謝罪と謝罪(5)
***
一度全員に席に戻るよう誘導するリリーナ。
それから全員が席に戻った後の沈黙の中、リリーナはディードリヒをじっと見つめ始める。
「どうしたのリリーナ? 僕の顔に何かついてる?」
「…」
「そんなに見つめられると照れちゃうよ。他に人もいるしさ」
「…」
リリーナの視線に笑顔を返すディードリヒだが、彼が一言話す度に彼女の眉間の皺は深く刻まれていく。そして、
「あぁ、ごめんねリリーナ。君がここでキスしてほしあだだだだだだっ」
彼の発言の三言目でリリーナは我慢の限界を迎え、ディードリヒの頬を思い切りつねった。
「くだらないことばかり言って誤魔化さないでくださいませ。私たちも二人に謝罪すべきことがあるでしょう」
「だってあいつらリリーナを侮辱してあだだだだだだごめんちゃんとするから離してりりーなあああだだだだだっ」
「それはそれ、これはこれでしてよ! 何があろうが通すべき筋というものがあるでしょう!」
怒るリリーナに両手を上げて降参のポーズをとるディードリヒ。その姿を見たリリーナは懐疑的な表情は残しつつもディードリヒを解放し、対面に座るオデッサとリヒターに視線を向けながら立ち上がるディードリヒに続いて席を立つ。
「こちらの話というのも謝罪になります」
「謝罪?」
ディードリヒの発言に思い当たる節がないといった様子のオデッサとリヒター。だがディードリヒとリリーナはゆっくりと頭を下げてから口を開く。
「昨年、リリーナの冤罪を晴らしたあの場にて僕はある大きな勘違いをしていました。そしてその誤認からマイヤー嬢に対し加害的な発言をし、その謝罪がしたく思っています」
言いながら、ディードリヒは「失礼」と一言述べてからリリーナと共に頭を上げると懐から一つの封筒を取り出す。そして彼は封筒をテーブルに置くと、眼前の二人に差し出した。
「これはマイヤー嬢の言っていた貴女を“突き落とした”犯人たちの情報と証拠に当たる場面を写真に収めた資料です。当時、縁がありましてこの件を独自に調べていた僕の部下より託されました」
「…!」
オデッサはディードリヒからでた発言に強い衝撃を覚えたまま震える手で資料の封筒を開ける。そこから中に入っている資料を一つ一つ確認していく中で、何かに気づいたのかはっとなった彼女は二度目の衝撃に息を呑んだ。
「これ…このドレス、確かにあの時のものです。どうして…」
ショックの隠せないオデッサを見たリヒターが今度はディードリヒに険しい視線を向ける。その表情は如何にも怪訝なもので、ディードリヒはその表情に納得を示し静かに受け入れていた。
「王太子殿下、失礼だが俺はあの時貴方がオデッサの怪我に対してこちらの自作自演を疑うような発言をしたと覚えています。それがどういった風の吹き回しで?」
「細かな事情までとなると長くなりますが、当時リリーナについていた侍女の中に特務で僕と繋がりがある人間がいまして。その侍女が突き落とされたマイヤー嬢の第一発見者であり、応急処置と今回の調査を行なっていた人物でした」
「…もしそうだとして、ここまでこの情報が貴方にさえ知らされていなかったのは何故なのでしょうか?」
「それはこちら側の事情になりますが、当時僕は彼女にフレーメンの機密に関わる特務を任せておりまして、その件についてお話しするのは難しいとしか言えず…申し訳ない」
「…」
謝りながら頭を下げるディードリヒに、リヒターは何やら考えるような様子で沈黙を返し、そして次にリリーナが口を開く。
「私も知らなかったとは言え、あの場で貴女の発言に耳を傾けることをしませんでした。せめてもう少しすり合わせをするべきでしたわ」
「お渡しした証拠に関しても、信じるか否かはお二人にお任せします。現場は人払いがされていて話に挙げた侍女以外の目撃者はいなかったと聞いていますし、突き落とした瞬間を写真などに収められたわけでもありませんので」
リリーナたちの言葉に最初に反応したのはオデッサであった。彼女は慌てた様子で大きく頭を左右に振ると、困惑と焦燥の混ざったような声で最初に「そんな!」と返す。
「確かに知ってる人たちだったのでとても驚いてますけど…あの場ではどうにもならなかったようにも思いますから」
「そう言っていただけるのはありがたいですが…僕もこの事実を知ったのはお二人がこちらにくると決まってからでした。そのことをきっかけにお二人にこの封筒を渡して欲しいと託されていますので、当時マイヤー嬢に向かって罵倒とも言える発言をしたことには変わりません。本当に申し訳なかった」
そう言ってディードリヒとリリーナはまた頭を下げた。
基本的に敢えて視野を狭めて生きているディードリヒだが、彼にも分別は存在する。故に当時オデッサに対して先入観や精査されていない情報で決めつけを行い罵倒にも近い発言をしたことは、ミソラから話を聞いた時から流石に申し訳ないことをしたと感じていた。
