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庶民派デート

 

 ***

 

「さぁ、着きましたわね」


 そう口にしながら気合いを入れるリリーナの頭には傷んだ布のバンダナが巻かれている。服装も先ほどの華やかなドレスから使い込まれた布で作られた平民の装いに代わっていた。


 対して共にきた王太子もまた、彼女の行いに巻き込まれてしまう。


「まさかここがリリーナの行きたいところ…?」

「えぇ、そうですわ」


 平民の服装を当たり前の如く着こなすリリーナに揃えるように、ディードリヒもまたくたびれたシャツにベスト、少し皺のよったスラックスに古びた革靴を身に纏っている。ディードリヒはリリーナを意外そうな顔で見ているが、リリーナとしてはそれこそ意外であった。


「あら? なんですのその顔は」

「…まさか君がもう一度市井に行きたがるとは思わなくて」

「あぁ…“脱走”したのは九つの時ですから、新たな知見が必要だと思いまして」


 二人が今いるのはアンベル領の市街地である。小規模ながら賑やかな街並みは人通りが多く、昼を過ぎて落ち着いてきてはいるものの幾つも並んだ露店には人が集まったり散らばったり…常に動きがあった。


「新たな知見?」

「勿論です。こういった機会でもなければ行くことはできませんから、農民とまではいかなくても平民の暮らしぶりは見ておかなくては」

「“脱走”した時みたいに?」

「同じ目的なのだからそうでしょう」


 何を言っているのか、と言う視線でリリーナはディードリヒを見るが、彼は心底嫌そうな顔を隠さず大きなため息をつく。


 リリーナは九歳の時自宅を一人で抜け出して大騒ぎになったことがあり、その時市井の一角で道に迷ったところを見つかって保護された。

 本人曰く「見もしないで助けられる人などいない」と言って市井の人間を観察しに行こうと思い立ちそのまま行動した結果だが、その実本人の自室からは自宅を一人で出る方法が入念に計画がされており、後に証拠である計画書も見つかっている。


 当時両親からしこたま怒られて反省した…はずなのだが。


「今は脱走などできません。貴方の監視網を簡単に抜けられるとは思いませんもの」

「逃す訳ないでしょ」

「ならば巻き込んでしまえば良いのだと思い立ちましたの」

「…」


 ディードリヒはなんと答えるのが正解か少し悩んだ。


「貴族は平民、農民、貧民の全ての上に立ち、国をまとめるための政治を執り仕切らなくてはなりません。そしてそれは各領地でも変わりませんでしょう?」

「わかるよ」

「ですから私は見なければなりません。見える範囲だけでも、同じ視点で」

「うーん…」


 ディードリヒの表情は芳しくない。彼の心情としては、“言いたいことは理解できるが行動に納得はできない”、といったところだろう。


「私が貴方のそばにいれば貴方は多少安心するでしょう? 今回はあちこちに護衛も配置できるよう連れてきています。何も問題はありませんわ!」


 得意げな顔のリリーナにディードリヒの感情は板挟みである。珍しく少し興奮気味に表情を明るくする彼女は今カメラを持っていないことを惜しまれるほど可愛らしい。


 しかし、ディードリヒの言うところのリリーナをそばに置くと言うのは、決して彼女の言っているような意味ではないし、それを彼女は理解しているからこそ“少しは”と言ったのだ。つまり言いたいことが伝わっているようで伝わっていない。


 リリーナは大変このデートに期待を寄せている。彼女の反応を見るに心底楽しみにしているようだ。

 しかし予定を重ねた自分が言うのもなんだが、これはデートと言えるのだろうか。


「まずは市場を覗きましょう。なにか面白いものがありそうですわ」


 リリーナはディードリヒの手を取るとそのまま歩き出そうと踏み出す。しかしそこから先へ進むことはなく、ふと彼女は後ろを振り返る。


「リリーナ、申し訳ないけど…僕は反対だよ」

「何が気がかりでして?」

「リリーナを大勢の目に晒すのだって嫌だし、市井はやっぱり危険だよ。リリーナに何かあったら、僕は…」

「何を言っているのです。そのために護衛がいるのですわ。それに人目に晒されるのは貴族の仕事のようなものです」


 二人はアンベル伯爵邸を去った後、別の場所で着替えた上で待機させていた商人用の簡素な馬車に乗り換えてこの場に来ていた。勿論護衛は民衆に紛れ込ませて十人はおり、その中にはディードリヒがある意味信頼を置いているミソラの姿もある。


「でもこれは仕事じゃない。せっかくデートなのに」

「勿論そうです」

「じゃあなんでこんな」


 少しばかり怒りを見せるディードリヒに、リリーナは金の瞳を光らせ微笑む。


「貴族でないのです」

「…?」


「今の私たちは貴族ではありません。たとえそれが仮初の姿であったとしても、いつかみたいに私はただのリリーナで、貴方はディードリヒという一人の青年だわ」


「…!」

「護衛を抜くことはできませんけれど…それでも貴方さえよろしければ、私は貴方と束の間の自由を謳歌したいのです」

「リリーナ…それって」

「これ以上は言わなくてもわかるでしょう? 私が本当にしたいことが」


 ディードリヒは驚いた表情で少し固まって、それに気づいたリリーナは彼の手を強く引っ張って歩き出す。


「わっ、ちょっ」

「ほらうじうじしてないで行きますわよ! この国に羊の串焼きはありまして?」


リリーナの脱走は9歳の時、ミソラがリリーナのところに来たのは10歳の時、侍女になったのはリリーナが12歳の時

なぜミソラがそれを報告できたのかは…ご想像にお任せします


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