貴方と幸せになると、私が決めた
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大混雑と言って過言ではないフレーメン首都ラッヘンに置かれた中央教会の入り口前に、大きな馬車が停車する。豪奢に造られた催事用の馬車からは、四人の人間が降車した。
まず最初に出てきたのはマルクスである。彼は正装に身を包み、馬車の中から次に降車する人物に向かってエスコートの手を差し出した。
その手を取って馬車から出てきたのは今日の主役の一人であるリリーナ。彼女は白百合を中心としたブーケを手に持ち、ディアナがデザインしたウェディングドレスを纏っている。
一見デコルテから腕までが大きく露出したように見えるベルラインのドレスは、レースで作られた透け感のある薄い七分袖の短い上着によってリリーナの気にしていた胸元をしっかりと隠していた。
純白のシルクで作られたドレスは後ろ裾が大変長く、彼女が被っているベールの後ろ裾も床に擦るほど長い。この長い裾は王族貴族の富の象徴であり、上位の貴族であるほど長いものが好まれる。
そしてリリーナの後から馬車を降りたのはファリカの弟であるテレルとメリセントであった。二人は馬車を降りるとすかさずリリーナの背後につき、長く床に擦れるドレスの後ろ裾に気をつけながら長いベールの端を持ち上げてリリーナと共にゆっくりと歩き始める。
リリーナは父であるマルクスと腕を組み、足先を完全に覆い隠してしまうほど前裾も長いドレスを前方に向かって蹴り出すようにしながら教会正面ドア前の階段をゆっくりと登っていく。
ドアまでたどり着くと、その横で待機していた騎士たちがゆっくりと重く大きな両開きのドアを開け、リリーナはマルクスと腕を組んだままその中に足を踏み入れた。
フレーメンにおいて一番大きな教会には敷き詰まるほどの関係者が席につき、リリーナの登場を拍手で迎えてくれる。その温かな空気の中でリリーナはゆっくりと、一歩ずつ確実に順路を進み、壇上にて先に待っているディードリヒの前でマルクスと別れた。
そしてメリセントに一度ブーケを渡し、壇上に上がるとディードリヒと共に聖書を構える神父に向き合う。
ディードリヒは右手に剣を象徴する白い手袋を握っていた。しかしそれはあくまで花嫁を守る暗示であり、戦う意志を示すものではない。
「新郎ディードリヒよ、其方はここにいるリリーナを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、相手を妻として敬い、慈しみ、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
「新婦リリーナよ、其方はここにいるディードリヒを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、相手を夫として敬い、慈しみ、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
すっかりと静かになった厳粛な空気の中、淡々と新婦から誓いの言葉が読み上げられる。そして二人の短くもはっきりとした誓いを見届けた神父は、静かに教壇に置かれた小箱を差し出すとそっと箱を開いた。
「では、指輪の交換を」
神父の言葉にリリーナとディードリヒは向き合い、まずはリリーナが短く白い手袋のついた左手の甲を相手に向けるようにして胸の前にかざす。そして彼女は右手を使い左中指の先端を引っ張って左側の手袋を外した。そして次は右手を同じように胸の前にかざし、左手で右中指の先端から手袋を引き抜く。そして引き抜いた手袋をそばで待機していたメリセントに一度渡すと、左手をディードリヒに差し出した。
(あぁ…これで本当に私は彼の私になる)
花嫁の白い手袋は純潔の象徴である。故にそれを新郎の前で外すということは、相手に全てを捧げる覚悟を指す。その思いが、また一つリリーナを高揚させていく。
そしてディードリヒはその手をとりそっと左薬指に小箱から取り出した二つの指輪を嵌めた。
この二つの指輪は、婚約指輪と結婚指輪が同時に左薬指に嵌っている。ここにも彼の中では確かな意味があった。
二つの指輪が一つとなり、新たな輝きを放つ。
婚約指輪はもとより結婚指輪と合わさることで成り立つデザインになっている。それ故に、今この瞬間に指輪はやっと完成したのであった。
そして自らの左薬指にしっかりと指輪が嵌められたのを見届けてから、今度はリリーナがディードリヒの左手をとる。そして自分の指輪と合わせるようなデザインになっている銀の指輪を、彼の左薬指にそっと嵌めた。
「では、誓いのキスを」
神父の言葉に、ディードリヒがリリーナの被っているベールの前面をそっと持ちあげ、そのまま後頭部まで捲り上げる。頭頂部のティアラで押さえられているベールは完全に落ちることはなく、そのままティアラを覆う形でベールに隠されたリリーナの顔を露わにした。
