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そんな無茶な

 

 

 ********

 

 

 翌朝のこと。

 今日は婚約発表のパーティで披露されるダンスのレッスンが、ある予定だった。


「…」


 そんな中、自室とは別の部屋に保管されていたドレスが裂かれているのを見て、リリーナは“とうとう来たか”と覚悟を決める。


 しかし裂かれていたドレスは今日使おうと決めていた一枚であったため、急遽別のドレスでレッスンに参加した。


 そしてさらに翌々日。

 リリーナのヴァイオリンの腕に興味を持った貴族の数名がぜひ実力を見せてほしいと話を受けていたので、その準備をしていた時。

 用意していた楽譜がないことに気づいた。


 楽譜はヴァイオリンのケースと共に置かれていたので早々無くすということもない。それでもないということは、誰かが持ち去ったと考えていいだろう。


 しかしリリーナはそこになんの感情も抱くことはなかった。


 そして何事もなかったように演奏会へ出席し、楽譜のないまま発表予定の楽曲を弾き切ったのである。


 それでも一先ず起きたことはミソラとだけ共有した。様子見をしたかったのでディードリヒにはいわないよう口止めをして。

 

 ***

 

 疑念はあっても日々は巡る。


 今日はディアナとリリーナ、二人だけのお茶会が開かれていた。

 専用にセッティングされた部屋には数名の使用人とそれぞれの侍女が二人の周りに立っている。


「リリーナさん、最近はどうかしら? レッスンで体を壊したりはしていない?」

「いえ、おかげさまで健やかに過ごしております。お気遣い痛み入りますわ」


 ありきたりと言ってしまえばそう、という会話。ディアナはリリーナに対していつもにこやかだ。基本的には誰に対してもそうなのだが、時折家族には不機嫌な姿も見せるらしい。

 用意された紅茶や茶菓子を楽しみながら何気ない会話は花咲く。


「そういえば、訊きたいことがあったのだけど」

「如何なさいましたか?」

「リリーナさんはこの国に来てやりたいこととかはある?」

「やりたいこと…?」

「そうよ。個人の大切な時間だもの。ハイマン様みたいに運動をしたり、私みたいにドレスブランドを運営するのもいいわね」


 ディアナの言葉にリリーナはすぐ返せなかった。正直驚いてしまっている。やりたいこと、と一口に言われても考えたことなどなかった。


「何かない? やりたいこと。好きなことでもいいと思うわ」

「ええと…」


 言われて一応考えてみる。

 やりたことを意識して生きてきていないというか、ここに来ても故郷と同じ感覚でいてしまいかけていたと慌てて思い出す。

 城に来てやりたいことをした記憶など、デートの時しか思い浮かばない。


 ただ、好きなことならいくつか。


「やりたいことは、すぐには…というところなのですが、花を眺めたり香水を集めるのが趣味ですわ」

「まぁ、素敵ね! パンドラは香水が豊富なの?」

「そういうわけでもないと思うのですが…海外から商人が来た時などもよく買っていました」

「とても好きなのね。素敵な趣味だと思うわ」

「ありがとう存じます」


 と、そこでディアナは少し考え、何か閃いたのか表情を明るくする。


「そうだわ、香水のお店を作ってみるのはどうかしら?」

「!?」

「リリーナさんなら素敵なお店が作れると思うの!」

「お、お言葉は大変嬉しいですが、私はまだ正式にこの国へ籍を移せているわけではありませんし…」


 思わぬ言葉に狼狽えてしまう。

 まだリリーナはあくまで“国賓”…つまりただの客人であり、商人でもない以上自由に店を構えることなどできない。


「いいのよ、私が許可します。もちろん必要なら書類は用意するから遠慮なく言ってね」

「い、いえ王妃様、そのようなわけには」

「ディビがこんなに夢中になる方だもの、きっと神のご加護があるわ」

「王妃様…!」


 ご機嫌に言葉を弾ませるディアナにリリーナの声は届かなそうだ。強引に話が進んでしまってもう空気は完全にリリーナが店を建てることになっている。


 どうしたものかと考えていると、使用人の一人がディアナに近づいた。使用人は持ち出した懐中時計を見ながらディアナに耳打ちすると、彼女はつまらなそうに表情を変える。


「もうそんな時間なの?」


 それからディアナは申し訳なさそうにリリーナをみる。


「ごめんなさいねリリーナさん。もう行かないといけないみたい」

「いえ、お気になさらないでください。楽しいお茶会でございました」

「ありがとう。もしよかったらこれを受け取ってくれる?」


 そう言ったディアナは一人の使用人を呼んだ。使用人は大きな白百合の花束を持っており、それをディアナに渡すと、ディアナ直々にリリーナへ渡される。


「まぁ、素敵な花束…!」

「深い意味があるわけじゃないのだけど、リリーナさんはお花がお好きと聞いたから用意してみたの」

「ありがとう存じます、王妃様。部屋で大切に飾らせていただきますわ」


 リリーナは花束の香りを楽しみ、近くに連れていたミソラに預けた。それから他の使用人を一人呼ぶと、装飾された小箱を一つ受け取る。


「私からもささやかですがお渡ししたいものがございますの」


 そう言ってリリーナはディアナへ小箱を一つ渡した。


「リリーナさんから? 嬉しいわ、開けてもいいかしら?」

「是非。喜んでいただけると嬉しいですわ」


 ディアナはそっと小箱にかけられたリボンを外して中を開ける。そして中に入っていたものを手に取った。


「これは…香水かしら?」

「はい。故郷で贔屓にしていた工房のものを取り寄せたものですわ。よろしければお受け取りくださいませ」


 中に入っていたのはリリーナが愛用している香水を作っている工房で作られた香水。リリーナが使っているものと違って甘い薔薇の香りがするもの。


「綺麗な瓶…今から使うのが楽しみだわ、ありがとう!」

「いえ、こちらこそ素敵な花束をいただいてしまって…」

「歓迎の印だと思って受け取って。大変なこともあると思うけど頑張ってね」

「はい、ありがとう存じます」


 こうしてディアナは香水を手に持ったまま去っていった。去り際「香水のお店、楽しみにしてるわね」と念を押されたので向こうは本気のようだとわかってしまい頭が痛い。


 おそらくディアナはリリーナが受けている嫌がらせをわかっているのではないかと感じた。もちろんディードリヒのような手段は使っていないだろうが、噂などいくらでも出回る。


 しかしこの国に来てまだ自分の立場は固まっていない。顔が知られているにしてもあくまで“王太子の婚約者”としての顔のみだが、ここまで期待をかけられては何かと行動せざるを得なくなってしまった。


 カップに残っていた紅茶を飲み干して席を立ち上がる。大きくため息をつきたい気持ちをこらえて、ミソラに貰った花を部屋に飾ってほしいと指示してから次の予定をこなすため部屋を出た。


王妃様は善意なんですよ

ただ思い出して下さい、幼少期の彼のドレスを選んだのは誰かということを


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