謝罪と謝罪(6)
「…失礼致します」
リリーナが離れたドアから部屋に入ってきたのはミソラである。彼女は控えめな挨拶で部屋に入ると、リリーナに連れられテーブルの前までやってきた。
その様子を少し驚いた様子で見ていたオデッサは不意にはっと我を取り戻し、その勢いで慌てて席を立つ
「あ、ご、ごめんなさい。本当にリリーナ様の侍女の方だって思ったらそのまま見てしまって…私が呼んでもらったのに」
「いえ、お気になさらず」
「ご挨拶がまだでしたよね。オデッサ・マイヤーと申します。時折お城でお会いしたと思うんですが…」
「ミソラ・オダと申します。マイヤー様のことは覚えております。あれからお身体の調子は如何でしょうか?」
互いにカーテシーでの挨拶をする二人。それから静かに頭を上げた後でオデッサが少し安堵の笑みを浮かべた。
「おかげさまで体はすっかり元気で…頭の怪我が一番致命的で、正確に処置をされていたのが一番幸運だったと聞いています。あの時はありがとうございました!」
勢いよく頭を下げるオデッサに、少し困った様子で「一先ず頭を上げてください」と言ってからミソラは言葉を続ける。
「あの時は犯人がリリーナ様のかそ…いえ、リリーナ様を思わせる格好をしていましたので、私の立場ではリリーナ様を巻き込まないためにあの程度のことしかできず…申し訳ありません」
「あ、謝らないでください! 貴女は私の命の恩人なんですから! それよりも包帯などはいつも持ち歩いているんですか? すごく気になって…」
「はい。このようにドレスに仕込みポケットを作って持ち歩いています。リリーナ様の仰る通り私は護衛の職務を兼ねていますので」
オデッサの疑問に対しミソラはドレスの腰部分にある切り返しの辺りを軽くまさぐり両脇に作られた小さなスリットの奥から包帯や止血用の多布などを取り出す。他にも簡素なソーイングセットや手帳なども入っていた。
「わぁ…すごい。これで止血してくれたんですか?」
「所詮は応急処置でしかありません。後で傷が残ったりなどはありませんでしたか?」
「大丈夫です。処置が正確だったからだとお医者様は言っていました」
命の恩人に会えてオデッサはすっかりはしゃいでいて、ミソラも彼女の心配をしていたからかその好意に優しく答えているものの…この状況を疑問に思う者が一人。
「…ルーベンシュタイン嬢」
「ご用でして? 王子殿下」
「貴女の侍女はこの場にいなかったはずだが、なぜ話を把握しているんだ?」
「あら、彼女は護衛なのですから会話の内容を多少把握していてもおかしくはありませんわ」
「そういうものか…?」
リリーナの言葉にリヒターはすっかり困惑が深まっている。彼からすればただでさえ女性の護衛など珍しいというのに、話を把握していたと思うと密偵か何かなのではと勘繰ってしまう。
「まぁそう言わずに。彼女はリリーナが最も信頼を置いている護衛ですので」
「そういうことではないような…ですが信用していいのですか?」
「それは保証します。僕が機密を任せていた部下でもありますので」
戸惑うリヒターにディードリヒはそう言って愛想笑いを見せるも、その白々しさにさらに困惑するリヒターを見てリリーナは内心で大きくため息をついた。ここでその笑顔を使うとは、相手に話を信じさせたいのか疑わせたいのかとディードリヒを疑って仕方がない。
「ミソラさんがこの資料を用意してくださったと聞いたのですが…」
ディードリヒに向かって呆れ返ったリリーナの耳にオデッサの声が入ってくる。彼女は未だミソラと話をしていたようだ。
「リリーナ様に似せた外見を…一応模していたように思いましたので、一通り調査をいたしました」
「それでこんなに詳しく…ありがとうございます」
「ですがリリーナ様の仰っていた通り現場を見たのは私だけですので、リリーナ様のアリバイを証明できる方の言質を他で取っていただく必要があります」
「リリーナ様のアリバイを証明できる人…」
ミソラの発言に少し悩むオデッサ。悩むのも無理はなかろうと二人の話題にリリーナが割り込む。
「それはメロエッタ夫人ですわ。彼の方は絵画の鑑定をやっておられますから、話の流れで教わることになっていたのです」
「ありがとうございます! ではお医者様のところに残ってるカルテと照らし合わせて夫人にお話を聞いてみますね!」
そう言ったオデッサは今日一番の清々しい笑顔を見せた。彼女はディードリヒが渡した封筒を手に取り目の前の目標に前向きな姿を見せている。
しかしあまりにもすんなりオデッサが話を受け入れていくその姿に、リリーナとディードリヒは驚かないでいられなかった。リヒターは前向きなオデッサに優しく笑いかけているが、リリーナからするとどうにも見ていて心配になる。
「随分と素直に聞き入れますわね…私たちが貴女たちを騙していないとは、言い切れなくてよ?」
心配故に怪訝な表情を見せるリリーナにオデッサはあっけらかんと笑って、それから彼女の言葉を、
「リリーナ様がそんなことするわけないじゃないですか」
そうはっきりと否定した。
「…何故そう言い切れますの?」
むしろリリーナの方がオデッサを信用しきれないと言わんばかりに質問を返す。だがオデッサは得意げに笑うとこう言った。
「リリーナ様は無実を証明される際に私を突き落とすことは『哀れな思考回路だ』と言いましたよね。その上で、リリーナ様が私にしてきた今までのことを考えれば、あまりにも発想が飛躍してましたから」
「…!」
「それもあって最初からおかしいと思ってたんです。オダ様のお話を聞いても嘘をついているように思えませんでしたし、それならあとは話を進めていけばわかるかなって」
それからオデッサはリヒターに目を向け、自らの意思として彼に問う。
