王妃様のお茶会にて(1)
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日当たりのいい植物園に作られたサロンには、王妃であるディアナの集めた十人程の婦人や令嬢が集められていた。もちろん用意されたテーブルの上座に座るのはディアナであり、そこから円を連ねるように他の女性が集まっている。
「パンドラ王国より参りました、ルーベンシュタイン公爵が娘、リリーナと申します。本日はこのような機会に恵まれ恐悦至極の思いですわ。皆様、以後お見知りいただければ幸いでございます」
静かな拍手がリリーナを迎えた。ディアナ主催で開かれたこの“お茶会”は実質ディアナが懇意にしている貴族たちへ、息子の婚約者を一足先にお披露目する機会となっている。
本日の主役とも言えるリリーナはいつ何時であろうと写真に映したかのように寸分の狂いもないお辞儀をこなし、それを見た数人の夫人から静かな関心を持たれ、同じく令嬢たちはわずかに恐ろしいものを見るような目で彼女を見た。
リリーナのいっそ芸術とも言えるその動作は、十七の少女が易々と行えるものではない。どころか、そこまで美しい所作が求められるのは王族レベルの、数多の外交が求められる人間であり、リリーナは挨拶一つで己が“王家に関わる資格がある”と印象付けるだけのことを示した。
「さ、リリーナさんもお座りになって。今日来てくださった皆さんを紹介するわ」
穏やかなディアナの声に「ありがとう存じます」と一つ頭を下げてからリリーナは用意された席に着く。その後で、ディアナから本日集まった面々の紹介があった。ディアナからの簡単な紹介の後で、一人一人が席を立つと軽くお辞儀をして椅子へ座り直す。
「オイレンブルグ公爵が娘、ヒルドと申します。以後お見知り置きを」
それぞれ家名や顔は予め覚えていたとしても、その中で二人、リリーナには気になる者がいた。。
一つはファリカがこの席にいて、いつか初めて会った時と同じ視線でリリーナを見ていたこと。
二つ目は、ヒルド・オイレンブルグ公爵令嬢の存在。
ファリカがこの席にいること自体は不思議ではない。たとえ彼女がディードリヒの父方の親戚であったとしても、関わりがないとは言い難いだろう。しかし初めて会った時と変わらぬあの視線の正体が、今日明らかになればいいのだが。
もう一つヒルドの存在は、それだけでリリーナの関心を惹く。なぜなら彼女はディードリヒの婚約者候補で有名な令嬢だったからだ。
フレーメンにリリーナが正式に訪れて一ヶ月。城の中を何かで歩けば人の視線が目に入るしひそひそと下品な話は耳に入る。その中でよく聞こえたのがヒルドに関することだ。それ故リリーナは彼女が気になっていた。
「リリーナさん、この国は如何? 気に入ってもらえたかしら」
ディアナがリリーナに問う。
「えぇ、パンドラとはまた違った趣を感じています。皆さん優しくしてくださいますし、この国に来れたことを感謝していますわ」
「それは嬉しいわぁ」
一見お茶会は歓談の中にあり温かなものだが、社交界における女性たちの役割はまさしく“社交”である。情報に過敏に反応し、人間関係を繋げ、己や家名の優位のために立ち回る、そのための集いの一つがお茶会であった。派閥や密にする人間関係が注視され、己の立ち位置を見失わないように立ち回らなくてはいけない。
それ故に、リリーナは今見定められているのだ。
“王太子の婚約者”、つまり王族に入るという立場からリリーナは半ば強制的に王妃であるディアナの派閥に入ることになる。その中でさらに、己の人間関係を気付かなくてはならない。
そのためリリーナは今ここにいる人間を見定め、またここにいる人間から見定められている。
故に会話も慎重なものになっていく。この場で多少発言に寛容な扱いをされるのはディアナだけだ。
「今日の焼き菓子は誰の担当だったかしら?」
「私でございます」
「キャンティさんだったのね、とても美味しいわ。どこのお店かしら?」
「私の故郷のものでして…」
一見呑気な会話は続いている。
その中でも誰がどういった視点で自分を見ているかわからない。そのためリリーナは誰よりも優雅な所作を意識して行動しているが、やはり視線が一つ。
それは他の令嬢と呑気な会話に花を咲かせているようで、時折、確実にこちらを見ている。
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「そうだわ。お嬢さんたちだけで少しお話しをするのはどうかしら? 大人がいては難しいお話もあるもの」
ふと、ディアナがそう言ったことで大人たちは別の場所に移動して行った。その場には令嬢が五人ほど残され、それぞれがリリーナとの距離を測っている。
その中の一人に、リリーナは声をかけた。
「アンベル伯爵令嬢、先日はお呼びいただきありがとうございました。お元気でしたでしょうか?」
正直席が隣だったのもあるが、やはりあの視線が気になっている。この会話から何かヒントを得たいと言うのが本音だ。
「ルーベンシュタイン様、こちらこそお越しいただきありがとうございました。変わりなく過ごせています」
当たり障りのない会話。どう切り出すかと考えていると、二人を見た他の令嬢の中にはこそこそと話をしている者がいた。その中に入らない一人が、堂々とこちらに声をかけてくる。
「あら、お二人はお知り合いなのですね」
と、その言葉に向けた視線の先にはヒルドの姿があった。
ヒルドは美しい銀の長い髪を下ろし、淑やかという印象を例えるのに相応しい目元の奥にある濃紫の瞳がこちらを見ている。
「先ほどご挨拶させていただきましたので省略させていただきます、リリーナ様。本日は私の家が茶葉を用意したんです、如何でしょうか?」
「オイレンブルグ様、早速いただいておりますわ。花の香りが残る素晴らしい茶葉ですわね。楽しませていただいています」
「あら、そんなに畏まらないで。ヒルドと気軽に呼んでほしいわ」
ヒルドはこちらに優しく微笑んでいるが、貴族にのみ家名を与えられる風習のあるこの国で親しくもない間柄の人間が名前を呼ぶのは無礼に値する。極端に言って終えば“舐められている”とも取れる状況であった。リリーナは表情を崩したい苛立ちを抑えながらにっこりと微笑む。
「いえ、そのようなことは恐れ多いですわ。お声をかけてくださるだけでもありがたいことですのに」
相手はこちらを自分の派閥に引き込もうとしているのだと、リリーナは判断した。だが生憎そんな誘いに易々と乗る気はない。無礼に無礼で返すほど幼稚ではないが、そんな相手とすぐ仲良くなろうとも思わない上、そもそも他人の派閥ですぐ下につくような性格はしていない。
二人のやりとりにやや空気が冷え込む。
そこでヒルドは周りを見ていないのではと言うほどの穏やかさで笑った。
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