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この国に住む一人として

 

 ***

 

「おぉ、ここにいたか」


 背後からかけられた声にリリーナとディードリヒが応えると、そこには数日ぶりに見かけたある二人の姿が目に映る。

 不意に二人の前に現れたのは、先ほど挨拶のできなかったアダラートとフランチェスカ夫妻であった。

 夫妻は揃って少しばかり申し訳なさそうな表情で二人を見ており、リリーナたちはその姿に驚いている。


「先ほどはすまなかった。二人が挨拶に来てくれていたのは気付いていたのだが、いかんせん古い知り合いを邪険にもできなくてな」

「ごめんなさいね、お話が終わってすぐ探したのだけれど、声をかけるまでに時間がかかってしまったわ」


 どうやらリリーナたちが上王夫妻への挨拶を一度諦めたのち、二人は要件を終えて自分たちを探していたようだ。

 そのことに二人は…特にリリーナはわたわたと動揺した姿を見せる。


「いえそんな、僕らこそ機を計れず申し訳なく思っています」

「お探しさせてしまい、お手数をおかけしましましたことをお詫びいたします。改めてこちらからお伺いすべきだと言いますのに、申し訳ございません」


 リリーナとディードリヒは慌てて頭を下げ上王夫妻への無礼を詫びた。夫妻の気遣いはありがたいが、やはりマナーとしては目下の人間から挨拶に向かうべきである。


「気にしないでいいのよ。わたくしたちが早くお話をしたかったの」

「あぁ、せっかく二人が来てくれたというのに挨拶の一つもないなどという無礼はせんよ」

「ありがとう存じます。こうしてご挨拶できましたことに感謝いたしますわ」

「僕からも感謝を。お婆様、お脚の具合は如何でしょうか?」


 ディードリヒがフランチェスカの膝を気遣う。こういった場合はリリーナが率先して声をかけるということが多いが、あくまでそれは偶然でしかない。彼もまた孫として体の悪い祖母を心配しているのは確かだ。


「大丈夫よ、今日は調子がいいの。ありがとうね」

「なにかございましたらお申し付けくださいませ。すぐ対応させますわ、ご安心ください」

「ふふ、リリーナさんは今日も頼りになるわね。無理はしないようにするわ」


 フランチェスカは気遣いに礼を返すように安心した笑みを見せる。実際こういった場に限らずリリーナの手際の良さには安心感があるのだろう。その証拠はこれまでの彼女が証明している。


「すまんが少し時間はあるか? 大層な話ではないのだが、帰る前に一つと思っていてな」

「お話があるようでしたら場所を用意させますが…」

「いや、大層な話ではないさ。リリーナさんに伝え忘れていたことがあってな」

「私に…でしょうか?」

「あぁ」


 リリーナの問いにアダラートは静かに頷くと、そっと握手の手を差し出す。


「ありがとう、兄の家を引き取ってくれて」

「!」

「兄には…いや自分の思い出には悪いが、あそこはいい加減どうするかを決めなくてはならない場所だった。俺ももう老耄おいぼれだからな」


 アダラートは自重気味に表情を動かす。まるで彷徨う思い出の在処を探しているかのように。


「だが、幸運なことにあの家は新しい家主を得た。忘れられて壊れてしまうよりマシだろう」

「上王様…」

「既にあの家は君のものだ。君の好きに作り変えてくれて構わんし、好きに使ってほしい。それだけは伝えておかなくてはと思ってな」


 アダラートの言葉に、リリーナはようやくあの家に対する実感を得ることができたように感じた。

 リリーナにとってやはりあの家は、何度寝泊まりをしてもどこか元の家主であるフランツ上王兄から間借りしているという感覚がどこかに残っていた自覚がある。

 しかし今の言葉で、ようやくリリーナはあの家を“自分のものになった”という実感を得たのであった。


「ありがとう存じます、上王様」


 そしてリリーナはアダラートから差し出された手に応え、堅い握手を交わす。二人の間には、一つの共通点という絆が生まれていた。


「兄上には伝えてある。あの人のことだから『縁起の悪い家だ』とでも言いそうだが、気にせず使ってくれ」

「ふふ、そうね。あなたのお話に出てくるフランツ様はいつも少しだけ意地悪だもの」

「そんなことはない。優しい兄だったさ…いつだってな」


 妻の言葉に柔らかく返すアダラートは、遠きいつかへと思いを馳せ微笑む。

 その笑顔を見るリリーナは、いつかにディードリヒがよく祖父が大叔父であるフランツの話をよくしていたと言っていたのを思い出した。確かにその姿を見ていると、アダラートがどれだけ家族を愛していたかが強く伝わってくる。