「…」
そしてここまでの一つ一つの瞬間に、リリーナは強い緊張と感情の昂りを感じている。
誓いの言葉の中でこれまでの軌跡を思い出し、指輪を交換する際にディードリヒが自分のつけたティアラにつけたアクアマリンに気づいてくれたのを表情に出して、さらに嬉しそうに微笑んでくれたのがあまりにも嬉しくて。
ベールを捲られたリリーナは、ディードリヒに心からの笑みを向けるとそっと目を閉じ彼の愛を待つ。そして静かに触れ合った唇と同時に会場から大きな拍手と歓声が聴こえる。
しかしすぐに離れてしまったキスがどこか名残惜しいと思うとつい彼を見てしまって、その視線に気づいた彼が小さく「後でね」と言ったものだから顔が熱くなった。
「…っ」
恥ずかしさで視線を逸らしてしまいながら、“こんなに幸せでいいのだろうか”、そうリリーナは考えてしまう。
(いえ、違いますわね…今が確かに幸せであるからこそ、私はこの幸せを手放さない人間になると決めたのです)
想像もできなかった出会いから始まった貴方との日々が人生で一番濃密で、でもそれがなかったら今の全てが存在しなかった。
悪いことがあっても悪いだけではなかったと、そう思えたことが一番自分は運が良くて幸せなことだったと今でも思っていて、周囲の誰もに恩を返したいことでもある。
だけど、その全てのきっかけが貴方だ。
それは誰でもない、自分を必死に追いかけてきて手に入れて、今隣で笑っていてくれる貴方。
「さぁ行こう、リリーナ」
最後に結婚契約を示す署名に二人でサインをして、ディードリヒはそう言うと微笑みと共にリリーナへと左手を差し出した。
リリーナは彼の心から喜んでくれているのだと伝わってくるその笑みに、自分も同じだけ愛を込めて微笑み返しその手をとる。
そして二人は腕を組み歩き出した。教会の中で順路に沿って敷かれたレッドカーペットを一歩ずつ進んで、その奥にあるドアの先という“未来”へと。
これからもずっと、私は貴方と進んでいく。
貴方と共に、幸せであり続けるために。
第一部、完
第二部へ続く
はい!というわけで七巻分の掲載終了と第一部完結となります!!
ますはいつものことながら、ここまでお疲れ様でした。そしてご拝読ありがとうございます
そして巻数を追うごとに長くなっていく巻末あとがきへようこそ。クソ長なので興味ないよって方は飛ばすのを推奨します
ということでまずは中身の話をしていこうと思います
あぁ〜〜〜〜〜〜ここまで長かった!リリーナたちがようやく結婚という二人の人生の新しいステージに上がりましたね。作家は一安心です
結婚式のシーンは結構気合い入れました。おかげで文字数そこそこになったので満足しています
現状本編第一部はこれにて完結ですが、このあとは披露宴的なパーティを描いた短編をエピローグ的に一本挟み第二部へ移行予定です
7巻はあっちもこっちも謝ってばっかな巻になったなぁという印象ですが、一巻から始まった罪のあれこれを清算するための通過儀礼であったように作家は思います。ただ読んでいる方が「うーん」となっていたら申し訳ないです
ここからは第一部全体のお話
実はこの作品は三巻(つまり3章)で終わりにするつもりでした
この作品にはいくつかのチャレンジ要素がありますが、それは「好きな要素を設定に詰め込んでどこまで話を広げられるか」「十万字以上の連載にチャレンジしよう」の二つが主だったもので、私は初めこの話を本当に大切な二人の物語だけを拾い上げて三冊でとっとと済ませてから次に行くつもりでした。
ですが相方から「それじゃ勿体無い」と言われて考え始めた結果、一応超長期連載(五巻以上)になった場合のオチも考えていたのでそちらを採用し、本来私がやりたかったオチに関しては二部でやろうと決めました
正直恋愛ものなんで、結婚してから始まったならともかくお付き合いの前から始まったら「結婚しました」が一番綺麗な終わりでもあると私は考えているので、この巻を一つの区切りとすることにしています
私は結構ライブ感で話を書いていて、「とりあえず書ける部分書いて、後からどう辻褄をあわせるか」という書き方がおおいのでちょいちょい苦労しました。それはただの馬鹿なんですか…でもなんとか形になってよかったです
ここからはキャラ語りです
まずリリーナについて
今作の主人公ですね。散々暴れ散らかしてくれましたし、作中の会話の三分の一くらいはキレてたんじゃないかと思っています。主にディードリヒに
もうなんかちょいちょい話してるキャラなので言うことないんですが、作家としては彼女の本当に安らげる場所がいつまでもディードリヒのそばであることを願っています。あとこれからは思う存分ディードリヒくんの病み目に蕩けててくれ
リリーナは本当に自分の好きなプライドの高い女の権化です。プライドが高いので努力を厭わない、その高飛車な態度には裏付けがある…そういったキャラがすごく好きですし、かっこいいと思います