「リヒター様もそれでいいですよね?」
「オデッサがそれでいいなら俺は構わない。全力で支援するし、お前にあんなことをした奴らは絶対に捕まえる」
目と目で通じ合うオデッサとリヒターを見ながら、リリーナは“二人ならば大丈夫そうだ”と少し安心感を得ていた。きっと二人はリリーナの冤罪騒ぎを通して大きな山を抜け、互いに信じ合えるようになったのかもしれない。
それにしても、ここまで正面から人を信じることができる傍でそこに自分なりの裏付けが存在しているオデッサは、リリーナが思っているより頭が回るようだ。
リリーナにはリヒターは未だ未熟で愚かな男に映るが、オデッサから見るとまだ捨てたものではなく魅力的な一面もあるのだろう。
「リリーナ様、フレーメン王太子殿下、今日はこの場を承諾してくださっただけでなくこちらの話を聞いてくださって、さらに私を突き落とした人たちの話まで…本当に何から何までありがとうございました」
「お二人には俺からもお礼を言わせてください。ここまでの非礼に対して話をする権利をくれたルーベンシュタイン嬢と、オデッサの件に関して謝罪と情報をくださったフレーメン王太子殿下に改めて感謝を」
感謝を述べたオデッサとリヒターは静かに頭を下げ、そして上げる。すると、リヒターの前には一つの手が握手を求めていた。
「フレーメン王太子殿下…これは?」
リヒターは差し出された手に戸惑い、手の主であるディードリヒに問う。彼にとってはそれだけディードリヒの行いが不思議でならなかった。
リリーナの冤罪の全てを、リリーナを捨てたことをきっと彼は本人より怒っているはずと先ほど感じたばかりなのに、と。
「リリーナが貴方を許さない限り、僕が口を出すことはありません。ですが互いに愛するものへの情熱を費やす者として、僕は貴方と友好を結びたいと思う」
「それは、とてもありがたいお話ですが、俺は…」
“この手を自分が取っていいのだろうか”、そう戸惑うリヒターはリリーナに目を向ける。
その不安の混ざった視線にリリーナはその困惑した視線に対してそっけなく口を開いた。
「私は貴方を許さないと申しました。ですが私とディードリヒ様は違いますわ。故にパンドラ王子殿下のお心のままになさるのがよろしいかと」
「ルーベンシュタイン嬢…!」
正直な話、リリーナから見ればディードリヒもリヒターも同じ穴の狢と言える。両者に違いがあるとすれば、それは“その行動で他者に大きな危害を加えたか”という方向性でしかない。どちらも自分の行いが間違っていると自覚していたのだから尚更のことだ。
他人に冤罪をかけてまで蹴落とすことも、長年のストーキングも、結局はどちらも犯罪なのだから。
ディードリヒが敢えてそれを踏まえて今リヒターに手を差し出しているのかまではわからないが、それでも本来自分が差し違えてでも殺してしまいたいであろうリヒターに彼は向き合おうとしている。その事実をリリーナが止めることはできないし、止めるつもりもない。
誰がなんと言おうと、彼の内心の感情が何であろうとも、今リリーナの目の前で行動しているディードリヒが一つ成長した姿であることに変わりはないのだから。
「では…ありがたく、申し出を受けさせてください」
リヒターは一つの決意の後に差し出された手に視線を向け、その手をしっかりと握った。そしてディードリヒに真っ直ぐと視線を向け、互いの意思を確かめ合う。
「よろしくお願いします、フレーメン王太子殿下」
「こちらこそ、パンドラ王子殿下」
そうして交わされた握手はとても前向きなもので、握り合った手の中には新たな関係性への希望が込められている。
リリーナはしかとその光景を目に焼き付け、二人の友好への一歩の証人として目の前の光景を見届けた。
はい。ということで、いろんなことの精算をした回でしたね
ミソラの告白(六話前)に関してもリヒターの言ったような“互いの国にとって大事にできない問題である”というのが最も大きな理由で全部が明かされるまでに時間がかかってしまいました。申し訳ないです
それにしてもリヒターがあまりにもヘタレ過ぎる
ディードリヒもヘタレなんですが、リヒターはさらにその上を行くヘタレ…多分今のところ作中で一番ヘタレじゃないかと
ヘタレ度が比較的低いのはルーエなんですが、その上を行くのがラインハートです。リヒターは奴の爪の垢を煎じて飲んだほうがいい
そんな彼だからオデッサが「自分がしっかりしなきゃ!」ってなるんでしょうね。いつまでも嫁にケツを叩かれている男
私の作品はヘタレた男ばっか出てくる。確かに私はヘタレ属性が好きですが、こんなことになるなんて思ってない
とりあえずリヒターくん頑張って
個人的にはディードリヒくんのリリーナ強火オタクっぷりが書けたのは楽しかったです
でもあくまで感情に身を任せ過ぎることなく確実に話を進めていく、というのは本当の彼がそういった人間なのか成長なのか…どちらでもあるような気がします
そしてリリーナ様の考え方が変わったいい回でもあったように思います
今までのリリーナ様って「もうどうでもいいから関わらないでくれ」とリヒターに思っていたわけですが、彼の真摯な姿を初めて見て彼の思いに応えようと本当の思いを口にすることができました。リヒターが許してもらえる日が来るといいですね
ついでに言えばリヒターとディードリヒが前向きな関係を気づくことに対して彼女の感情が前向きであったことは成長かなと思います。まぁ少なくともラインハートみたいにグイグイ来ることはないでしょうしね、多分だけど
そうやって二人とも育っていくのを見ると、作家としては感慨深いです
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