらに退く。
「えー」
「なんですかその不服な態度は!」
「僕はリリーナにありのままの僕を知って欲しいだけなのに…」
「これだけだだ漏れで何を言っていますの!?」
「やだなぁ、こんなの序の口だよ」
「…!?」
思わぬ回答に戦慄を隠せない。
「リリーナとしたいことも、して欲しいことも、してあげたいことも、共有したいことだってまだまだあるのに」
「ひぇ…」
ディードリヒがそう話す中身は一体なんなのか、想像もつかないリリーナは動揺を隠すことができなかった。
「だってリリーナは僕のリリーナだもんね?」
「急にお断りしたくなってきましたわ…」
「なんで!?」
急に顔が真っ青になるディードリヒ。それに対してリリーナはやや眉間に皺を刻みつつ答える。
「冗談ですわ。ただ実行するにしても手加減はしてくださいませ」
「じゃあリリーナも怖くなるような嘘つかないでよ…」
「それは自業自得でなくて?」
「えぇ!? 溢れるくらいリリーナを愛してるのに!?」
「それが問題だと言うのです!」
どうしてこうディードリヒの言うところの“愛情表現”とは過激なのか、そう考えつつリリーナは軽い咳払いで空気を整えてから話題を切り替えた。
「そんなことより、です」
「そんなことより…」
「嫌がらせの件に戻りますけれど、犯人は今どのような状況なのですか?」
「とりあえず今は城への出入りを禁止してるよ。親にも伝えてある。最低でも減俸だってね」
「ではそれで結構ですわ。オイレンブルグ様との関係は調べがついてますの?」
「ないみたいだ。調べてみたけどそもそも彼女の派閥に所属してる令嬢ですらなかった」
「そんなところであろうとは途中から予想していましたが、その通りでしたわね…小物に用はありません。この話は終わりましょう」
「納得いかないなぁ」
「被害者は私ですわ。私が終わりといえば終わりです」
リリーナはもうすんとした態度でそこにいる。
「じゃあ親の減俸くらいにしておくよ…」
「それは助かりますわ。私に手を出すと何かしらの面倒があるとは思っていただかなくては」
「この程度じゃ何もないと思うけど。殺人未遂に関してはそれこそこの対応じゃ納得できないし」
「ではそこに関しては賠償としましょう」
「そんなの示談と変わらないじゃないか」
「いいんですのよ、最初はこんな程度で。何も事を大きくすることだけが解決ではありませんから」
「…わかったよ」
渋々、といった様子でディードリヒはこの話から退いた。ただ彼の中にあるのは、間者を通したとしてもリリーナに次に手を出したらどうなるか…きちんと話し合わなくてはいけないということ。
次を起こさせる気などない。
「全く…」
リリーナはそう言うと項垂れた様子でため息をつく。
「貴方と話しているとなんだかもういろんなことがどうでもよくなってきますわ…」
「そう?」
「貴方のとんでもない発言に対処していると、個人の悩み事など小さく思えてきます」
「少しは元気でた…ってこと?」
ディードリヒの問いにリリーナは少し考え…そして小さく微笑む。
「そうかもしれませんわね。貴方のことでいっぱいになるのですから」
「リリーナ…!」
その小さな笑みにディードリヒが喜びを通り越して感動していると、リリーナは拳を握り立ち上がった。
「さぁ、そうとくればまずは香水販売店の準備からですわ!」
「待ってリリーナ!? それは無視していいって…」
動揺するディードリヒにリリーナは視線を向ける。
「そのようなわけにはいきません。王妃様よりかけられた期待に応えたいのです。必ずやことはなさねばいけません」
「無理することないよ。母上はあれで気まぐれなところがあるし…」
「ここまでしっかり法律は覚えています。活かしたいという気持ちもあるのです」
「まだ花嫁修行だって残ってるんでしょ? 人付き合いだってしてほしくないし…何よりまた疲れちゃうよ」
懸念の尽きないディードリヒに、リリーナは不敵な笑みを見せた。その表情に彼が疑問を抱いていると、彼女は思いを逡巡していく。
「私、負けたくない相手がいますの」
「負けたくない、相手?」
「えぇ、その人とは毎日会えるわけではありません。ですがとても真面目で、常にやるべきことを真摯に行なっています」
「それって、僕以外になにか思う人がいるってこと…? リリーナは僕とそいつどっちがいいの?」
ディードリヒの顔色が段々と青くなっていく。それでも彼女は続けた。
「それは言えません。おまじないのようなものです」
「それじゃ、だって」
「貴方が心配するような相手ではありませんわ。ただ、そうですわね…誰かおわかりになったら貴方は喜んでくださるのではないかしら」
「どういうこと? 僕が…?」
「ふふ、そこは頑張って考えてくださいませ」
リリーナは嬉しそうにそう言うが、ディードリヒには思い当たる節などなく思考が渦を巻いている。しかし意外と答えは彼女のすぐ近くにあるのだが、果たして彼が気づく日は来るのだろうか。
「ささ、わかったなら今日は部屋を出てくださいませ」
リリーナは立ち上がったままディードリヒの袖を引く。
「えぇ、もう!?」
「そんなに驚いても、それなりに時間は経っていますのよ」
「や、やだ…! あとちょっとだけ、リリーナを膝上で抱きしめるだけでいいから…!」
「そうやってだらだらこの部屋にいる気でしょう、お断りですわ」
しかし駄々をこねるディードリヒもそれなりに成長した青年である。リリーナの力程度で動かせるわけもなく、彼女はドアに向かって叫んだ。
「ミソラ! そこにいるのでしょうミソラ! 早く助けなさい!」
リリーナの声にすかさず部屋のドアが開く。そこには頭を下げるミソラの姿があった。
「お呼びでしょうかリリーナ様」
「このどうしようもない人を部屋から出してくださる? 私まだやることがありますの」
「了解しました」
ミソラはそう言うとリリーナが引いていたディードリヒの袖を代わりに掴んでぐっと手前に引く。とても女性とは思えないその力にリリーナが感心していると、ミソラはディードリヒの服の首根っこを掴んで部屋から引き摺り出した。
「ミソラお前! 僕の家のメイドだろう!」
「今はリリーナ様の侍女ですので」
「不敬罪でクビにするぞ本当!」
「私以上にリリーナ様をお守りできるのであればどうぞ」
そんなやりとりの中二人はドアの向こうへ消えていく。リリーナはそれをただ眺めていた。
***
ミソラが帰ってくると、同時に紅茶が用意されていてリリーナは感謝を伝える。意識していたわけでもなく結構な時間話し込んでいたので喉が少し掠れていた。
「何か手紙が届いたりはしている?」
紅茶を飲み下しながらのリリーナの問いに、ミソラは一通の封筒を差し出す。
「アンベル伯爵令嬢よりお預かりしています」
「もらえるかしら」
「はい」
ミソラから封筒を受け取って中身を確認すると、案の定お茶会の日取りに関する内容が記載されていた。日時は思っていたより近く、返事を待っている旨で締められている。
「この日は大した予定もなかったと思うのだけど」
ファリカが何かを知っていてこの日時に指定したのかはわからないが、この日に指定してきてくれたのはありがたい。
「はい、特に組まれてはございません」
「では参加で返事をするわ。紙とペンを」
「かしこまりました」
珍しくしおらしかったリリーナの回
嫌がらせの件は掘り下げてもしょうがないのでさらっとしました
リリーナが負けたくない相手って誰でしょうね?
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