でもそうしたら高い場所から降りられなくなった人になってしまって、それは少し申し訳なかったなと。今はディードリヒくんや友達がたくさんいるので大丈夫です
彼女は最初うっかりすると精神崩壊まっしぐらだったので、そうなる前にとどまれたのが一番書いていて安心しました
ディードリヒについて
この作品のテーマを体現してもらうために作ったキャラクターでもありました
「ヤンデレ、という存在がたとえ本当の意味で相手と相思相愛になったところでその本質は変わるものなのか?」という私の長年の問いをテーマにしたキャラでもあります
そして上記の疑問に対する回答は「否」であると私は考えています。一度疑心暗鬼になったり、何かしらに堕ちてしまった人間が変わることはとても難しいですし、ヤンデレはそういった側面を恋愛に向けたキャラ属性の一種としての側面があると私は考えています
故にその歪みはその人の本質になってしまうのではないかと考えたとき、「リリーナへの歪んだ本質を変えないまま、人間性として一歩前に向かせる」それがこの作品のヤンデレものに対する主張でした
一応ヤンデレもの好きなハッピーエンド主義者なので、自分の好きなものに対して自分の主義を形にしたいと言うのか始まりでもありました
ディードリヒがヤンデレというよりそこに若干の鬱要素を足した病ンデレであるのは、単純にそういう男が好きだからです。相手が好きだけどこんなものは間違ってて、でも相手が好きだからやめられない…という矛盾で死んでいく倫理観のイかれた男が好きなので
なのでディードリヒは結局自分のやってきたことに後悔はないし、コレクションを処分することもないし見返すし、ちょっとあぶれた写真を処分するのでいっぱいいっぱいという脆弱さですが、それでも何もしないよりいいじゃないかなと作家は思っていますし、そもそも全部捨てられる程度なら何年も粘着しないんですよね。人間ってそういういきものだから
でも自分でリリーナの写真を撮ったり、自分も一緒に写真に写って全てを“思い出”に昇華していきたい、というのが彼の考え方です
リリーナにも言えますが、これは私なりの「変わらない本質と変わっていく人間性」という私がこの物語の結末に出したいテーマの答えの一つではないかと考えています
お休みについて
第一部完結いたしまして、この物語は第二部へと移行予定です
ですが二部開始までに少しお時間を頂こうと思っています。理由は物語の視点を変えようと思っていますので(詳しくは後述)、描くにあたって情報を整理したり物語を精査したりとやる事が多いのです
なので少しお休みをいただきます。申し訳ありません
第二部について
現状、上述にもありましたが第二部ではものの描く視点を少し変えようと考えています
ここまでは恋愛重視でいちゃこらをどれだけ書けるか、みたいなところがありましたが、第二部ではリリーナの人生や人間関係にもう少し時間を割いて描いていきたいと思っています
ディードリヒくんとのイチャコラはもちろん隙さえあればぶち込みますが、リリーナのやりたいことやお店のこと、友人関係やもう少し視野を広げてまだ焦点のあまり当たっていないキャラなどについて描いていけたらと思っています
でもディードリヒとはいちゃつかせます。病みというか、ヘドロっぽい部分も増やしたいですね。せっかく結婚して人前でいい子ちゃんやめてそんなふうにいちゃついても良くなったので
でも基本の方向性が夜にやる感じに話ではなっているので…うん…描写の割合は察してほしい。要望が多かったらムーンライトノベルズで一本描くかなぁと言うかんじ程度。でも全年齢でやれる部分は積極的にやりたいです
そして二部からは更新頻度を変更する予定でいます
現在は掲載できる期間は毎日上げていましたが、第二部では毎週火曜と金曜更新予定です
毎日連載、最初はよかったんですけど六巻と七巻がマジでキツくて。四巻までは9万〜11万文字程度だったので一ヶ月でプロットと原稿が成り立っていましたが、五巻が16万、六巻と七巻は20万文字とかになってしまったので一ヶ月じゃ足りなくて。それで休載を挟む結果となってしまいました
なので心機一転ということもあり、このような事態を未然に防ぐためにも更新頻度を変更し、今回のような不測の事態があっても安定してお届けできるよう努めます
ご不便をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします
では最後になりますが、本当にここまでお付き合いありがとうございました!
読んでくださる皆様のアクセスやコメント、評価にはとてもとても励まされてなんとかここまで来ることができました。ありがとうございます!
今後も出来うる限り全力で書いてまいりますので、お付き合いいただければ幸いです
ではエピローグを挟んで第二部でお会いしましょう、改めてありがとうございました!
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