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冤罪を晴らす時(4)


「殿下に関しては、特に何も思ってはいません。陛下の謝罪は身に余るお言葉ですが、殿下のやったことがなくなるわけではないですから」


 彼女は一口紅茶を飲み下して、両親を見た。


「次に、復縁のお話ですが。喜んで受けさせていただきたいですわ。今の私にはルーベンシュタインの名前がどうしても必要です」


「リリーナ…!」

「ただ…」


 喜ぶ両親に対して、リリーナは一拍言葉を置く。


「家には帰りませんわ」

「!?」

「ど、どういうことだい? リリーナ」


 こうなるであろうことはわかっていた。それでも、この思いが本当だから、譲れない。


「私、事が済んだらディードリヒ様と婚約を結ぶと決めていますの」

「「「!?」」」


 驚いたのは三人。両親と、なぜかディードリヒである。王はむしろ楽しげにこちらを見ていた。


「どうして貴方が驚くんですの!」

「だ、だって、リリーナは帰っちゃうかもって…」

「あれだけ話をしてきたのは貴方ではありませんか!」


 しどろもどろに返すディードリヒにリリーナな怒って返す。彼女の中では案の定こうなるとは思っていたが、そろそろ信用されたいものだと考えてしまう。


「いいの? リリーナ…家族が待ってるんだよ」

「もういつでも会いに行けますわ。そんなことより貴方が心配なのです」

「僕が…?」

「そうでしょう、私がいないだけであんなにぼろぼろになって…心配ばかりかけるのですから」

「リリーナ…!」


 勢いで抱きつこうとしてきたディードリヒを、リリーナは両手と視線で拒否した。そこからしょぼくれるディードリヒは放置である。


「お父様、お母様。私は愛する人を見つけました。頼りなくて脆い人ですが、いつも私のそばにいてくれる方です。どうか復縁し、この婚約を認めていただけませんか?」


 なぜ自分がこの交渉をしているのだろう、彼女は確かにそう感じた。普通は男性側がするものではないのだろうか。

 しかし彼女の予想外な発言に両親は戸惑っている。


「リリーナ…愛しい人を見つけてくれたのは嬉しいけど、そんな大層な…」

「会場でディードリヒ殿下が言ってはいたけれど、本当なの…?」


 両親からすれば、どう考えたところで急な話だ。まさに娘の玉の輿であるが、国境を越えるとは思っていない。


「本当ですわ、情けない人ですけれど…愛してしまったのです」


 リリーナはしょぼくれるディードリヒの脇腹に肘を打ち込む。痛みに悶える彼にまた「しっかりなさい!」と耳打ちをした。

 その声に応えるように、ディードリヒは口を開く。


「僕は、ずっとリリーナ嬢を娶りたいと思っていました。社交界で見る彼女は強く咲き誇る薔薇のようで、いつだって光を放ってやまなかった」


 ディードリヒの口から一瞬でも“ずっと”と出た時、リリーナは戦慄した。これまでの所業が口から出るのではないかと恐れたが、幸いそんなことはなく胸を撫で下ろす。


「ご両親さえ良ければ、是非とも彼女を妻に置きたい。この半年ではありますが、彼女を誰よりも愛した自認はあります」


 ディードリヒは少しずつ、確実に、リリーナの両親へ真摯な視線を合わせる。彼女を思う気持ちだけは、誰にも負けないのだと言うように。

 

「リリーナをください。世界のどんな誰より彼女を愛してみせますから」

 

 その視線は、誰より強いものだった。

 いつかのように胸が鳴って、静かに高まっていく。あぁ、こんな人だったんだな、なんて場違いなことを彼女は考えた。


 いつもは情けなくて、変態で、心配性で、すぐに心が乱れるのに。こんな強い顔も、できるかと。

 そんなに自分は愛されていたのだと、こんなところで実感してしまう。

 少しだけ、にやけそうになった。知らない相手の一面が、自分に新しい喜びを与えてくれる。


「殿下…」


 マルクスは、父親は自分の娘とその求婚者を交互に見て考えてしまう。そしてどこかで、自慢の娘はこの手のうちに帰ってくるのだとわずかに自惚れていたのだろうと自覚した。


 リリーナはもう社交界には戻れないかもしれない。それでも復縁すれば、また家族三人で賑やかに生活できると思っていた。


 両親であるマルクスとエルーシアにとってリリーナは変え難い娘だ。縁を切るなどと非道なことをしておいて言える筋合いはないと自覚しつつも、それでも可愛い一人娘なのである。

