表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/293

冤罪を晴らす時(2)


「彼女には、冤罪がかけられている! 僕はそれを晴らしにきた!」


 ディードリヒの宣言に周囲のざわつきが帰ってきた。ここまでで一番喧しいその喧騒に、リリーナは若干眉を顰める。


「フレーメン王太子殿下、急に何をおっしゃる!」


 そういう王子は若干焦っているような様子だ。しかしディードリヒの視線は少しずつ嫌悪に染まっていく。


「何を、とは失礼な。彼女が一年前のあの日に奪われた全てが、ここにはある」


 そう言って取り出した封筒は、少しばかり厚い。古びて使い込まれていて、相当念入りな調査が行われたことが伺える。


「早速説明しようか。まず、リリーナ嬢が起こした事件は二つだ。一つは殺人事件、もう一つは殺人未遂事件。しかしこの二つには不可解な点があまりにも多い」


 周囲はざわつきながらもディードリヒの話を聞いていて、王子は様子を伺っているような姿をとっていた。オデッサは急なことについていけないのか、若干慌てた様子でディードリヒを見ている。


「まずは殺人事件から見ていこう。まず最初に挙げられる矛盾は『動機がないこと』だ。そもそもリリーナがオデッサ嬢に行っていた嫌がらせの中に命に関わるようなものは何一つない」


 リリーナがオデッサに行っていたのはドレスにワインをこぼしたり、対応の難しい客人を押し付けたり、バイオリンの楽譜を一枚抜くようなもので、正しい対応がわかってしまえば嫌がらせにすらならないようなものばかりだ。


 彼女は自分の取り巻きを制御しきれなかったのでは、とも考えたが、そのような頭の悪い取り巻きなど最初から連れていない。そう言った場面では信用していると言っていいだろう。


「次に殺害方法だが、被害者は誰かに手紙で礼拝堂前に呼びつけられて殺されている。死因は刃物のようなもので一突き」


 これはオデッサの日頃の行いに基づく犯行ではないかと言われている。オデッサは毎朝城に早めにくると王城の敷地内にある礼拝堂にて祈りを捧げるのが習慣になっているためだ。この場所を犯行現場にすることで、朝祈りに現れたオデッサにショックを与えようとしたのではないかと推察されている。


「ここでも更に矛盾が一つ。“彼女がこの時間どこにいたか”だ。調査によれば、この日は王城にて食事会があってリリーナは結果的に城で寝泊まりをすることになった。それ故に犯行を疑われている」


 そこでディードリヒは懐から取り出した手袋を両手につけると、封筒から一枚の便箋と一枚の写真を取り出した。


「でも当時、彼女は確かに部屋で寝ていたんだ。その証拠と言ったらなんだけど、これは僕の独自の伝手で手に入れた写真、どういうことかわかるかな?」


 そう彼が示した写真にはランタンの光に照らされた二つの影。一つは小さく、一つは大きい。


「リリーナにしてはこの影は大きいし…」


 そして便箋には、夜中に礼拝堂にくるようにと、書かれリリーナの名前が書かれている、しかし。


「リリーナの字がこんなに汚いわけないだろ」


 怒れる視線を隠さないディードリヒにリリーナは小さくため息をついた。今はまだ話の途中だというのにここで感情的になってしまってもどうしようもない。

 確かに便箋に書かれた文字は拙く、とてもこんな字が自分のものと勘違いされたと思うとほとほと呆れ返るが。


「そ、そんな写真…いくらでも偽造できるでしょう」

「じゃあ捕まえた“イーサン”の話をしようか」

「!」

「君が雇ったプロだよね、“イーサン”。彼、殺しの腕は良かったと思うんだ。確かに女性の腕でも届きやすい位置を狙って刺してるし。まぁ、非力なリリーナが一突きで相手を殺せるわけないんだけど、それ以上に」


 周囲がもう興味深々と言わんばかりにこちらを見つめている。次の展開を今か今かと待ち構えていて、隠そうともしない野次馬根性にリリーナは呆れ返った。


「彼、ちょっとおしゃべりがすぎたみたいだ。報酬を受け取っていい気になってしまったんだろうね、最寄りの娼館で自慢話にしたみたいなんだ。お陰様で捕まえるのは早かったよ」


