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月明かりに照らされて

 

 

 ********

 

 

 屋敷に帰ってきて最初に目にしたのは、紙吹雪が舞う光景。


「「「おめでとうございます!」」」


 玄関ホールに使用人一同が集まって、垂れ幕を持ったり紙吹雪を撒いたり。何事かと驚いていると、垂れ幕に“復権&婚約おめでとうございます”と書かれていた。


「おかえりなさいませ、リリーナ様!」


 メイドが一人笑って出迎えてくれる。他の使用人も明るい雰囲気で出迎えてくれていた。

 驚きつつも、ひとまず垂れ幕について問う。


「復権もなにも…どうしてわかったんですの?」


 戸惑うリリーナに、メイドは答える。


「信じてましたから」

「…!」

「さ、リリーナ様! 殿下も! 食堂にご馳走用意してますよ!」


 メイドはそうまた笑って、リリーナが横にいるディードリヒを見ると、彼はただ穏やかに笑った。


「さぁリリーナ様、身内のパーティですからこんな豪奢なドレスは着替えてしまいましょう」

「!?」


 後ろから唐突にかけられた声に振り向くとミソラの姿が。リリーナは背中を押され強制的に移動されつつ、ミソラはディードリヒを見て「ディードリヒ様も着替えてきてください」とそれだけ残すとそのままリリーナを運んで行った。

 

 ***

 

 普段使いのシンプルなドレスに着替えて食堂に向かうと、すでに中は賑わっているように見える。そっと中に入ると、ラフな服装に着替えたディードリヒがすかさず彼女を見つけた。


「リリーナ!」

「…殿下」


 ディードリヒはリリーナのラフな姿にご機嫌である。「やっぱりリリーナは自然体が一番だよ」と言いながらすり寄ってきたのでさっと避けた。


 それにしても、と食堂を見渡すとなかなかの盛り上がりだ。今日は無礼講ということなのかワインを嗜んでいる使用人もいる。


「僕が良いよって言ったんだ」

「殿下が?」


 不思議そうに周りを見ているリリーナに気づいたのか、ディードリヒが言う。


「ここまでみんな頑張ってくれてたから。今日は一区切りってことで」


 そう話す彼の表情は穏やかだ。


「…優しいのですね」

「まぁ、城じゃできないかもね」


 流石に城に勤めている人数の無礼講は難しいだろう。しかしこの屋敷に勤めている使用人は二十人といない。十分な人手を確保していると言っても、この小さな屋敷ではたかが知れているということだ。


「リリーナ様!」


 賑わいの中、メイドの一人がこちらに気づいて声をかけてくる。


「リリーナ様、おめでとうございます!」

「ありがとう」

「これで殿下と正式にご婚約されるんですよね!」

「え、えぇ…そうなるんじゃないかしら」


 実際、婚約を行うのはスケジュールの問題上少し先になるだろう。それ以前にやることが多い。


「でも…そうしたらリリーナ様と会えなくなってしまうんですね…」

「…」

「リリーナ様は使用人一同にもとても優しくしてくださったので…寂しいです」

「そんな、何も明日いなくなるわけじゃないのだから…」

「いいえ」


 涙ぐむメイドを宥めていると、横からずい、とミソラが現れる。


「明日より行動を開始します。リリーナ様には明日、急ですがご実家に帰って頂きご自身のお荷物をまとめて頂きたく」

「明日ですの!?」

「話はすでに通してあります」

「明日一日くらいは休ませて欲しいものですけれど…」


 渋るリリーナに、ミソラは畳み掛ける。


「もうこれ以上リリーナ様を隠す必要もありませんので」

「確かに復権したのにこんなお屋敷ってわけにもいかないですよね…」


 さっきまで涙ぐんでいたはずのメイドまで参加して、あれよあれよと話が進んでしまいそうで困っていた時、後ろから声がした。


「僕はもう少し後でいいと思うけどな」


 声に反応して振り向くとディードリヒの姿が。


「殿下!」

「ここは僕とリリーナの愛の巣なんだから…三日、いや三ヶ月…三年先でもいいんじゃないかな」


 顎に手を添え希望に満ちた表情でディードリヒは夢を語るが、ミソラはその希望を叩き潰す。


「ディードリヒ様が帰らないからリリーナ様が巻き添えくってるんですよ」

「帰らないしリリーナを帰す気もない」

「そういうところがあるから明日とかって話になってる自覚あります?」

「帰ったらリリーナと二人きりになれるかわかんないだろ」

「「…」」


 睨み合う二人に困り果てるメイド。

 リリーナは三人を見て、一つ大きなため息をついた。助けを求めてきたメイドを軽く宥めてディードリヒに声をかける。


「あら、城に帰るのがお嫌でして?」


 リリーナの声にディードリヒが振り返る。


「私、これでもあなたとの結婚を楽しみにしてましたのに」

「…え?」

「結婚などは所詮儀式ですわ。その程度で貴方が変わるわけないのですから、それこそ共に飛び立つ意味があるというものでしょう? おわかりになって?」

「…!」


 ディードリヒは無言で嬉しそうな顔を見せると、食堂の外へ歩き出す。


「急いで支度するよリリーナ!」


 しかし今にも飛び出しそうな彼の服の裾をリリーナは掴んで引き留めた。


「少しは落ち着きなさい」

「でも、リリーナ…」

「今はこの場を楽しみましょう。せっかく前向きなお祝いなのですから」


 ちらりとディードリヒを見るリリーナに、彼は満足そうに笑う。


「うん、リリーナ」


 そうして二人は喧騒へと戻っていった。

 