“影”の拠点である隠し部屋での話の中で、ミソラは自身がディードリヒに対してこの件に関しては虚偽の申告をしていたことも告白している。
リリーナが冤罪をかけられたパーティでのことはディードリヒも同席していた以上知っているわけだが、ミソラは当時パンドラから手紙を出してフレーメンに届くまでの日数を利用しディードリヒがパンドラに到着してから対面で報告をした。
そうすることで既に旬の過ぎた話題が城を跋扈していることはないのでディードリヒが深入りするのを防ぎ、ミソラ自身の口からやや誤魔化しの入った情報を話すことでディードリヒに“オデッサの突き落としはおそらく相手側の自作自演である”と信じ込ませたのである。
勿論事件当時の自分の行動は問われるわけだが、そこは「リリーナのいた部屋のそばにいたので知らなかった」と嘘と本当の混ざった発言で乗り越えた。
犯行そのものがリリーナのいた部屋の近くで起こってはいるのだが、それでもミソラがリリーナのいた部屋の“そばに”としか言っていない以上彼女の詳細な位置をディードリヒがわかるはずもないので難を逃れている。
つまりミソラはうまく“リリーナも自分も事件に関わっていない”とディードリヒの意識を誘導し事実を隠蔽した。そうやって嘘を貫き通し、真実を明かす時期を見誤ったのである。
主人に嘘を重ねたこととリリーナに要らぬ罪を増やしたことをミソラは最後まで悔い謝り倒していた。
「あ、頭を上げてください…私はこの資料を信じます」
「信じてくれますの?」
オデッサの言葉に思わず問いを返してしまったリリーナ。だが驚く彼女と同じように、リヒターが少し怪訝な表情でオデッサを見ている。
「ルーベンシュタイン嬢の言う通りだ。俺から見てこの件は疑問が多すぎる」
「リヒター様!」
「貴方にもこの件に関して多少話をする責任はあるはずだ、フレーメン王太子殿下」
リヒターは言葉と共にディードリヒを軽く睨みつけた。
如何に自分がリリーナに行った行為が非道であったとわかっていても、最愛の女性が死にかかったとあれば話を聞きたいと思うのも無理はない…そうディードリヒは考える。それこそ自分がリヒターの立場であったなら、自分は周囲の怪しい臣下を一人一人尋問にかけ、最後には殺してしまっていたかもしれない。
「先ほども言ったように機密がありますので、その部分以外で良ければ」
そう思うと自然と返答は肯定となって口から出ていた。
だがミソラがパンドラにいた理由までは明かせない上、リリーナの個人情報が機密であることも変わらない。
つまり嘘は言っていないのだが、ディードリヒはリリーナから冷たい視線を受けていた。
「こちらが訊きたいのはそれこそその“機密”の部分なのですが、お話を聞ける部分は存在しないと?」
「簡単に言いますと、こちらの貴族の一部にパンドラへの工作を行おうとしていた者がいました。その裏をかこうというものです」
「…そうですか。ルーベンシュタインの娘に密偵をつけるとはどのような大事かと思いましたが、俺が無知だっただけなようです」
「ことは既に解決しております。ご安心を」
ディードリヒのきっぱりとした発言にこれ以上聞ける話はなさそうだ、と不服ながらも諦めるリヒター。彼としてはやはり何かがおかしいように感じるようだが、ここで掘り返してもいいことはなさそうだと一度身を引く。
「あの…この資料を作ってくださった方はここにいますか?」
不意に、オデッサがリリーナに向かってそう問うた。リリーナは少しその問いに少し疑問を覚えつつも口を開く。
「この場には来ていますが…」
「会うことはできませんか? 傷の手当てもしてくれた方と言っていたので、お礼が言いたいんです」
「そういったことでしたのね…」
言いながら、リリーナはディードリヒに視線だけを向ける。
この場に侍女がいることは若干不釣り合いである故指摘されかねない。しかしリリーナの侍女として長くついていたミソラならばオデッサが見ても認識できるだろう。そうなればことの説得力は増す…故にリリーナは判断をディードリヒにも問うた。
そして向けた視線に対して彼から帰ってきた静かな頷きを確認したリリーナはすぐオデッサに視線を戻し了承を伝えるため口を開く。
「呼びましょうか? 彼女は私の護衛でもありますので」
「是非お願いします。頭の怪我が手当てされていなかったら死んでいたかもしれないとお医者様から聞いていたので…会ったらお礼を言おうと決めていたんです」
「わかりました、少しお待ちになって」
リリーナはそう言って席を立つとそのまま出入り口に向かいドアを二回ノックする。すると三回のノックが返ってきたので、リリーナは「入りなさい」とだけ残してドアを離れた。
「…失礼致します」
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