「っ、知らないな、そんな奴は」

「本当に? 見るからに僕より資産管理甘そうだからすぐ出てきそうなものだけど」

「それは言いがかりだ!」

「申し訳ない。少し口が滑ったよ」


 嘘をつけ、とリリーナは感じたが口に出すのは控える。先ほどまで王子と自分がやっていたやりとりが余程気に食わなかったのだろうが、だとしても話を脱線していては埒が開かない。


「まぁでも、“イーサン”は契約書のうつしも見せてくれてるし、パンドラ王子殿下が何を言っても、だとは思うけどね」

「ぐっ…」

「ちなみに証拠になる写真はまだ他にもある。複製もたくさんあるから安心してね」


 にっこりと笑うディードリヒを睨みつける王子。それを見たディードリヒは畳み掛けるように続ける。


「それともう一つ、殺人未遂の方だけど…こっちは最初からおかしいよね。そこのお嬢さんからしか証言が出ないなんて」

「!」


 オデッサが視線を逸らす。

 ふと、ディードリヒがリリーナを見た。彼女は凛とした瞳でその視線に返す。


「リリーナ、彼女が突き飛ばされたと言っていた時間、君は何をしていたの?」

「美術品の審美眼を鍛えるレッスンを行っていました」

「つまりこの時講師の人が居たはずだよね?」

「勿論です」

「君が彼女を突き飛ばすような動機は?」

「ありません。そこまで哀れな思考回路は持ち合わせておりませんの」


 静かな二人のやりとりに、王子が割って入る。


「嘘をつけリリーナ! ではなぜオデッサはあのような…痛ましい怪我を…!」

「では彼女以外に証言できる方がいらっしゃいますの?」

「よく思い出してくださいリリーナ様! あの時私は…確かに!」

「当事者の記憶より第三者の証言の方が重要だと思いますけれど」


 リリーナは呆れた様子で扇を開くとそのまま口元に当て、凛と態度を変えない彼女にディードリヒが助けを出す。


「確かにお嬢さんの怪我は痛ましいものだっただろう。しかしリリーナのせいにするには証拠があまりにも足らない。違うかな?」

「「…っ」」

「二人のいうことはもはや言いがかりだ。殺人事件のことと言い、全てをリリーナのせいだと罪を被せるのはもうやめてもらおうか」


 オデッサの怪我が本物だったかどうか、についてまで言及するとキリがないが、それを差し引いてもこちらが有利に立ってしまえばあっという間に優劣は崩れるものだ。


「し、しかしもう事件から一年は経っている…今更掘り返そうなどと!」

「ほとぼりの冷めないうちに話をしたって誰も聞かないだろう。明白な事実だ」

「で、ではフレーメン王太子殿下はなぜリリーナ様の味方をなさるのですか? 恋人だからって、そんな…」

「何って…」


 動揺する二人に、ディードリヒは最高の笑顔を見せる。

 

「僕がリリーナ嬢を娶るためだけど」

 

「な…」

「結婚…?」


 会場の全員にまで動揺が広がった。

 馬が駆けるよりも速くひそひそとした声が周囲に広がる。


「僕はこの出会いに感謝している。彼女との出会いは僕を変えてくれたんだ、とても良い方向にね」

「…」


 リリーナはついうっかりここまでの出来事を思い返し内心で気分を落とした。しかしそれを言うわけにもいかず、扇で隠れていない目線で気づかれないように気を配る。


「彼女を知っていくうちに、とても殺人なんて酷いことをするような人には思えなくなった。そこで少し調査を進めてみたら…なんてお粗末な事実だろうね?」


 わかってしまえば終始お粗末なものだ。何よりもミスだったのは殺し屋の人選だろう。王都にも万が一に備えた隠密機関がある場合があるが、そこを使うのは憚られたのか個人で雇ってしまったのに問題があったと言っていい。まさか自分の行いを高らかに他言するような人物を雇っていたとは、王子は人を見る目がないのだろう。


「この中に、公爵家に恥をかかせたい家が一体いくつあると思う? 君はそれを利用したかったんだろうが、もう少し想定外の事態を考えておくべきだった」


 ディードリヒの言葉に、王子は奥歯を噛み締める。そこから振り返ると、玉座にて様子を伺っていた父王に助けを求めた。


「父上! 俺とオデッサはこのような…他人を貶めるようなことなどしておりません! 奴らは共謀し、俺を陥れようとしている!」

「…」


 ふと、王は右手を振り翳す。反応した騎士が王の元へ駆けつけると、こう口を開いた。


「リヒター、オデッサ嬢、二人はこの会場を去りなさい」



「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

コメントなどもお気軽に!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