冤罪を晴らす時(1)
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パーティ当日。
会場入り口にてディードリヒのエスコートのもと馬車を降りたリリーナのドレスはディードリヒの目の色からとって淡い水色となった。華やかなプリンセスラインのドレスは彼女の長いピンクブロンドの髪を目立たせる。
ディードリヒの衣装もまた彼女のドレスに合わせた白を基調に水色を合わせたもの。小物に金をあしらうことで嫌味なく彼女の瞳の色を取り入れた仕様となった。
二人はさも当たり前と言わんばりに腕を組んで進むが、周囲は二人を一目見た時からざわついている。
「フレーメン王国王太子、ディードリヒ様とそのパートナー様がお越しになりました!」
号令係の声に合わせて会場の扉が開き、しんと静まった会場へ踏み入っていく。その後、二人は歓迎の拍手を受けながらも好奇の目に晒されることとなった。
観衆の視線は主にリリーナに向いている。彼女の投獄及び脱獄は貴族間に置いてしばし話しの種とされていたほど有名だが、その後どうなったのかに興味を持つものも少なかった。それが諸外国の王太子と共に現れようとは誰も思うまい。おかげで会場にいた全ての視線を一気に受けることとなった。
「…」
それでもリリーナが怯える様子はない。正直言って、こんなものだろう、というのが素直な感想であった。自分が社交界に今更顔を出すというのは彼女自身でさえ少し前であれば信じられなかったことである。故に多少好奇の目に晒される程度どうどいうこともない。強いていうならば、両親の顔を見れたら幸せだろうとは思うが。
彼女の凛とした様子を横目に眺めながら、ディードリヒは月並みだが“大したものだ”と素直に感じた。
一口に観衆と言ったところで、ここには今何人の人間がいるのかわかったものではない。その視線を一気に浴びて、それでもなお背筋を正す彼女は彼にとってやはり神より美しいのだと改めて実感する。
一心に見つめてくる観衆の中を二人は進んでいく。人だかりは二人を避けるように場所を空け、会場の中央に出る頃には二人を中心に大きな円が出来上がった。
その向正面、人だかりの奥から革靴の音が聞こえる。それに連れ添うのはヒールのつけられた靴の音。そして人だかりが避けてできたその通路に、さる二人が顔を出した。
「お待ちしておりましたフレーメン王太子殿下。お元気そうで何よりです」
そう言って頭を下げたのは王子のリヒターとそれに連れ添ったオデッサ。二人は顔を上げるとリリーナを視界に収める。
「やぁリリーナ。一年ぶりかな? 生きててくれてよかったよ」
「あら、殿下もご機嫌麗しゅうございます。お元気そうで何よりですわ」
遠回しに生存を恨まれているリリーナだが、さらりと笑って返した。王子にとってはリリーナが死ねば他に邪魔はないと考えたのかもしれない。
「それにしても、フレーメン王太子とここにくるなんてね。どうたらし込んだのか…」
無礼な言葉に若干眉間に皺を寄せかけたリリーナではあったが、気を引き締めて堪える。
「フレーメンの方々は私を保護してくださっただけですわ。特に殿下は気を配ってくださいました」
「「…」」
睨み合う視線の戦いが始まった。張り詰めた空気の中で鈴のような声が響く。
「リリーナ様」
「…ご機嫌よう、マイヤー伯爵令嬢」
「リリーナ様は、お祝いに来てくださったのですか?」
「ええ勿論。お二人の門出を祝福しに来ましたの」
オデッサは女性らしい淡いピンクのドレスを身に纏っている。その姿はリリーナが投獄される前よりしっかりとした出立となった。前を向き、背筋を正す。貴族の在り方としてリリーナが何度も彼女に説いたことを、やっとこなせるようになったのかと、少しばかり感心する。
「お二人が仲睦まじいように、私も恋人と馳せ参じましたの。ねぇ、ディードリヒ様?」
「そうだね、リリーナ」
この時、ディードリヒは王子様の笑顔を作ってリリーナに答えたものの、脳内は彼女からの“恋人”の公言で真っ白であった。彼は今喜びと混乱で全ての感情が吹き飛んでいる。
あまりにも自然に出た言葉ではあるが、その衝撃に周囲は騒然となった。
リリーナは家名も失った没落令嬢。ここに来ただけでも観衆は驚いたというのに、何を持ってすればフレーメンの王太子に接触することがまずできてしまうのか、さらに恋人にまで発展するとは…月並みな話スキャンダルである。
ざわざわと周囲が話し始めた。噂好きの貴族のことだ、このままおひれはひれがついて広がっていくのだろうと、その光景をリリーナは冷たい視線で刺す。
そして横ではディードリヒが固まっている。その様子に気づいたリリーナは彼の横腹を肘で何度か突くと「しっかりなさい!」と耳打ちした。その声でやっと我を取り戻したディードリヒにため息をつく。
「それにしても脱獄なんて、すごいじゃないか。貴族牢は高い塔にあるのに」
王子は余程こちらを晒しものにしたいのだろう、涼しい顔であれやこれやと要らぬことを訊いてくる。
「実は私もよくわかっていませんの。麻袋を被せられて気絶した後は森の中でしたから…そこをフレーメンの方々が拾ってくださったのですわ」
「それはまた物語みたいな出会いだ。まるで謀ったみたいに」
「…牢では手紙を出すことすらできないのを、知らないとは言わせませんわ」
「おっと失礼、怒らせたかったんじゃないよ。なんで誘拐犯は君を捨てたのか…気になるところだけど」
「私の知るところだと思いまして? 水掛け論は下品だと思いませんこと?」
「…今日はよく口が回るじゃないか」
リリーナは手に持ったままの扇を口元に当て相手を見下すような視線を送った。対して王子は気に入らないと顔に書いてこちらに隠そうともしない。
それもそうだろう。あの断罪の日、リリーナは一言も喋らす罪をただ受け入れたのだから。きっと王子にとって彼女はどこかで都合のいい存在だったのだ。
「フレーメンの方々は私の傷ついた心を癒してくださいました…どこかの誰かと違って」
「よかったじゃないか。君の心にも傷つくなんてものがあるとは思わなかったよ」
そこでディードリヒが一歩前に出る。その表情は明らかに怒りを示しているが、リリーナはそれを止めた。
「…っ」
今にも噛みつきそうなディードリヒを睨みつけ、“今は耐えろ”と視線で語る。
「まぁ、あれだけの事件を起こしておいて何も思ってなかったら君は余程冷酷な人間ということにもなるね」
「冷酷、ねぇ…」
澄ました態度で目を伏せるリリーナにディードリヒが応える。ディードリヒは少し頭が冷えたのか平静を取り戻していた。
「何かおかしいことでも言ったかい? リリーナ」
「いえ、私も人間ですから時に冷酷にもなりましょう…ねぇ? ディードリヒ様」
彼女の目くばせにディードリヒが一歩前に出る。そして侍従を一人呼ぶと、大きな封筒を受け取った。
「そうだね、僕から説明しようか」
そう優しく笑ったディードリヒは、観衆に向かって大声をあげる。
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