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一人ではなくなってしまったから(2)

 

 ***

 

 リリーナはぽつりぽつりと話し始める。


 しかしそれはいつもの彼女からは想像できないほどまとまりがなく、こういった弱みを見せるようなことに慣れていないのが伝わってきた。


 アウェーと言っていいこの国で、どうやって自分の立場を作り上げていくか。

 ドレスが裂かれるなどの嫌がらせを受けたこと。

 ディアナから言われた香水店の話。


 積み重なった疲れを一つずつ。

 ディードリヒはリリーナと手を繋いだまま、その一つ一つを黙って聴いて、最後に彼女の頭を優しく撫でた。


「こっちにきてから、もうそんなに頑張ってたんだね」


 そう言って彼は彼女の額にキスを落とす。


「そりゃあ疲れちゃうよ。我慢させてごめんね」

「そんな…ことは」


 嬉しいと感じたのに、素直に言えなかった。ただできたのは、繋がれた手をぎゅっと握るくらいのこと。


「でも、ミソラから聞いていたのでしょう、どうせ」

「まぁ、少しはね。でもリリーナがどう辛いかとか、どこが辛かったのかまではわからないから」

「…そういうものですの?」

「リリーナにしかわからないことはたくさんあるんだよ」


 そう言ってディードリヒはまた微笑んだ。


「そうだと、いいのですが」

「そうだよ。人の心は見えないでしょ?」

「…はい」


 微笑むディードリヒはいつもと違ってとても慈しむような動きで彼女に触れる。リリーナはそれが気恥ずかしいような、温かいような…心に広がるものをうまく言葉にできなかった。