 それがどうだ、顔しか知らないと言ってしまうと語弊があるが、それでも関わり合いの薄い男が突然娘に求婚してくるなど。少なくとも父親としては許し難い。


「…リリーナ」


 悩むマルクスに対して、優しく娘に声をかけたのは妻のエルーシア。


「なんでしょう、お母様」

「殿下は、貴女が隣にいたい人?」

「…!」


 リリーナは正直、拒否されるであろうとは考えていた。そこから多少交渉は長くなっても納得してもらえるように、会場からここにくるまでに心構えをしていたが、まさかそんな質問をされるとは。


 それでも、強く頷く。


「はい。私の選んだ方ですから」


 娘の言葉に、母は微笑んだ。


「…そう」


 そして、二人のやりとりを不安げに見守るマルクスの肩をエルーシアはそっと撫でる。


「マルクス様、信じましょう」

「エルーシア…」

「リリーナがあんなにはっきりお願いをするのはいつぶりでしょう? もう随分、遠いことだわ」

「…」


 母の目には一抹の寂しさが募っていく。

 誰より優秀な娘は、誰より優秀であろうと努めた。己の欲を抑え込んでしまうくらいには、気高くあろうと努めたのだ。


「リリーナが本当にその方を愛しているなら、母様が何か言うことはないわ」

「お母様…」

「ほら、マルクス様も」


 悩むマルクスの肩をエルーシアが叩く。マルクスもまた祝福をしたいようで、素直になれないでいる。

 それでも父親は一つ息を置いて、己の心情を整理してから口を開いた。


「リリーナ、お前には苦労ばかりかけた。ここまで本当に気の抜けるような時間もなかったように思う。それでも頑張っていたことを、父様は知っているよ」

「…お父様」

「殿下」


 ふと、マルクスはディードリヒを見る。ディードリヒは少し緊張した面持ちでマルクスに向き直った。


「どこに出しても恥ずかしくない、自慢の娘でございます。だからどうか、幸せにしていただきたい」

「…!」


 ディードリヒにとってそれは、果てなく嬉しい言葉であり、どこまでも重たい言葉である。今まで家族以外の愛の中に幸せを思い描けなかったリリーナを、必ず幸せにしてほしいと両親は言うのだから。

