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違和感と視線

 

 

 ********

 

 

 リリーナたちが呼ばれたアンベル伯爵領は比較的規模の小さい領地である。首都から馬車でおおよそ二時間と比較的行きやすい場所にあり、人口の半分が農民であった。


 その領地の中央辺り、比較的栄えた街並みの中にその屋敷はある。


「殿下、ようこそいらっしゃいました」


 そう頭を下げるのは領主であるアンベル伯爵。ややふくよかな体型を包む服の装飾は、温和な印象に似合わず少しばかり華美なものを思わせた。


「久しぶりだな、アンベル伯爵」

「はい、殿下もご機嫌麗しく…」


 日常的な挨拶を交わしながら、伯爵はちらりとリリーナを見る。そして温和に微笑みかけた。


「こちらが例のご婚約者さまで?」

「あぁ」

「お初にお目にかかりますわ、リリーナ・ルーベンシュタインと申します。アンベル伯爵、以後お見知り置きを」


 挨拶をしながらリリーナはドレスの両端をつまみ広げ、少し膝を曲げるのと同時に頭を下げる。カーテシーのポーズだ。


 凛とした隙のない仕草の指先はしなやかに、足先はバレエダンサーより美しく。美しいピンクブロンドの髪がわずかな間顔を隠し、すぐに直された姿勢でまた毛先を揺らした。


「実に綺麗な挨拶だ。このひと仕草だけでも育ちの良さが伺えますな」

「恐縮ですわ」


 リリーナはお世辞程度に微笑みかける。ディードリヒは二人に見つからないようほんの一瞬だけ嫉妬を表情に出した。


「うちにも娘がおりまして、わたしの横におるのが娘のファリカでございます。ほら、ご挨拶を」

「お初にお目にかかります、ファリカ・アンベルと申します。以後お見知り置きを」

 リリーナほどではないものの、整えられた仕草で頭を下げたファリカもまた、その動きで肩辺りまで伸びた茶色の髪を揺らす。やや吊り目の目元から見える緑色の瞳は若葉を思わせるようで、少なくとも瞳の色は父親譲りなのだろうとリリーナは感じた。


 ファリカの挨拶にこちらも返し、じっとリリーナを見つめるファリカの視線にわずかな疑問を感じていると、伯爵が口を開く。


「さぁ、こんなところで立ち話もなんですから、早速昼食をいただきましょう。うちのシェフが腕によりをかけてお作りしていますから」


 伯爵はまさに善人を絵に描いたような印象の人物で、物腰の丁寧さや仕草の柔らかさが一目見ただけで伝わってくる。食事をいただく場所までを伯爵家の執事に案内されながら、リリーナは二つの違和感を感じていた。

 

 ***

 

「本日の子羊のローストは特に質の良いものをご用意しました。我が領地でブランドをつけて扱っている専門の農家のもので…」


 伯爵の説明を聴きながら出された料理に舌鼓をうつ。アンベル領は酪農の有名な土地のようで、出される料理もチーズやクリーム、羊にヤギを使ったものが多い。かといって農業が衰えている訳でもなく、地元で採れた野菜を使われた野菜やスープもまた絶品であった。


 デザートまでいただく頃には話の内容も少しずつ別のものにシフトしていく。基本的にこういった会話は男性同士で行われることが多く、女性は助け舟を出すような役割にすぎない。例外はもちろん存在するが。


「今季の予算はやはり防衛費になりますかな?」

「まだそうと決まった訳ではない。僕個人としては貧民の対処に回したいと思っているくらいだ」

「殿下は慈悲深くあられる。しかし今年の穀物はやや…」


 議会にて国家の行末を決めるのは男性であることが多い。フレーメンでは爵位継承に男女差がないので女性領主も存在はするが、比率はやはり男性が勝る。


 しかしこの場でそれぞれがそれぞれの役割を果たすというのは、存外やることがなかったりするのだが、その中でもリリーナは涼しい顔をして紅茶を飲み喉を潤している。ディードリヒに手助けなど必要ないだろうという判断であった。


 そんなことより気になるのは目の前に座るファリカである。彼女は少し緊張した面持ちで時折こちらを気にしながら何も言わずにそこにいた。


 何も話さないのはこの状況では“そういうもの”なので構わないのだが、やたらとこちらを気にしている様子なのが気になってしまう。


 やはり突然湧いて出た“婚約者”という立場の人間が気になるのだろうが、不思議なのは敵意がないことだ。興味や関心やなにかが視線からは感じられて、こちらもまた少しばかり反応に困る。そう、なにか、観察されているような、そんな感触の視線なのだ。


 それでも気にしない素振りをしながら傍らの会話を聴きつつ時間を過ごす。しかし昼食を共にする程度の時間で話せることなど限られており、ほどほどの時間で集まりは解散した。


 結局最後までリリーナがファリカと話すことはなかったが、ファリカは最後までリリーナに視線を送り続けていて、リリーナはどこかでまた会うような縁を感じながら馬車へ乗り込む。


お嬢様にそんな気づかれない程度の視線が出来ようはずもないのでじっと見てきます。じっと


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