「欲を言えば食事でもしながらゆっくりと話したかったのだが、ハイマンに止められてしまってな。今日も二人は忙しいだろうと思うと、どうにも簡素な形になってしまってすまない」

「いえ、こうしてお話が聞けて喜ばしく思いますわ。ありがとう存じます」

「そう言ってくれると助かる。老耄の昔話はつまらんと有名だからな」

「ふふ、あなたったら前にディビに言われたことを気にしているんですか?」

「「!?」」

「い、いやそんなことは…」


 何気ない言葉を妻にいじられ、アダラートは視線を逸らす。リリーナが何事かとディードリヒを見ると、彼もまた慌てた様子で口を開いた。


「あ、いや、その、それは子供の頃のことで…お祖父様がずっとお菓子の話をしていたからつい…」

「ディビはあまり甘いものを食べないものねぇ」

「反省しているんだ…ハイマンもあまり甘いものは食べなかったというのに」


 狼狽える男性陣を見ながらフランチェスカはくすくすと小さく笑っている。それを見ていたリリーナは始めこそ呆然としていたものの、すぐに小さく笑い始めた。


「かわいい人でしょう? 歳をとってようやく素直になったのよ」

「まぁお互い歳はとったが…お前は変わらないじゃないか」

「もうしわくちゃのおばあちゃんだわ。あなたみたいに素敵じゃないのよ」


 さも当たり前のように夫妻は互いを褒め合う。静かなで何気ない会話の中に込められた愛が、二人の形なのだろう。


 リリーナは二人の姿を少し羨ましいと感じた。


 自分たちが進んでいく人生の階段にこうして確かに紡がれる愛が残っているだろうか、いや残っていてほしいと願わないではいられない。

 人生は何が起こるかわからないが、だからこそ彼を信じ続けたいと思えば思うほどに自分にできることを必死に探してしまう。


(ディードリヒ様も、お年を召されるほどそれはそれで素敵になっていくのでしょうか…)


 長い人生を考えると、ついリリーナはそんなことをついでに考えてしまう。ちらりと一瞬だけ見た彼は今も既に、リリーナにとっては完成された美しさだが、ここに年相応の皺は勿論、年齢とともにオールバックも似合っていくのではなかろうか。


(な、なんなら、わわわ私もディードリヒ様を愛称で…呼べたら…)


 もしそうなるならば、本音を言えば彼の家族が使っている『ディビ』という愛称ではなく別のものが使いたい。


(も、もし許されるのでしたらパンドラの発音である『デレク』様と…!)


 パンドラとフレーメンは同じ大陸、同じ国家からの分裂によってできた国家故に言語が大変似てはいるものの、やはり文字や読み方の違う言語は多い。ちなみにディードリヒの名前をパンドラの発音で言うとデレトゥーリヒである。

 だが正直、それはそれで…とリリーナは考えた。

 しかし、


「リリーナ?」

「!」

「大丈夫?」

「えぇ…問題ありませんわ。お二人を見ていて、少し先の未来について考えていたのです。申し訳ありません」


 とても邪な妄想をしていたとは言えないので嘘ではないが本音を少しだけ加工した発言で返す。ディードリヒには後で突かれかねないが、それはそれで構わない。少なくとも今の空気で言っていいような妄想ではなかったのだから。

 案の定ディードリヒは「そっか」となんでもないように返しているが、視線はやや懐疑的である。これは追求を免れないかもしれない。忘れてくれればいいのだが。


「未来か、いい言葉だな」


 リリーナの言葉にそう反応したのはアダラートであった。彼は言葉と共に隣に立つフランチェスカに微笑みかけ、彼女がそれに微笑んで返すと、リリーナとディードリヒに視線を向ける。


