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彼女の見れない日常

 

 

 ********

 

 

 フレーメン城にはいくつもの隠し部屋がある。

 それは王族に何かあった時のための避難所や隠し倉庫だ。


 そんな部屋の一角、ディードリヒの部屋につけられたからくりを解くことで入れる一室に、男女が一組。


「こちらが本日のフィルムになります」


 そう言って持っていた写真機のフィルムをいくつも机に置いたのはミソラ。十個はありそうなフィルムを座っていた椅子から振り向いて確認したディードリヒはニヤリと笑う。


「あぁ、ありがとう」


 彼は少しご機嫌だ。とは言ってもこの瞬間はいつもこの様子とも言う。彼は受け取ったフィルムをてずから現像するのが趣味である故だろう、期待が膨らんでいるのかもしれない。


「いやぁ、城に帰るのは必ずしも悪手とは言い難かったんだね。リリーナがいくらこの城の作りを覚えたとしても、やっぱりこっちが一枚上手だし」

「…」


 ミソラが答えることはない。

 正直、自分に目的が…リリーナの姿を知ってもらうことで彼女に何か、自分にできないことをしてほしいという目的がなければ、いつまでこんなことを続けるのかと問いたいほどだ。二人はもう結ばれているというのに。


 だが今はそんなことより、と考える。


「リリーナが心配?」

「…はい」


 ディードリヒはすでに現像された写真を眺めながら言う。


「私では、リリーナ様の仮面を崩すことはできませんでした」

「そうでなくちゃ困っちゃうな」

「…」


 ディードリヒの中で、自分の利益を優先するのと、リリーナへの思いはいつも混同している。そういう男なのだが、リリーナが関わると安易に他人を否定するのはいかがなものかと思わなくもない。


「でも僕も同意見だよ。如何に彼女が美しいとしても、もうあんな無理はしてほしくない」

「無理をなさらないでほしいと言う点では、私もそう思います」

「いつどんな姿でもリリーナは素敵だけど…それだけじゃだめだ」

「でしたら、ディードリヒ様のご忠告であれば聞き入れてくださるのではないでしょうか」


 そこでディードリヒはため息をつく。


「本当はリリーナ本人に気付いて、それでこっちに言ってほしいんだ。でも思ったより頑固でね…」

「頑固、と言うよりは無自覚でいらっしゃるのではないかと」

「だから頑固なんだよ。リリーナのよくないところは自分で自分の本音を見ないことだ。いつだって誰かが望む自分が正しいと思ってる」

「…」

「誰もそんなことは望んでないのにね」


 実際それは本当のことだ。誰も彼女に“至高であれ”とは望んでいない。


「…僕の思いは通じたと思ってたんだけどな」

「…」


 ディードリヒは何度も伝えた、“立場の向こう”の彼女を求めていると。

 確かに表向きは多少気を張らなくてはいけないだろう。しかし自室やプライベートでまで背筋を正していたらそれは、故郷にいた頃と変わらない。


 しかしこのままでは、またリリーナは“誰かが求める自分”の幻覚に飲み込まれてしまう。


「だから僕は一つ決めてみようと思うんだ」

「?」

「この国でリリーナが何かするのなら、それがリリーナのしたいことなら、少しの間目を瞑ろうって」

「…珍しいですね。そのようなことを仰られるのは」


 ディードリヒの発言としては思えない、そうミソラは驚いた。彼はいつだってリリーナを手元に置いて何もできないようにしてしまいたいと言うのに。


「本当は嫌だよ。今だって感情の整理はつけられてない。でも今のリリーナに必要なのは個人の時間…彼女自身が選択する時間だから」

「それは…そうだと思います」

「屋敷にいた時みたいにできたらどれだけ楽だったか。“秘密基地”での彼女と言ったら…本当に気が楽そうで、一緒にいて本当に嬉しかったのに」


 あの屋敷にいたリリーナは…身分の存在しない“リリーナ”は、のびのびとしていた。

 確かにこの間のデートは心底楽しそうにしていたが、あの時間ではあまりにも束の間過ぎる。


「でも、同じことをここでしたら…きっと嫌われちゃうから。それを今やられたら、流石に耐えられないかな」

「…」

「だからまぁ“試し”にね。リリーナがのびのびできるところを見つけられたらって思うよ。それが僕だったら…よかったんだけど」


 そう言ってディードリヒは少し俯く。

 彼は彼で気付いていないのか、とミソラは感じた。リリーナがあんなにころころと表情を変えるのはディードリヒの前だけだと言うのに。


 出会いは特殊であったが、その分緊張感のない関係に二人はなっているのだろうとミソラは考えている。でなければリリーナが大声で怒ったり顔を赤くするなどあり得ない。感情を荒げず、いつも冷静に、優雅に。それが貴族に求められる品性なのだから。


 そういう意味では、ディードリヒの前というのもまたリリーナの気兼ねない居場所なのだが。


「…」


 悔しいのでミソラは黙っていようと決めた。

 少なくとも今すぐ教えてやる義理はない。


「それと、もう一つ気になってるんだけど」

「“あの件”でしょうか」

「うん。彼女はいた?」

「はい、王妃様のサロンにてお二人が接触なされました」

「それで?」

「リリーナ様がご警戒なさっています。やはり環境的要因は大きいかと」

「だろうね…このまま観察を続けて。何かあったらすぐ報告するように」

「勿論でございます」


 その後、ミソラは頭を下げて部屋を出た。


どこに写真機があるかは極秘です


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