 それでも彼は、強く頷いた。


「必ず、幸せにします」


 と、そこまでのやりとりを見計らったように咳き込む音が聞こえる。音の方に気を向けると、国王が気まずそうな顔でそこにいた。


「んんっ…若い二人の門出はめでたいことだが、そういった場は改めて設けることにしよう」

「も、申し訳ありません…」


 全員が慌てて頭を下げる。ひとまず国王も全員に顔を上げるように指示すると、この場をまとめようと言葉を発した。


「リリーナ嬢、本当にリヒターに対して思うところはないのか?」

「はい。もう終わったことですから」

「…そうか。できた娘さんじゃ」

「滅相もございません」


 王は苦笑いだが、リリーナの両親は内心で同情する。身内の不祥事はいつだって片腹痛い。


「さて、ディードリヒ殿」

「はい、パンドラ国王様」

「此度は新しい門出を祝福する。是非この機会にフレーメンとの交友も深めることができたらと思うのじゃが、お父上に話を通して貰えないか?」

「その程度でしたら喜んで。父も喜びます」

「うむ、色良い返事を期待しておる」


 二人は頷き合い、この場は一度区切りとなった。

 復縁や何やらの手続きはパンドラ側に任せることとなり、ひとまず二人は屋敷へ帰る支度を始める。

 そうは言っても乗ってきた馬車に乗るだけといえばそうなのだが。


***


 動き出した馬車の中、隣同士に座る二人の間には無言が貫かれている。主にリリーナによって。

 なぜかと言うと、馬車に乗った瞬間ディードリヒが首元に抱きついてきたからだ。しかし今日の功績を考えると邪険にはできず、ややうざいと思いつつも放置している。


「はぁ…今日のリリーナの香りはひとしおだな…最近忙しくて嗅げてなかったのもあるけど、リリーナがいるんだって実感する…」

「…それでは私の香りだけあればいいようではありませんか」


 言葉にしてから“しまった”とリリーナは感じた。これでは拗ねているようではないか。

 しかしそれを知ってか知らずか、ディードリヒは勢いをつけて起き上がると真剣な表情を見せる。


「それは違うよリリーナ。香りはあくまで一側面に過ぎないんだ。体温、香り、肌触り、柔らかさ、声に態度に表情! 全部が揃ってリリーナという存在なんだよ」

「…」


 大層温度の高い熱弁だが、リリーナは反応に困った。まさか自分で墓穴を掘ってしまうとは。とりあえず言えることがあるとすれば、この話題のこの熱量に喜ぶ人間にはなりたくない。


「リリーナ…舞踏会用の化粧は少し濃過ぎないかい? リリーナはすっぴんでもあんなに美しいのに、化粧なんかで隠したら勿体無いよ…」

「化粧はマナーだと知っているでしょう!」

「わからないなぁ…リリーナは何もしていないのが一番綺麗なのに」

「時と場合、と言うものがありましてよ」


 結局話題の失礼さで邪険に扱ってしまっている。今日のことを本当に感謝していると言うのに。


(今日の“あれ”は…嬉しかったのですけれど)


 両親に啖呵を切ったあの姿は確かに見惚れるもので、確かに嬉しいものだった。

 なにか、報いれることはないだろうか。


「…」


 ディードリヒが何やら横でぶつくさ言っている中、リリーナはしばし考える。

 今ここで、ディードリヒにできることはないだろうか、と。


「…!」


 思いついて、顔が熱くなった。

 しかし、今できることはこれしかない。


「…あの」

「? なあに、リリーナ…」


 両掌は覚悟を決めて伸ばした。

 相手の両頬を掴んで、引き寄せて、そっと。

 その唇にキスをする。


「「…」」


 淡いキスはすぐ離れ、顔を真っ赤にしたリリーナはよそを向く。爆弾でも落ちたかのようにうるさい心臓を抱えて言葉を飛ばした。


「本当に誰も見ていないところ、でしたら、こっちにキスするのも、許しましょ…むぐっ」


 言い切らないうちに、後頭部を捕まれ今度は向こうからキスをされた。今度は互いの唇が熱く重なり、感触を確かめるように時間が長くなっていく。


「「…」」


 長いキスに呼吸ができない。

 緊張で固まった向こうで、耐えきれず突き飛ばした。


「長い!」


 怒りながら必死で呼吸するリリーナに対して、ディードリヒはにこにことご機嫌でいる。


「だって…リリーナが誘ってきてくれたから」

「誘っていません! ご褒美だと言っているだけです!」

「舌入れてないんだから許してよ」

「し…っ、婚前には絶対お断りですわ!」


 まさかの発言にまた顔を赤くするリリーナに、ディードリヒは少し予想外と言うような感覚で目をぱちくりとさせた。


「結婚したらいいの?」

「!」

「…それ以上も?」

「…っ!」


 リリーナの反応に、ディードリヒはにやりとうすら笑う。


「リリーナ…結婚した後の楽しみができたね…」

「ひぃ…」


 また墓穴を掘った自覚がある。

 こう言う時に嘘をつけない自分を呪いながら、このまま屋敷まで同じ馬車であることを後悔した。



リリーナここまでお疲れ様

まだあるから頑張ってね!(


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