「今日から明日へ向かうその中で、時代はまたひとつ若者のものへとなっていく。その中で君たちの肩にかかる責任は大きいだろう。しかしそれは、君たちが死ぬまでその肩に乗せ続けなくてはならない」

「国を支えるということは、時として個と“個の望み”を捨てなくてはならないわ。たとえそれが今でなくてはならないことでもね」


 “未来”。その二文字が二人に与える重みを先々代の王とその王妃は告げる。

 その言葉ですらずしりと心にのしかかる中で、夫妻は「遊べるのは今のうちだ」と、更なる現実を二人に突き出した。

 だが、その巨岩のような言葉にも二人は強く頷き、そして真っ直ぐとその歴史の生き証人たちへ視線を向ける。


「若輩ながら、お二人のお言葉の意味を僕なりに解釈しているつもりです。自分の人生に敷かれた道を進むことを決めたのは自分の意思ですので。だから僕たちは、次へ進むために今日を迎えました」

「この国に来るまで、私に“個”というものがあることを私自身が許せませんでした。しかしその自由を与え、自分を愛することを教えてくださったのは紛れもなくこの国方々に他なりません。故に私は、私にできる限りの全てでこの恩をお返ししたいと思っております」


 二人の言葉に、夫妻は柔らかく微笑みあう。

 その言葉は確かに前を向いていて、その瞳には確かな強い意志がこもっていた。

 国の、そして家族の未来を思う夫妻にとって、これほど嬉しいことはない。


「そうだな。頑張りなさい…二人でな」

「遠く離れていても応援しているわ。ディビだけでなくリリーナさんだって、もう立派なわたくしの孫だもの」

「! 上王妃さま、それは…」

「そんなに驚くことないわ。わたくしは初めて会った時から新しい孫が増えて嬉しかったんだもの」

「上王妃様…」


 フランチェスカは一度持っている杖をアダラートに渡すと、ゆっくりとリリーナの元へ向かい彼女の手をその両手で優しく包み込む。

 そして新たな彼女の祖母は、静かに咲く花のように温かく微笑んだ。


「リリーナさんはね、もう大事な大事なうちの子なのよ。誰にも文句は言わせないわ」

「ファニーの言うとおりだ。君はもうフレーメンの大切な国民の一人だ、自信を持ってほしい」


 フランチェスカとアダラートの温かい言葉に、リリーナは強く瞳を潤ませる。しかし彼女がその雫を目尻に溜めることはなかった。

 ぐっと堪えた涙の代わりに、リリーナもまた温かな笑顔を返す。


「ありがとう存じます。上王様、上王妃様。尚のこと私はこの国に感謝を返さなくてはなりませんわ」

「そうかしら? リリーナさんがリリーナさんらしくあってくれたら、わたくしはそれが一番嬉しいわ」

「温かいお言葉に感謝いたします。私はこの国にふさわしい私として、ディードリヒ様にふさわしい私でいることで、全ての民が健やかに過ごせるよう努めたく思うのです」

「リリーナさんは本当に優しいのね…長生きはするものだわ」


 言いながら、フランチェスカはリリーナの言葉を噛み締めるように微笑んでいる。そしてリリーナは、その笑顔にまたひとつ心に温かな光が灯った。

 この旅路はまだ始まったばかりだが、希望に満ちているのだと。


「ファニー、俺も人のことは言えないがそろそろ次へ向かおう。二人もまだ予定があるはずだ」

「あらあら…そうね、つい長話をしてしまったわ。ごめんなさいね二人とも」

「いいえ、お二人ともお気になさらないでください。とても素敵な時間でした」

「ディードリヒ様の仰る通りですわ。大変心温まる時間でございました。上王様より賜りましたあの家屋は、私なりにですが大切にさせていただきます」


 リリーナとディードリヒは二人に向かって静かに頭を下げる。アダラートは「気にしないでくれ」と言いながらすぐ二人に頭を上げるよう伝えたが、どこか嬉しそうな様子が伝わってきた。


