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引っ越し


 

 

 リリーナがフレーメン王国の土を再び踏むまで一週間を要した。


 先日の屋敷でのパーティの翌日、本当にリリーナは実家であるルーベンシュタイン宅の門を潜るため屋敷を出たものの、実家の両親が彼女を離さなかったためである。


 両親からすれば一年と半年ぶりの娘の姿、さらに言ってしまえば今後いつ会えるかわからなくなってしまうリリーナを易々と手放すなどもってのほかだと言い張り、結局六日間リリーナは実家で過ごした後フレーメン王国に帰ってきた。


 ディードリヒからすれば耐え難いのは当然の話で、直接リリーナを迎えに行こうとしたが流石に両親から徹底的に阻止され、結局リリーナが来るまで城から出ることすらできなくなったのはやや不憫と言えなくもない。ただ自業自得とも言える。


「…遅いですわね」


 現在フレーメン王国王城、その正門を抜けた先にて、乗ってきた馬車から降りてディードリヒを待っているリリーナ。しかし一向に彼の姿は見えない。


 なにより彼女が疑問なのは、どうして“荷物を持ったまま”王城に顔を出さなければいけないのか、ということだ。


 本来輿入れ予定の貴族令嬢というものは相手の屋敷に毎日通い、そこで花嫁修行のような日々を送るものだ。それは外国であろうと変わらない習慣であると学習したはずなのに、ディードリヒはこれを拒んだ。それはもう拒んだのである。


 道中の危険や手間やなにやらと最初は言ってきたが、最終的には「リリーナと会う時間が一秒でも削られるなんて無理だ!」と駄々をこね、結果的にリリーナは単身フレーメンへ引っ越すこととなった。


 その状況下での、さらには荷物を下ろす間すら無いような呼びつけ。嫌な予感しか彼女の中にはない。

 よくない方向にしか進まなそうな未来に頭を痛ませていると、最近やたらと聴く声が耳に入ってきた。


「リリーナ!」


 相手がこちらに気づいたのと同時に強く抱きしめられる。若干相手の体重がのしかかってふらついたが、すぐ解放された。


「おかえり、リリーナ」

「ただいま戻りました」


 内心文句は言いつつ会えれば嬉しいもので、微笑む声にリリーナもまた笑って返すと、相手はご機嫌な様子でもう一度彼女を抱きしめる。その背中に腕を回して、喜びを噛み締めた。


「それにしても」

「どうしたの?」


 抱擁から解放されディードリヒの目を見つつ、彼女は疑問を露わにする。


「荷物を持ったまま王城までなどと…なにか緊急のご用事ですの?」

「そんな、違うよ」

「ではどうして…」

「リリーナは今日からここに住むんだから当然じゃないか」

「!?」


 リリーナは驚きのあまり目を見開く。


「結構苦労したよ、なにせ前例が無いから。でもリリーナは今国賓って扱いにして押し通してきた!」

「…まさか貴方、それを議会相手にやったと?」


 フレーメンは王政ではあるが議会が存在する。王はあくまで最終決定者であり、その下では貴族たちが議員として、また領主として日々活動をしているのだ。


 人を一人王城に住まわすということは、極端な話国王が良いと言えばそれで済みそうなものだが案外そうでもない。誰をどういった経緯で“国賓”と扱うかはデリケートな問題で、簡単に言えば諸外国との外交や印象に関わってくるためだ。


 それをなんの役職も後ろ盾もない小娘に使おうなど、提案をしたディードリヒが“王太子としての自覚が足らない”と言われてしまってもおかしくはない。明らかなイメージダウンだ。


「リリーナには良い場所紹介するって言ったでしょ? ここなら誰にも恥じない生活環境を保証するよ!」

「…」


 相手は満面の笑みである。それはもうプレゼントをもらった子供のように。

 対してリリーナは言葉も出なかった。


 そして頭の中は混乱している。

 おかしい、ディードリヒ・シュタイト・フレーメンと言えば巷では才覚溢れる若きサラブレットではなかったか。何が起きたらこんな軽率なことをする王太子が出来上がるのだろう。


 自分に何か原因があるのではないかと考えないではいられない。いや絶対にそうだと考えざるを得ないのである。


「もうリリーナを隠す必要もないけど、あの屋敷探られて割れるとまずいこともあるから…あそこに住んでもらうわけにもいかなかったし良いかなって!」

「『良いかな』ではありませんわ!?」


 あまりにご機嫌なディードリヒに、リリーナの中で何かが弾けた。

 そもそも探られるとまずいこととはなんなのか勘繰らないでいられない。もしかしたら大量の隠し撮りの倉庫でもあるのか、リリーナの知らないところに…などと考えないではいられないのだ。

 こんなに背筋の薄寒いことがそう簡単にあるだろうか。


「貴方王太子という自覚がありますの!? 王位継承権を獲得した人間の責任というものがわかっていらっしゃらなどとは言わせませんわよ!?」

「父上と母上は快諾だったよ」

「非常識というのです!」

「そうは言っても…決定したことは覆せないし…ね?」

「…っ」


 リリーナは今自分が相手に手を挙げてないことを褒めて欲しいとさえ考えている。この、手を振り上げることもできないわだかまりを抱えた怒りをどうしたら処理できるのだろうか。


 相手はどうせ変えられないことすら見越して用意してきたのだろう。いつから動いているのか知らないが、両親を説得してでも早くここにきた方が良かったかもしれない。


「『郷に行っては郷に従え』って言うでしょ?ほらほら、荷物運んでしまおう」

「そのことわざは風習などを尊重することでただ言われたことに従えという意味ではありません! わざと間違えないでくださいませ!」

「あ、バレた。怒った顔も可愛いよリリーナ」

「話を聞いていませんわね!? そもそも私はこの状況を了承していませ…」


 そこまで言いかけて、ディードリヒがぐっと顔を近づけてきた。驚いたのと綺麗な顔面が急に近づいて言葉が止まる。


 それから相手はにこりと笑った。


「ここでながーいキスをするのと、荷物が運ばれるまで大人しくしてるの、どっちがいい?」

「…! …!?」


 あまりに急な脅迫…のような言葉に言葉を失う。相手は自分がなんと言うのか想定しての言葉だっただろうが、現実は口答えもできなかった。


「うん、良い子だね。絶対に逃がさないよ」


 そう言ってディードリヒは頬に挨拶程度のキスをして彼女の髪を撫でる。固まったままの彼女を抱き上げると、連れてきた使用人たちに荷物を運び込むよう指示を出してリリーナを城に連れ帰った。


何がなんでもそばに置く気しかない


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