 ***

 

「なんでしょう、お話とは」


 盛り上がる食堂を抜けた屋敷の庭。月明かりに照らされるその場所で、リリーナとディードリヒがふらふらと歩いている。

 煉瓦でできた道筋はそう長いわけではないが、ゆっくりと歩いていれば花々を楽しむことができた。


「…リリーナは、花が好きだったよね」

「? え、えぇ…」


 リリーナは花をよく好む。好きな花は白百合で、実家では時折飾ったりしていた。


「わかってたから、ここの庭には力を入れてもらったんだ。そんなに大きくないけど綺麗でしょ?」

「それは…はい、気に入っていますわ」


 初めて見た時から綺麗だとは思っていて、自分のためかどうかは考えていなかったが、そう言われると嬉しいものがある。


「「…」」


 そこで会話が途切れてしまった。

 珍しいこともあるものだ、とは思いつつもどこか緊張した相手の様子が気になる。


「…今日は満月、なんだね」

「…そう、ですわね」

「紺のドレス、照らされて綺麗だよ」

「あ、ありがとうございます」


 確かに今着ているのは紺色がベースのドレスではあるが、急になんの話だと戸惑ってしまう。


「「…」」


 また途切れる会話。

 なんだがこっちまで緊張してしまいそうだ。


 仕方ないので少しばかり月明かりを眺め、それからディードリヒを見ると、彼がまた不安げな顔でこちらを見ているものだからまた少しむくれる。なのでまた文句を言ってやろうと歩き出した時、彼が近づいてきて自分の手を取った。


「!」

「いかないで」

「…?」

「月に、連れていかれそうだ」

「…そんなわけないでしょう」

「あるよ。リリーナは綺麗だから」

「…」


 少し黙ってしまう。


 こういうところに弱い。

 純粋に、自分を求めてくるところ。本当に自分をいいものと思って疑わないところも。


 つい、“仕方ないな”と思ってしまう。


「あぁ、えっと…」


 そこでなぜか、ディードリヒが目を逸らす。今までなかった光景に驚いていると、少し震えた声を出した。


「緊張するな…」

「…貴方が?」


 相手がここまで緊張したところなど見たことがない。何がその要因なのか。

 それでも、一つ決意したように彼がこちらを見る。


「ちゃんと言ってなかったと思って」

「…?」


 惚けていたら、短いキスが降ってきた。


「!」


 驚くと、声が聞こえる。


「僕は、何があってもリリーナ・ルーベンシュタインを愛すると誓う。だから」


 そう話す水色の瞳は、月明かりに照らされて綺麗で。

 その視線が重なって、囚われる。

 

「だから…僕と結婚、してくれませんか?」

 

 惹き込まれて…声を失った。


「…!」

「あぁ、やっぱ、緊張するな」


 心臓が、静かに高鳴っている。

 嫌な感じはしない。むしろ心地いいような、喜びがそこにあって、少しだけ泣きそうになった。


「!」


 掴まれた手が優しく握られて、我を取り戻す。


「…返事、もらっていい?」


 珍しく、不安げなのではなくしおらしい彼の言葉に、なんだか気が抜けて笑いそうになる。しかし敢えて気を引き締めて、いつも通り自信に満ちた笑顔で返した。


「決まっているでしょう。“はい”と答えますわ」


 はっきりと目線は相手を見て、自信に満ちた声と、表情で。彼の好きな自分で、言葉を返す。

 すると彼は、また言葉にする前に表情で喜びを表して、勢いよく飛びついてくる。


「やったぁ!」


 全身で喜びを表現する彼の背中を叩いて宥めようとするも、今は意味をなさない。


「最初からわかっていたことでしょう!」

「そういう問題じゃない。嬉しいものは嬉しいよ!」


 そうやって彼は全身で喜んで、また自分に愛を伝えてくる。


「愛してる、愛してるよリリーナ」

「…私も、ですわ」


 辿々しい返事でも、ディードリヒはまた強く抱き締めてきた。それが嬉しくて、そろりとその背中に手を回す。



実は後から気づいたんですよ「あ、ちゃんとしたプロポーズ入れてねぇな」って…

慌ててぶち込みました

少女漫画あるあるができない作家、三日月


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