「とりあえず」

「?」

「母上の件は無視していいよ。多分母上なりに気を使ったんだと思うんだけど…辛いことまで抱え込むことなんてない」

「それは…」

「それから、立場なんて気にしなくていい。リリーナは僕だけ見てくれたらいいんだから。僕しかいらないでしょ? ね?」

「それが違うと言うことは、わかりました」

「…強情なリリーナも好きだよ」


 その言葉にリリーナが答えずにいると、ディードリヒは「ちぇ」と言いながら軽く肩をすくめる。


「最後…嫌がらせの件は僕が首を捻り切っておくから安心して。君の言う通り、この城で僕に見えないところはないから」

「捻り切っ…それはやりすぎです! 安易に人を殺さないでくださいませ!」


 ディードリヒの目は本気だったと言っていい。そのせいでリリーナは慌てて表情を変える。


 王族だからと言って我儘を言っていいわけはないのだ。むしろ王族であるからこそやることは選ばなくては。


「リリーナは優しいなぁ。じゃあ痛くないようにギロチンにしよう」

「先程と同じではありませんかこのお馬鹿!」


 放ってから、とうとう強い言葉を使ってしまったと反省した。強く短絡的な言葉は優雅さがないし人を傷つけやすい。


「だめなの?」

「駄目です」

「なんで?」

「人としての倫理の問題ですわ!」


 あまりにも言葉が届いてなかったので反省したことを後悔した。お馬鹿くらいならいいかもしれないと思ってしまう。


「リリーナに嫌がらせをしたんだよ?」

「『罪を憎んで人を憎まず』ですわ。行いと人間は区別するべきです。特に人の上に立つならば」

「えー…」


 ディードリヒに納得した様子はかけらほどもない。


「そんな顔をしても駄目です! そのような手段に出てごらんなさい、二度とこのような話はしませんわ!」

「!!!」


 リリーナの怒りを目の当たりにしたディードリヒは雷が落ちたような顔をして、そのすぐ後に萎れた犬のような様子に変わった。


「……わかった」

「まったく、わかればいいのです」


 呆れたため息しか出ない。発想が極端なのだろうが、簡単に人を殺されるのはごめんだ。


「じゃあどうしようかな…縛り上げて二時間吊るす、とか?」

「もっと平和的な解決法は存在しないんですの…?」

「えぇ…そうなると親の減俸くらいしか思いつかないかな…」

「最初からそれでいいではありませんか…」


 ディードリヒはリリーナが絡むと途端に暴力的になるのかもしれない。


「まぁ、犯人の目星なんてついてるけどね」

「あら、そうなんですの?」

「ヒルド派の誰かじゃないかなぁ。彼女の家からは『婚約したい』ってアピール凄かったし」


 などとあっけらかんに言うディードリヒに対して、リリーナは何か違和感を感じた。


「どうかした?」


 それが顔に出てしまったのか、彼は不思議そうに問うてきて冷静さを欠いていたかと少し反省する。


「いえ…本当に彼女が関わっているのでしょうか」

「どうしてそう思うの?」

「オイレンブルグ様とはまだ一度しかお会いしたことがありませんが、私と似たものを感じました。もしその感覚が本当なら、彼女は関わりがないと思うのです」


 ヒルドが自分で行っていたならはなしは別だが、少なくとも取り巻きに指示を出したり、そういった愚行に出るようなことはしないだろう。


 他家まで巻き込むのは話がややこしくなりやすく誤魔化しが効きづらい。それでいて巻き込まれた令嬢が自分のせいで評判を落としてしまう。そのリスクを冒してまでやることではないと判断したゆえにリリーナは自分の手を汚したのだ。


 その上で、ヒルドがそのようなことをするとも思えない。


「オイレンブルグ様はなんというか…私に持っていないものを持っているようにも思いました」


 ディアナ主催のお茶会に呼ばれた時、二人の令嬢に嫌味を言われはしたが、それを止めたのは他でもないヒルドであった。さらに彼女自身は何も悪くないのに謝罪をしてきたことを考えても、とてもそのような愚行に走る人間にも思えない。


「一回会っただけでわかるものなの?」

「絶対とは言えません。そのような印象の方であった、と言う話です」

「印象の話ならまぁ、わかるかな」


 人と話す機会の多い職務である上、他人を見定めなければいけない環境に生きていると、自然と第一印象で自分に害があるかはわかったりするものである。思い当たるふしがあるゆえに、リリーナの言うことは納得できた。


「だからこそ、真相を明らかにしなければいけないと思うのですが…」

「?」

「貴方、私を試しましたわね」

「なんのこと?」

「『この城に見えないところはない』そう言ったのは貴方ですわ。もう答えなど出ているのではなくて?」

「さすがリリーナ! 僕の言ったこと覚えていてくれたんだね!」

「…」


 騙された苛立ちに返ってきたいい笑顔の苛立ちが重なったのでとりあえずリリーナは相手の頬を思いっきりつねった。


「いひゃい!」


 すぐ解放したが、その代わりにできうる限りの力を込め冷ややかな視線を送る。


「…実際一週間ほどは嫌がらせが続きましたが、それ以降は見かけていません。何か意図があるのかと思っていましたが、今思えば杞憂でした」


 それでもつねられた頬をさすりながらディードリヒはにこにこと笑う。


「まぁ最初は、最初はね? 困ったリリーナが助けを求めてくれないかなって思ったんだけど」


 随分といい趣味だとリリーナは感じた。実際嫌がらせそのものは、ドレスを裂かれたり楽譜を抜かれたり妙な噂を流されたりと大したことないものが多かったが、一度だけ危ないことが。


 頭上から鉢植えが落ちてきたのである。咄嗟の判断でミソラが腕を引いてくれたおかげでことなきを得たが、よく考えてみたら嫌がらせが見られなくなったのもその辺りだ。


「リリーナはやっぱりなんでもこなせちゃうし、度を越し始めたから捕まえちゃった」


 ディードリヒの笑顔に影が刺す。まぁそうもなるだろうとリリーナはただただ納得していた。

 よく考えれば、最初こそ嫌がらせの件はミソラに口封じをしたものの、鉢植えが落ちてくるより以前にはもう見ていたのだろう。我ながら滑稽なほどから回っている。


「貴方、やはり私を試しましたわね?」

「そんなことないよ。謎解きをしてるリリーナも可愛いなって思っただけで」

「…」


(もう一回頬をつねろうかしら)


 なんとも緊張感のない…というか人を煽ってくるような発言に苛立ちを隠せない。


「だってわかってたから」

「なにをです?」

「リリーナは必ず答えに辿り着くし、間違いは犯さないって」

「!」

「僕の気高いリリーナだもん。そうでしょ?」


 ディードリヒの顔は得意げである。自分のことでもないくせに、と思いつつもそこについてリリーナは何も言わなかった。


「ならわざわざ試すような真似はしないで欲しいですわ」

「そこはほら、さっき言った通りだよ」

「全く貴方と言う人は…」


 自分は何度この男に呆れかえればいいのだろう、そう考えてしまうと頭を抱える。


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