「若いと言うのは良いものだ。苦労はあろうと納得できる時間をひとつでも多く積み重ねなさい。それは必ず糧になる」

「そうね、でも苦痛と苦労は違うわ。だからこそ選択は常に後悔のないように」


 夫妻はそう残して、リリーナたちに軽く別れを告げると次の場所へと向かっていく。その姿を見送ったリリーナが何気なく隣を見ると、ディードリヒもまたこちらを見ていた。


「『苦痛と苦労は違う』ってさ、リリーナ」

「…今それを掘り返すのは卑怯でなくて?」

「そうかなぁ? 僕は真理を突いた良い言葉だと思うけど」

「…」


 リリーナは少し気まずげな様子でディードリヒから視線を逸らす。それをディードリヒはじと…とした目で見ていた。


「自覚はあるんだね?」

「…ノーコメントですわ」

「ふぅん…」

「…」


 ディードリヒが無言でリリーナを見つめていると、リリーナがそわそわと居心地の悪そうな様子で腕を組み始める。

 その様子を見た彼は、思わず小さく噴き出した。


「っはは、少し意地悪しすぎたかな? ごめんね」

「知りませんわ」

「もう、機嫌直して次へ行こうよ。誰に顔を見せるかは決まってるんでしょ?」

「まぁ…そうですが」


 調子の良いディードリヒに、リリーナは複雑な反応を見せる。全くもってこちらを揶揄うような言葉は気に食わないが、これまでの無理を突かれると言い返せない。


「ほら、お手をどうぞお姫様」

「…その『お姫様』と私を呼ぶのはそろそろやめてくださる?」


 差し出された手を取りながらもリリーナは自身の扱いに対して不服を申し立てる。

 もういい加減お姫様などという歳でもなければ、結婚もして尚更子供のように言われる筋合いはない、と。


「えー、やだ」

「やだって…子供ではありませんのよ」

「リリーナは一生僕のお姫様だからね。たとえしわくちゃになってもそうなんだよ」

「!」

「お祖父様には負けられないからね」


 ディードリヒは言いながら悪戯に笑う。対してリリーナは耳まで顔を真っ赤にして言葉を失った。


「僕はまだ王子様だし丁度いいよね、なんて」


 あはは、と彼は笑う。しかしリリーナは顔を真っ赤にしながらディードリヒの腕を思い切り引き寄せ、彼の耳を間近に寄せると耳元でひとつ囁いた。


「私が一生お姫様だと言われたら、貴方には一生王子様でいてもらわなければいけないではありませんか」

「!」


 リリーナはそれだけ述べると乱暴にディードリヒを解放し、そのまま手を離してスタスタと歩き始める。

 そしてまだ耳が赤い彼女の後ろを歩くディードリヒは、嬉しさと少しの恥ずかしさが混ざったような表情で小さく微笑んだ。


この話は最初の原稿だとありませんでした。簡単に言うとあんまりエピローグが長くてもなぁとカットしたからです

しかし相方より「ここまで(第一部後半)の話の流れ的におじいちゃんたちと話さないと違和感じゃない?」と言われ慌てて書き足したものです

それも最初はリリーナの秘密基地(元フランツ所有の一軒家)だけだったので文字数があまりにも少なく、ちょっとこれはなぁと思って書き足したら倍以上になりました。なんでや


アダラートおじいちゃんは自分が“良い”と思ったものを熱心に推してくるところがあるので、若干ハイマンとディードリヒから距離を取られています。ほんの若干ではあるのですが。フランチェスカはアダラートのそういった側面をかわいいと思っていますが、感じ方はそれぞれですよね


そして珍しく妄想の爆発するリリーナ様。本人は常に己を律して生きていますが、今回浮かれたことを考えたので後ほど一人反省会です。披露宴って言っても長いんでね

ディードリヒくんに突かれたかはご想像にお任せします

久方ぶりに書いた浮かれリリーナ様、楽しかったです。リリーナが一人であんなに浮かれてるのは珍しいように思います


私の中ではいつまでも二人は良き王族であってくれるので、リリーナの願いは叶うのでしょう

最終的には作家である私の腕次第ですが


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